イリーナ・ヴェベール

別れ

 かつて程ではないと人は言う。それでも今ここには悲しみがあり、死がある。


 脅威の大きさに悲しみは比例しない。


 それは昔も今も変わらない。


 火花を散らして斧で剣を受け止めるのは、顔が豚で体が人間のオークと呼ばれる魔物。

 若い男の剣はオークの腕力によって強引に弾かれ、続け様に振り下ろされるオークの斧に鎧ごと切り裂かれ生涯を終えることとなる。


 一時期は魔王軍の中で圧倒的な腕力と丈夫さ、そして数の多さで一大勢力を誇っていた。


 だが魔王が倒れた今、彼らを制するものはなく無法者と化したオークたちは人々を苦しめる驚異であった。


 四体のオークが村を襲い、多大な犠牲者を出すなか駆けつけた冒険者たちだが、経験の浅い若いメンバーしかいなかったのもあり、苦戦を強いられ被害が拡大していた。


 誰もが、ただ死にたくないと足掻くその気持ちだけで生きていた。その気持ちを失った者から確実に死んでいく。


 やがて生きる気持ちより絶望が大きくなったとき、一人の背の高い筋肉質な女性が、自身より大きな剣を肩に担ぎ現れる。


「わりぃ、遅くなった」


 エメラルドグリーンの目だけ動かし、辺りの惨状を見た女性はオレンジ色の髪をかき上げて大剣を構える。それを見て冒険者を始め皆が希望の声を上げる。


 今まで死を受け入れようとしていた人とたちとは思えない明るい表情で口々に叫ぶ名前。


「五星勇者のイリーナ様!!」


 大きな剣を持っているとはとても思えない素早い踏み込みで、一瞬で間合いを詰めたイリーナの大剣が真横に振られると、反応すら出来なかったオークは上半身をキリモミ状に飛ばしながら、下半身を残し吹き飛んでいく。


 それをただ眺めていた一体のオークは自分に振り下ろされた大剣に気づくこともなく兜ごと頭を潰され絶命する。


 振り下ろした大剣を持ち上げる前にと、この隙を逃すまいとする二体のオークが同時に飛びかかるが、イリーナは未だオークの頭にある大剣から手を離し拳をグッと握ると、最小限に攻撃を避け一体のオークの横っ面を殴る。


 オークの巨体が真横に吹き飛び、もう一体のオークへぶつかり二体が絡まって地面に落ちる。

 先に殴られたオークは即死しておりピクリともせず、もう一体のオークを地面に押さえつける重しとなる。


 大剣を抜き、ゆっくり歩き近づくイリーナの姿に下敷きになったオークは恐怖を感じるがそれも一瞬。

 大剣が迫ってくるとすぐに視界は暗くなり、この世から消えることになる。


 大剣を大きく振り、豪快に血を払うイリーナに皆が歓声を上げ喜ぶ。

 死から解放され狂ったように喜ぶ人々。そんな人々を寂しげな表情でイリーナは瞳に映す。


 ドンっと大きな鈍い音を響かせ大剣が地面に突き立てられると皆が黙り、イリーナに注目する。


「死者を弔ってやりたい。あたしも時間の許す限り手伝う」


 その一言で皆が現実に帰る。


 辺りに広がる惨状を見て誰もが黙り、下を向く。そして黙々と作業に取りかかる。

 だが、率先して動くイリーナを見て皆が希望の灯火を持ったのも事実である。



 * * *



 メガネをかけた細目の男性が一人、机に向かって紙に文字を記していく。


 彼がいる広い部屋には資料や書類で溢れ、お世辞にも綺麗な部屋だとは言えない。

 狭い机の上で書き物を終えると、メガネを外し目頭を押さえながら椅子の背もたれに首をもたげる。


 ぼんやり天井を眺める彼がいる部屋の扉が突然乱暴に開かれる。


「おい、スティーグ! 周囲の村の警備どうなってやがる! 聞いていた話しと違うじゃねえか」


 突然来訪者に、小さくため息をつくとメガネを掛け、机に両肘を置いて顎をのせる。


「なんですかイリーナ。部屋に入る前にノック、話を通すなら事前にアポを取るか書類を送るようにと言っているはずですが」


「はんっ、こちとらそんな上品な生まれでないんでね。それに書類なら送っただろが。その返答も踏まえての訪問だ。文句ねえだろ」


 スティーグと呼ばれた男は書類の山に目線をやり、イリーナの言葉に思い当たる節があったのか、小さなため息をつく。


 彼の名はスティーグ・ハリトノフ。イリーナと同じく五星勇者と呼ばれ、戦闘面に置いても活躍したが主に戦略、そして国とのパイプを強く持ち自分たちの活動を支援させ、有利にことを進めさせ裏から仲間を支えてきた。


 そして戦いが終わった後、五星勇者としての活躍をたたえ、五人に高い地位を与えさせ、国の中枢に入り国の運営に携わるように仕向けた男である。


 ただ、五星勇者の一人マティアス・ボイエットは地位を与えられすぐに姿を消し、音信不通となる。


 以後四人で国の運営に携わっていたのだが、直ぐに政治の世界に馴染み溶け込んだ三人に対し、恰好も性格も昔と変わらないイリーナ・ヴェベールは誰にでも真っ直ぐに接する態度故に、王族や貴族の間で影で揶揄され疎まれる存在となり、スティーグを悩ませるのであった。


「さっきまでイオの村へ行ったんだが、なんであの村には防壁が設置されていない?」


 スティーグは一瞬視線を左下に落とし、頭の中にあるイオの村についての知識を引っ張り出す。


「イオの村への防壁は作らない。そのように決定しています」


「はぁ? 全部の村に防壁と兵士を配備するんじゃなかったのか?」


 凄むイリーナに、小さくため息をつくスティーグ。


「いいですかイリーナ。あの村は小高い山の中にあり資材の運搬、食料調達など人員やお金が多くかかります。


 ですから村を出て、防壁のある村や町に住むように勧告し、移動の際は生活が安定するまで当面の衣食住の保証もすると、そう伝えているのです。

 それでも村を離れないと言っているのですから、私に強引に移動させる権利はありません」


「村を出ろと言われてすぐに捨てれるもんじゃねえだろ。じゃあよ、──」


「兵士の派遣も同じです。代わりに冒険者を数人派遣しているはずです。こちらとて、何もしていない訳ではないのです」


 ぐぬぬぬっとまだ何か言ってやろうとするイリーナにスティーグは諭すように静かな声で告げる。


「イリーナ、人は自分の立場にあった行動をするべきなのです。前線で戦い続けるのも、年を取ればいずれ限界がきます。

 若手を育てつつ、魔物の脅威からも安心して暮らせる町を作る。これが我々の今やるべきことです。

 未来を見据えて行動するんです」


「じゃあ、今困っている人はどうすんだよ」


「無論できる限り助けます。ですが目先のことをばかり見ていてはいずれどうにもならなくなります。

 私たちは無限ではない、次に繋ぐことを成さねばならないのです」


「お前の言うことは分かる、だから今を救えるヤツと、次を繋ぐヤツが協力すべきだろうよ!」


 段々と二人の声量が大きくなっていく。互いに睨み合い一歩も引かない、そんな様相を見せる。だが、先に折れたとでもいう様にスティーグは視線を外しため息をつく。


「イリーナ、あなたが強いといっても全盛期ほどの力は出せていないでしょう。それはあなた自身がよく分かっているはず。

 私たちはいずれ朽ち果てる。そのとき何を残すか、それを考えるべきでしょう。違いませんか?」


 冷静に、優しい口調でイリーナを宥めるように語り掛ける。


「……あたしは政治には向いていない。お前みたいな未来を見据えた行動はできない。

 だから外で人を育てる……それなら文句ねえだろ。

 それから、お前の役に立ちそうなヤツに声掛けてくる。

 エッセルの野郎より間違いなく使えるだろうよ……」


 同じく五星勇者の一人、エッセルの名前にスティーグはピクリと眉を動かしながら、既に部屋から出ようとするイリーナの背中に声を掛ける。


「イリーナ! 時々でもいい、戻って来て下さい。あなたは自分が思っているよりも人を惹き付け、導く力があるんですから」


 振り向くことなく、ただ「ああ」と一言だけ残し去って行くイリーナ。


 この日を境にイリーナは国を出て外で活動するようになる。初めこそ時々帰ってきたが段々と回数は減り、街で見かける程度となる。


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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で16回目っす! 20回目が見えてきたっす! 


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 スティーグ・ハリトノフ、五星勇者の中では一番戦闘力が低いですが、豊富な知識と国とのパイプを作り裏から仲間を支えてきました。

 魔王軍との戦いが終わった後は国の為に尽力を尽くした人物です。庶民から貴族へ鳴り物入りで入ってきて、改革を進める人物。

 色々と苦労は絶えなかったようです。


 次回


『出会い』


 別れあれば出会いあり。旅をするイリーナが出会う少年は彼女の運命を大きく変えるっす。

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