オルドの日本旅行記 ~吹矢の旅~
旅と思い出と青い空
この世には人間が想像もしないものが存在している。それは微妙に現世とはズレた空間にいた。
空間には小さなテーブルと冷蔵庫、ロッカー。それに本棚が無限に広がる。
青い羽毛をベースとし赤いラインが存在を主張する派手な鳥が『シルマ家計簿』と記されている本を本棚に戻す。
その鳥は南国に生息する鳥のようにも見えるが、決定的な違いは目がグルグルと渦を巻いていること。大きな鋭いくちばしはだらしなく開きヨダレが垂れていることだろう。
彼の名は『オルド』、転生を司る女神『シルマ』の
オルドはロッカーから筒を取り出すと、いそいそと針を筒の中へ詰める。
両手の羽で筒を挟むと、くちばしに咥え壁に貼ってある日本地図をグルグル目玉で睨む。
上半身を反らすと大きく息を吸う。
ゲホゲホッ!?
突然咳き込んで、ヨダレたらたらのオルド。
必死にペッぺと飲み込みそうになった針を吐く。
またやってしまったとオルドは頭を羽でポリポリ掻く。
掃除を終えた後、再び筒を持つと今度は大きく息を吸ってから、くちばしに咥えた筒を吹く。
針は勢いよく飛んでいき、パシッと心地好い音が響かせる。オルドは満足気に壁に向かって歩いていく。
針の刺さった場所を目を凝らしてグルグルと眺める。
『宮……崎』
宮
宮
オルドは本棚から宮崎の観光ガイドブックを取り出すとパラパラとめくり始める。
しばらくして満足したのか、うんうんと頷きカレンダーに視線を移しスケジュールを確認する。
因みに神の世界において年月など関係ない。今いる世界に合わせて日本のカレンダーを使っているだけだ。
三日の猶予がある。
思い立ったが吉日。オルドは翼を広げ羽ばたくと謎空間から飛び立つのだった。
* * *
オルドは今モアイ像の上から太平洋を眺める。
ここは宮崎県、日南海岸。七体のモアイ像が海を背にして並ぶ姿は圧巻である。
一般の観光客はモアイ像を下から眺めることしかできないが、オルドは頭の上から景色を見ることが出来る。
鳥ならではの特権である。
ちょっぴり優越感を感じて翼を腰に当てて胸を張って海を眺める。
事前に調べて付箋とマーカー線を引いたガイドブックを広げると、自分の今いるモアイの位置を確かめる。
正面から見て一番左。
『仕事運』のご利益があると書いてあるのを見て満足そうに頷く。
仕事に生きる鳥、オルドである。
「へんな顔~」
突然そんな声が下から聞こえる。心当たりのあるオルドは、ぐるぐる目玉を向けると観光中であろう家族がいて、男の子がモアイ像を指さし笑っている。
オルドは隣のモアイ像を眺める。なかなか凛々しい顔つきである。
カッコいいのにと思い、首を傾げるオルドだが男の子の声は続く。
「だって顔長いし、鼻でかいし、耳も長すぎだって! ねぇーそれより早く次行こうよ!」
夫婦らしき男女と子供が一人。家族で旅行に来ているのだろうが、モアイ像に興味がないのか男の子は早く移動しようと両親を急かしている。
「もー変な顔見ても仕方ないよぉー」
☆ ☆
──変な顔!!
オルドの頭に響く声。
今でこそ女神シルマの眷属をしているが、オルドは生まれたときは眷属ではなく、珍しい鳥として店で売られていた。
記憶があるときは既に籠の中にいたので、おそらくは卵の状態か雛の状態で捕獲されたと思われる。
翼はあるけど飛んだことはない。その派手な体と他人に笑われる顔で売りに出されるが買い手はなく、長年売れ残っていたオルドは売り場でも端の方に適当に置かれていた。
時々やってくる、悪ガキに棒で突っつかれながら笑われる。そんな日々を過ごしながら、雑に積み上げられた籠や檻の隙間から見える小さな空の色を、朝に店が開いて外に並べられ、夕方店内に入れられるまでに見るのが唯一の楽しみだった。
ここは、神界から離れた寂れた町。神と言っても皆が慈愛に満ちた人格者ではない。落ちぶれるもの、人を陥れることを楽しむ者だっている。
そんな人達が集まる町で神界に住む動物を捕える専門の業者から買い取り、一般に売り出す店並ぶ商店街。
違法かと言えばそうではない。一般の神も利用したりするので堂々と営業している。この店以外にも店が並んでいるがどれも正攻法では手に入らないアイテムなどが売りに出されている。
さながら闇市とでも呼ぶにふさわしい通りである。
その日も雑に積み上げられていく檻や籠。オルドの鳥籠の上が丸い形状をしているので比較的上に置かれる。それでも柵や他の動物が遮り見える空は小さい。
今日の小さな空は雲一つない青空。
鳥が飛んでいるのを見つけて自分の翼を見る。
羽ばたいことのない翼は派手なだけで、手入れもろくにしていないので毛羽立っていて、皮膚もボロボロでお世辞にも綺麗とは言えない。店主も汚いと思っているが綺麗にしたところで売れるわけでもないから放置している。
今日も小さな空を見つめる。
ふと自分を影が覆う。その影の主はオルドを見て笑いながらどこかから拾ってきた棒で突っつく。いつもの悪ガキどもである。
売り物であるが、全く買い手のつかないオルドに店主は子供たちを怒らない。餌代がかかるだけの邪魔者を子供たちが怪我させたら、親を呼び出して売りつけてやろうと目論む店主は新聞を読むフリしてチラチラっと見るだけだ。
だが子供たちもそれを知ってか、棒は突っ込むがオルドには当てない。馬鹿にするだけである。
「おい、変な鳥。お前鳴かないのか? 変な顔してるから変な声なんだろ!」
「鳴いてみろよ!」
はやしたてる子供たち。オルドは我慢して鳴かないわけではない。
鳴けないのだ。
生まれてこの方、鳴いたことはない。
黙ってオロオロする姿を見て子供たちは調子に乗って更にはやし立てる。
「ふむぅ、味わい深い姿っすね」
いつの間にそこにいたのか誰も気が付かなかったが、今そこにいる赤い髪の少女はオルドを興味深く見つめていた。
その少女の赤い瞳に映る自分の姿を見て、この少女が自分に何かするんじゃないかと恐怖に怯えている顔をしていることに気が付く。
「おじさん、この子いくらっす?」
少女に言われ目を丸くする店主だが、少女の服を見て高位な神であることに気付いた店主は、初めて買い手が付きそうなこのチャンスを逃すまいと、気持ち悪いくらいの笑顔ともみ手で全力の接客を始める。
「お前そんな変な鳥買うのかよ!」
「変なやつ! 変なやつ!」
「だせー!! 変わったやつ~」
「そっすね。変わったやつっす」
少女を囲んではやし立てるが、少女はそれだけ言うと澄ました顔で店主と話をつけ現金を手渡すとオルドの入った籠を受け取る。
変なやつと言っても怒るわけでも嫌がるわけでもなく、そうだと断言し、だから何? といった態度のシルマを相手にしても面白くないと思ったのか子供たちは何処かへ行ってしまう。
「私の名前はシルマっす。お前の名前は帰ってから一緒に考えるっす」
籠を覗きながらシルマと名乗る少女に、オルドは怯えながらも自分の顔を翼で指さして、パタパタと羽ばたいたりしてジェスチャーを始める。
「ほうほう、はあはあ、へー、なるほど。自分の姿を気にしてるっすか。変じゃないかって言ってるっす?」
そうだと、こくこく頷くオルド。
「そっすね。変っすね」
ズバリ言われガーンとショックを受けるオルド。
「でも、私は好きっす」
屈託のない笑顔で好きだと告げるシルマ。
初めて言われた言葉と向けられた笑顔に、ダバダバ涙を流し始めるオルド。
「帰ったらまずは羽の手入れからっすね。スピカに聞いたら分かるはずっすけど、猫用ブラシでいけるっすかね」
籠を抱えるシルマを籠の中から見上げるオルドは空が真上にあることを知る。そして大きな空を初めて見たことに涙を流す。
☆ ☆
「
「えぇっ、違うよ。僕、変じゃないもん!」
父親が男の子に言った言葉でオルドは現実に帰る。
「自分と違うから変とか言わないよ。みんな違う顔なんだから、色んな顔があるから良いんだよ」
「ふ~ん、よく分かんないや」
父親の話半分で周囲を走り始める男の子を見て両親は苦笑する。どうやら父親の言葉が届くのはまだ先のようである。
──私はオルドが好きっす。
皆に好かれる必要はない。自分のことを好きと言ってくれ大切にしてくれる人がいる。シルマから貰ったものが沢山あるから自分が好きになれたのだ。
オルドはガイドブックを開くと次の目的地を確認する。
『鬼の洗濯岩』
パタンとガイドブックを閉じると、空間に収納して、大きく派手な翼を広げ羽ばたく。
かつては憧れだった空にオルドは誰よりも近づくと、果てしなく広がる空を派手な翼を広げ飛んでいく。
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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』
みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で15回目っすねっ! 更新遅いっす!
※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。
連れて帰ってもすぐには飛べなかったオルドは努力の末飛べるようになりました。それと言葉が分かるのは籠の中の生活で人の言葉を聞きながら学んだようです。
ただ、出会ったときはボキャブラリーは少なかったけど努力により超多言語を習得。宇宙規模で活躍できるようになっています。
元々賢く才能もあり、更に努力家なオルドです。
あの日私シルマが、なぜあそこにいたのかと言うと、闇市でしか手に入らない限定の飴玉があったから買いに行った帰りです。
出会いなんてそんなものです。
オルドは今現在休暇も含め、詩たちの動きを見守っています。シルマの神託があればいつでも飛びだ出せるように準備しています。
旅行中でも気を緩めないオルド。もっと気を抜いてもいいっすけどね。
次回
『イリーナ・ヴェベール』
かつては五星勇者と呼ばれ、人類の希望として戦い続けたイリーナ。魔王を討伐し大きな脅威が消えた今、国の復興と繁栄に尽力する仲間たち。
身近な人も大切だが、もっと多くの人を救い未来を見ろと諭された彼女は、自分は身近な人を守ると国を出る。
不器用でもいい、自分の生き方を貫く彼女は魔物に焼き払われた村で一人の男の子を救い出す。意地でもついて行くという助けた男の子と旅へでることに。そして旅の途中死にゆく夫婦から託される幼い女の子。
一人だった旅はいつの間にか三人に。
やがて成長し旅立つ二人。そして一人の赤子を拾い、育てるイリーナ。その旅の果てにあるものとは。
エーヴァの前世である、イリーナ。元々乱暴に見え意外に面倒見のいい性格だったが、人への気遣と優しさを持つ今の彼女は、この旅の経験からきてる気がするっす。
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