繕うのはとても大切なこと

憧れのお嬢様!

 5星勇者と呼ばれ、エウロパ国を魔王の手から救った伝説の5人。そのうちの1人、イリーナ・ヴェベール。


 彼女の出身である村は、村全体が狩猟を生業とし、強い者こそが正義という信念を持つ村である。

 そんな村のヴェベール家に生まれたイリーナは、兄3人、弟3人の間に生まれた唯一の女の子である。


 たぐいまれな才能と、莫大な魔力保有量に加えヴェベール家の持つ音に関する能力が加わり、幼き頃から強者として育てられ、戦いに明け暮れた。


 これらの環境から言葉遣い、振る舞いは男っぽくなり、身長や体格にも恵まれた故に周りからも、男と変わらぬように扱われ、本人も更にそのような振る舞いになる。


 やがて成長した彼女は、村を出て冒険者として世界へ羽ばたく。



 * * *



 イリーナの扱う音撃による攻撃は空気の振動であり、風の魔法に近い。水中で音は通るが、魔力が乗せれない。故に水との相性は悪い。


 今、目の前にいる女性、リベカ・シペトリアは水を使う。彼女は空気中にある水分を使用し水のない場所にも水を生み出す。


 音撃の振動を殺し、水はイリーナの大剣を包み強引に手から剥ぎ取ると、使えないよう水の中に沈めてしまう。

 

 イリーナが音撃を足に乗せ、地面に出来た水面を踏みつけると、大量の水は水飛沫をあげ周囲に飛び散る。


 日の光を受けキラキラと空中に舞う水。


 先ほどまで目の前にいたはずのリベカは姿を消し、水飛沫は泡となり宙を漂いはじめる。


 未だ地面に残る水の上を音もなく滑り、宙をふわふわと漂う泡に身を潜めるリベカが振り抜く棍は、イリーナに当たることなく空を切るがその瞬間、弾けた泡は無限ともいえる水のトゲの華を咲かせる。


 日の光を受け七色に光る花弁は、確実な死を咲かせるはずだったが、暴力的なまでの空気の振動により儚く散り行く。


 激しい空気の振動は地面を揺らし、木々を揺さぶり、水の花弁を弾く。


 振動を纏い踏み込む足で地面を削り振るわれるイリーナの拳は、リベカの棍に受け止められかに見えた。だがリベカが受け止めたのは拳でなく、開いた手であり、それは棍を握り棍ごとリベカを投げ飛ばす。


「流石ですね。わたくしの負けです」


「ちっ、お前はもっと本気出せ」


 投げ飛ばされたリベカだが、軽やかに着地して負けを宣言する。それを見てイリーナは不貞腐れた表情を見せる。


 清楚な見た目に華奢な体。育ちもよく上品で気の効く、それでいて強いリベカを見て、自分にないものを持つ彼女に憧れを持ってしまったのは事実。


「まっ、人間、ないものねだりしても仕方ねえか」


 大きくため息をつくイリーナ。



 * * *



 目を開くとふかふかの布団が広がる。手で触って見ると滑らかな布のさわり心地と、ほんのり冷たい感触が雪のようで心地好い。


 少しだけ布団に潜ってみると、自分の体温で暖められた空間は夢のようで、眠りへいざなう布団とベットの声が聞こえるようだ。


 このままここにいては、二度寝をするのは目に見えている。


 ピョコンと上半身を起こし、布団を捲ると、室内の冷えた空気が流れ込んできて、折角育てた温もりが瞬く間に消えてしまう。


 身震いをしながらベットから起きようとついた手を見ると、白く細い腕が目に入る。

 立ち上がり、自分の部屋にある鏡台の前に立ち姿を見ると、銀色の髪に、エメラルドグリーンの瞳、小さな口に細い体の幼い女の子が映っている。


 何度か目をパチパチしてみたり、髪をかきあげてみたりすると、鏡の女の子も同じ行動をする。


「間違いなくあたしか……あの女神本当に要望通りの姿にしてくれたわけだ」


 銀髪の少女の名は、エヴァンジェリーナ・クルバトフ。福音ふくいんを意味するエヴァンジェルからつけられた名前であり、愛称でエーヴァと呼ばれる。

 彼女は現在五歳。だが五歳とは思えぬ思考力と運動能力で天才ではないかと屋敷の中では噂になっている。


 エーヴァは手を何度か握り、くっくっくと笑うと、窓に向かい大きなカーテンを開ける。

 うっすらと曇ったガラスの向こうは一面の銀世界が広がり、凍えるような寒さが見ただけで伝わってくる。

 結露した窓に指で線を引いてみると、その部分だけ景色が鮮明になり白銀の世界の一部が寒さを強調してくる。


 そしてほんの少しだけ外の冷たさが指先に伝わり、家にいる幸せを感じる。


 ロシアの冬は厳しい。部屋の中が暖かいのはセントラルヒーティングシステムなるものが壁や床中を巡り、家全体を暖めてくれているからだと、父であるエゴール・クルバトフが言っていたのを思い出す。


 父といえば、狩りと戦闘に明け暮れる人しか思い浮かばなかったが、今の父は全く違う。

 仕事の合間に帰ってきては自分の気を引きたいのか、猫なで声でお菓子やおもちゃを買って渡してくる。


 正直、おもちゃより剣や防具、人形なら等身大の巻き藁で拳を打ち込む練習でもしたいものだと思う。

 だが、人形を見ると昔、拾った子供を思い出してしまう。どんな人生を送ったのだろうかと物思いにふけてしまうが、この世界にきた自分に知る術はないので考えないようにする。


 大きく伸びをすると、拳を握り締め見つめる。なんとも弱々しい拳だが、少し訓練すればどうにかなるだろうと思いながら、この世界にいるであろう宿敵エレノアの顔を思い浮かべる。


 ちょうどそのときだった、数回ノックされた後大きな部屋の扉が開き、エーヴァの母、オクサナ・クルバトフが部屋に入ってくる。

 ブロンドの髪を優雅になびかせながら、上品な所作で扉を閉める。


 無駄のない流れるような動きに、エーヴァも見とれる。そして自分もいずれはあんな動きができるようになるのだろうかと、希望に胸を膨らませる。


 そんなエーヴァにオクサナが優しく微笑む。


「エーヴァ、もう起きてたのね。一人で起きれるなんて感心だわ」


「ああ、まあ目が覚めちまったし!?」


 言葉の途中でエーヴァは顔面を掴まれギリギリと握り絞められる、それはアイアンクロー。

 微笑みは崩さず、優雅にアイアンクローを決めるオクサナは優しい声でエーヴァに語り掛ける。


「エーヴァ、いつも言ってるでしょ言葉遣いを直しなさいって。気を抜くとあなたすぐ乱暴な言葉を使うんだから。


 お父様に似たのかしらね。でも、それとこれは別よ。


 直さないなら……砕くわよ」


「!?」


 明確な殺気とはこの事だろう。優しい微笑みのまま「砕く」と言うその言葉には偽りが感じられない。


 エーヴァは思う。


 母親ってこんなに怖いものだっけ? 言葉遣い気を付けようと。


 奇しくもそれは海を越えた向こうで宿敵エレノアである、鞘野詩も思っていることである。




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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で13回目っす!  


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 エーヴァは四歳で前世の記憶を思い出しています。詩が三歳ですがこの違いに深い意味はありません。

 詩は転生前に話し合って三歳と決めていたのと、とにかく詩と同じ世界に転生したいと言ったエーヴァが決めていなかった、その違いというだけです。

 自我が確立する三~四歳の間で記憶を戻してあげると、上手く混ざるという、女神シルマの豆知識。


 セントラルヒーティングシステムとは、家中にパイプを通し温水を流し部屋を暖めるシステムです。国がお湯を沸かし各家庭に供給するようで、室温も基準があり大体20℃くらいに保たれているとか。


 この説明いるっすかね?


 次回


『お嬢様の道は一日にしてならず』


 母、オクサナによる躾は、慣れぬエーヴァには辛い日々ではあったが、日に日に身に付く所作に手応えを感じたのも確か。


 現在のエーヴァが誕生するまでの過程がここにっす!!



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