初デートは水族館で
少し混雑した電車が揺れると席を詰めて座っている詩の肩が当たる。髪が揺れシャンプーの薫りが鼻を心地よくくすぐっていく。
五分丈のカットソー(白)に腰の前で結んだリボンがトレードマークのトレンチスカート(カーキ)にサンダル(ベージュ)姿の詩が待ち合わせの駅で現れた瞬間から、宮西の心はここに有らずである。
──イルカは左右の脳を交互に休ませてて、瞑っている目と反対の脳が寝てるんだぁー
──アザラシは息を2時間息を止めれるんだよー
──ぺ、ペンギンは……可愛い……でもペンギンより……さ、さや──
「おーい!」
隣に座る詩に肩を揺さぶられ宮西は現実に帰ってくる。あわてて詩を見るとものすごく距離が近い。
「ん? どうかした?」
顔を赤くする宮西を心配そうに覗き込む詩に、赤い顔を更に赤く塗り重ねていく。
「調子悪い? 無理してない?
……あまり行きたくなかったかな、ごめんね付き合わせて」
申し訳なさそうにシンボリする詩を見て宮西は慌てふためく。
「いや、ち、違う、えっとほら。楽しみ、そう! 水族館楽しみで、鞘野さんにこう、雑学的なの披露しようって夜遅くまで勉強してて、ちょっと眠いなぁーって」
「そうなの? まあ、宮西くんらしいちゃらしいけど、ほどほどにね。
後、雑学披露はいいけど説明は短くお願いね」
「う、うんごめんなさい。気を付けます」
「でも、実際助かってるし、時と場所を考えてくれれば私は結構好きだよ」
「す、すき!?」
「うん、結構タメになるし。へぇ~って感心するもん」
詩の言葉に思わず立ち上がりそうになる宮西だが、電車内であることを思いだし思い止まる。水族館に行く前からこんなに幸せになってもいいのだろうか?
幸せをよく噛み締めながら、目的地の水族館に更なる夢を馳せるのだった。
☆ ☆ ☆
「で? なにか分かった?」
「ミヤの表情の変化が面白かったですわ」
「うたが好きだって言ってたのです!」
「えっ! そうなの? ちょっと詳しく!」
詩と宮西の隣の車両にいる3人娘と1匹ウサギ。詩にバレないよう離れて観察する為、エーヴァとスーによる偵察報告が美心に上がってくる。
3人と1匹……4人娘は情報を整理しながら詩と宮西の追跡を続行するのだった。
☆ ☆ ☆
「はぁ~、アザラシも可愛いよねぇ。まん丸ボディーに癒されるわぁ~」
水槽を優雅に泳ぐアザラシをうっとり眺める詩の隣で、アザラシより詩をチラチラ見る宮西。
──宮西見すぎでしょ。詩も普段鋭いのにぼんやりしすぎでしょ。
──宮西挙動不審なのです。完全に不審者なのです。
──得意の雑学を披露する余裕もないみたいですわね。
【青春ねぇ~。白雪も甘い恋をしてみたいわぁん】
などと解説されているとも知らず、詩と宮西はそれぞれ可愛いものに癒される。
☆ ☆ ☆
大きな水槽にやって来た2人。様々な魚が泳ぐのを楽しそうに眺める詩を見て、なにか話さなければそう思ったのか宮西はおどおどしながら話し掛ける。
「さ、魚、沢山いるね」
「だねぇ~」
「鰯の群れ見ると美味しそうとか思うのって日本人的感覚らしいよ。魚を食べる文化が根付いているからだって」
「へぇ~、私はあんまり思わないかな。どっちかというと猪や鹿の方が美味しそうだもん」
相手との会話が上手くいった気がしたとき出る宮西の悪い癖は、調子に乗ることである。
「そういえば前に思月がマグロの宇宙人と戦ったって言ってたけど、もっと色んな種類がいるかもしれないよね! 亀とか、イルカとか、そうそうぺん……ひっ!?」
戦いに身を置かぬ者でも分かる明確な殺気。室温の低い水族館にて2℃ほど温度を下げる冷たい殺気を放つ詩の鋭い視線に射抜かれ、思わず小さく叫ぶ宮西。
「宮西くん? それ以上言うと……分かってるよね?」
ふふっと笑う笑顔の詩に、首がちぎれる勢いで頷く宮西のそれは同意ではなく命乞いに近い。
詩は平謝りの宮西のおでこを指で突っつくと、
「敵が出てきたら、相手が何であれ戦うけどさ、今は楽しみたいな。だからその話はなしで。おっけー?」
今度は同意の頷きを必死でする宮西を見た詩が、満面の笑顔を見せる。
「良かったぁ。じゃあ行こっ!」
宮西はこの笑顔を見て、余計なことを言わないように気を付けようと心から誓うのである。
──宮西……バカね
──わたくしは敵に備えるのは悪いことではないと思いますわ。
──お魚美味しいのです!
【一方通行な恋! 燃えるわっ!】
☆ ☆ ☆
ガラスの向こうにはペンギンたちが密集している。その下には大きなプールが広がり、時々群れの中から思い出したように水に飛び込むものがいる。
飛び込んだペンギンは深く深く潜りやがて透明の水槽の壁に近付くと、向きを変えお腹を見せ泳いでいく。
青い水の中を飛ぶように泳ぐペンギンの姿は、彼らが鳥であることを納得させてくれる光景である。
そんな姿を、目を輝かせ見つめる詩がいるのは、水槽の真下にドーム状に存在する空間。
薄暗くひんやりする空間で、2人並び設置されたベンチに座る詩と宮西。
「ねえねえ、宮西くん」
宮西がベンチに手を着いていた手をポンポンと叩いて詩が話し掛けてくる。
ただでさえ距離が近くて宮西の心臓は過労状態なのに、更に過酷な労働を強いられることになる。
「ペンギンの足って実は長いんだよ」
「え、うん。体の中に骨が畳んであるんだよね」
「むぅ、やっぱり知ってるかぁ。私的最高の雑学だったんだけどな」
頬膨らませ残念そうにする詩だが、宮西を見て微笑む。
「宮西くん的ペンギン雑学聞かせてよ」
「ペンギンの雑学!?」
突然の振りに大いに驚く宮西だが、「そう」と言って頷き期待の目で待つ詩を見て断れるわけもなく、知りうる限りの雑学を披露するのだった。
☆ ☆ ☆
水族館のお土産コーナーにて詩が歓喜の声を上げる。
「ねえ、これ見て!」
詩が興奮気味に手に持つ物を宮西に見せてくる。それは白い大福の形をしたペンギンのキーホルダー。
「水族館限定大福くんだって! ほら、この子サメを被ってるよ!
あー、いっぱいあるっ! うーん」
テンション高く色々な種類の大福くんを手に取る詩が、やがて2つの大福くんを手に取る。
「これにしようっと! 宮西くん見てよ、ペンギンがペンギン被ってるんだよ。
これこそペンギンマイスターとして相応しい大福くんだと思わない?」
そう言って、宮西の手を引くとレジに向かい支払いを済ませ、そのうち1個を宮西へ手渡す。
「これを宮西くんに進呈しよう。ペンギンについて詳しくなれたお礼!
それと今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ!」
宮西は詩からもらったこのキーホルダーと言葉、そして笑顔を生涯忘れてはいけないと心に誓うのだった。
☆ ☆ ☆
駅まで一緒に歩いて帰る詩と宮西の遥か後ろでこそこそと付きまとう4人娘。
──なにが凄いって、詩はこれを素でやってるのよね。昔から男女関係なく誰でも気さくに話すと思ってたけど、転生者って聞いて納得だわ。冒険者仲間的なノリってことね……。
──ミヤの顔がだらしないのです!
【少年の甘酸っぱい青春の一ページね】
──なるほど、これが叶わぬ恋ってものなのですわね。勉強になりましたわ。
──あ、いや、叶わぬかは知らないけど詩は全く気付いてないっぽくない?
宮西の恋成熟全否定に、一応苦言を差す美心。そんな折り突然エーヴァが大きな声を出す。
「おい、スー! しら子と前衛頼めるか、あたしは美心連れて一旦下がる!」
「ラジャーなのです!」
【オッケーよ! 任せちゃってよ】
「え? え?」
事態の急変についていけな美心が、エーヴァに抱えられる。
「詩に気づかれた! 逃げるぞ!」
「えっ!? マジで」
詩の放った殺気の籠った魔力に4人娘は逃げ出すのである。
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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』
みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で12回目っす!
※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。
詩が集めている『ペンギン大福くんシリーズ』は真っ白な大福に黒いペイントでペンギンを描いたものです。
可愛らしい外見とは裏腹に濃厚で物悲しいストーリーとのギャップが受けて人気急上昇中です。
『大福くん』……主人公の男の子、ジェンツーペンギン。住んでいた村をセイウチに襲われ命からがら逃げ出してきた。生死不明の妹を探し旅をする。
『エド(エドヴァルド ・シェーストレムⅢ世)』……オウサマペンギンの男の子。元王族出身で権力争いに巻き込まれ殺害されそうになったところを、
『フランカ』……ケープペンギンの女の子。大福くんが旅の途中で出会う。負けん気が強いが、優しい子。
などなど、新キャラ続々登場中の大福くんシリーズ。今は低反発の柔らかい素材の大福くんシリーズがUFOキャッチャーに入って人気らしいので、宮西くんにもワンチャンあるかもしれません。
そしてこっそり、アラの影響でエーヴァも集めています。スーは興味ありません。
宮西の恋心が成就される日はくるのか! 女神個人としては興味ないっす。
次回
『繕うのはとても大切なこと』
憧れのお嬢様生活。「だぜ!」「だろ?」は禁止! 「砕く!」なんてもっての他!!
冒険者時代とは違い、厳しい躾の日々。だが耐えれるのは憧れ故なのか。そして出来上がった今のお嬢様の姿。
ロシアの大地で静かに、優雅に暮らしていたお嬢様の知られざる奮闘記っす!
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