眠りし乙女は次世で詩う

 数々の戦果を上げ、5星勇者の1人、イリーナとの戦いも噂になってエレノアの名は『巧血の乙女』として名を轟かせる。


 ただこれはあくまでも冒険者の間だけ。世間は希望の象徴たる5星勇者の活躍で賑わい、その下添えとなる者の姿は見えてはいなかった。


 魔王軍との戦いは熾烈を極めたが、徐々に人間側が優勢となっていく。その勢いを持って魔王を討とうと、エウロパ国は他国の力を借りて一気に攻めいる。


 その最前部隊に選ばれたエレノア。最前部隊といえば聞こえは良いが、実際は5星勇者を、魔王のもとへ送る為の道を切り開く先頭部隊と、左右守る守備部隊に追撃を阻止する後方部隊。そして5星勇者を守る精鋭部隊。魔王のもとへ届ける礎、いわゆる捨駒である。


 どの部隊も魔王のいない平和な世界を夢見て、多くの命が散っていく。辺りには人と魔族、魔物の死体で溢れここを地獄と言わずしてどこを地獄と言えばいいのか? そう問いたくなるような光景がどこまでも広がる。


 5感全てが狂う、この地獄の中で正気を保ち戦う狂人が1人。


 その腕に血を這わせる。最早自ら手足を切る必要はない。

 肩や腕から止めどなく流れる血を、ふんだんに使い描いていく魔方陣は業火となり襲いくる魔物を飲み込み、目の前の魔族を襲う。


 炎を受け大きくよろける魔族の首に、刃が欠けガタガタになった剣が当てられる。

 本来なら肉体の固い魔族には通らない剣の攻撃、だが魔方陣が光り剣を包むと、鋭い刃を形成し、炎と雷を纏った斬撃が首をはねる。


「見事だ」


 ドサッと落ちた首がエレノアを見て喋る。

 倒れそうになる体を剣で支え、なんとか立つとエレノアはその首を睨む。


「首だけになっても喋るとか……意味分かんない……」


「エレノアといったか、よき戦いであった。最高の戦いの中で死ぬ。魔王軍騎士団長としてこれほどの喜びがあろうか。我は思い残すことはない……」


 ゆっくり目を瞑る魔族の首は満足そうに呟くと動かなくなる。


「勝手に……満足して、ムカつくわぁ……ああくそっ! 腕折りやがって、むちゃくちゃ痛いってんのよ!!」


 もう喋らない首に向かって悪態をつくと、地面に刺した剣にすがりながら膝をついて、ペタンと座る。

 あちらこちらで、燃え、燻る火から昇る煙が覆う空を見上げ、涙を流す。


「こんな、こんな結末……バカにして、ふざんけんなあああああぁぁ!!」


 左腕を押さえ叫ぶ、真っ赤に染まったエレノアの周りに動くものは何もない。



 * * *



「エレノアさん、王室の方々が呼んでいましたよ。顔、出さないんですか?」


 エレノアの背後から金髪の女性は、心配そうな表情で声を掛ける。


「あっ、ああ、報酬……仕事の斡旋だっけ。シェルは決まった?」


「ええ、ギルドが国営となるそうなので、そちらを紹介されました。一先ずはそちらでお世話になろうかと思います。まだ空きがあるそうですけど一緒にどうですか?」


「そっか、私はいいや。そういうの向いてないし。のんびり余生を過ごすわ」


 そう言って去ろうとするエレノアにシェルは声を掛ける。


「あの、どこへ?」


 歩みを止めると、手に持っていた酒のボトルを見せ、微かに笑う。


「墓参り」


 一言だけ答え去っていく、エレノアの背中を心配そうに見つめるシェルは、引き留めようと伸ばした手をゆっくりと下げる。



 * * *



 かつては大きな草原だった場所に作られた共同墓地は、まだ整備が終わっておらず、あちこちで忙しそうに穴を掘っている作業員の姿が見える。

 石が足りず、倒壊した家の壁を削った墓石には達筆ながらも、雑に名前が掘ってある。


 エレノアは一つの墓石の前に立つと酒の入ったボトルの蓋を開けドボドボと音を鳴らしながら豪快にかける。


「高い酒は、緊張して酔えないんだっけ? とびっきり安いの買ってきたから遠慮なく飲みなよ」


 半分ほど流すと蓋を閉め、墓石の前にそっと置いて、無言で刻んである名前を見つめる。


 心地よい風にエレノアの赤い髪が優しくなびく。


「なんだっけ? 余生は、国から離れてのんびり過ごそう。大きな畑作って、魚取って、狩りして、山に籠って今まで苦しんだ分、笑って一緒に過ごそう……であってる?」


 大きく息を吐く。


「笑えるかはしらないけど、しばらく山でのんびりしてみる。畑とかで野菜作ってみたかったし。でも私やり方しらないよ。あんたが教えてくれるって言ったから頼りにしてたのにさ……。


 でもさ、魔族の残党なんかもいるらしいから、山の中でも退屈しないだろうし丁度いいわ。たまに来てあげるから……それまでその酒大切に飲みなよ……じゃあ私、行くとこあるから」


 前髪を垂らし顔を隠すエレノアは足早に墓地を去っていく。


 酒に濡れた墓石はすぐに乾くことなく『テディ・サンベール』名前をぼんやりと浮かび上がらせている。



 * * *



 星が瞬く夜に屋敷の縁側に座る女性は、白髪の混ざり始めた赤い髪を夜風にさらし、祈るように手を組んで目をそっと瞑る。


 静かな夜に少し風が大きく震える、女性がそっと目を開けると同じ赤髪の女性、エレノアが立っているのが目に入る。女性は大きく目を開き、少し瞳を潤ませる。


「お母様、お久しぶりです」


「ええ、久しいですね。6年ぶりですか」


「はい、前線に送られしばらく帰って来れませんでした。お体に変わりはありませんか? イノ兄さんは丁寧にあつかってくれていますか? 酷いことされていませんか?」


 心配そうに、矢次に質問するエレノアを見て、母、リリーは少しだけ微笑むとエレノアを抱き寄せる。

 その行動が意外だったのか、驚いて体を強張らせるエレノアだが、すぐに力を抜いて身を任せ抱き寄せられる。


「あなたのお陰で、大丈夫。丁重に扱ってもらっていますよ」


「ごめんなさい、こんなことしか思い付かなくて。結局は私だけ自由になって、お母様には人質みたいな扱いを受けさせて」


「あなたが当主の座を捨て、この家を出ると言って、イノが当主になる話をつけてくれなかったら私は殺されていたでしょう。

 謝るのも、お礼を言うのも私です。エレノアが謝ることは何もありませんよ。

 ごめんなさい。そしてありがとう」


 エレノアは首を横にゆっくり振る。


「でも冒険者になると言って出ていくとは思いませんでした。あのときのあの人の顔は今でもハッキリ覚えています」


 少しだけ楽しそうに微笑むリリーだったが、エレノアの顔を見ると強めに力を込めて抱き締める。そして優しく頭を撫でる。


「辛いことがあったのでしょう。あなたはある日を境に泣かなくなりました。ずっと、全てを笑ってはねのけ、強く生きてきたんでしょう。

 でも、今だけ、母としてなにも出来なかった私に寄りかかってくれませんか?」


 その言葉を聞いてエレノアは顔を上げ涙をボロボロ溢しはじめる。


「私を、私のことを好きだって、一緒に過ごそうって言ってくれた人が……私、まだなにも……なにも言ってないのに……」


 エレノアは言葉に詰まり、優しく抱き締めるリリーの胸で静かに声を殺して泣く。


 やがて夜風が強めに吹くと、エレノアは顔を上げ、ごしごしと目を擦り涙を拭う。


「お母様、私、その人の夢を少しだけ叶えてみようと思います。戦いも終わりましたし、また時々来ます。

 それでは誰か来たら面倒ですから今日はこれで」


 サッと塀に飛び乗るエレノアはリリーを見て涙の跡の残る顔で微笑むと去っていく。

 その姿を見て胸を押さえるリリーの何か伝えようとしたのか、中途半端に開いた口と、後悔の色がちらつく表情を見せる。



 * * *



 生まれてきて72年。12歳で冒険者になり、16歳のときに本格的に始まった魔王軍との戦い。

 魔王を討伐し、戦いが終わったとき26歳。かつての仲間はほとんど死んでしまって、生き残った仲間も生活に支障をきたす傷を負った者も多い。


 愛する人……そうであったかもよく分からないうちにこの世を去っていった人。その影を追って山で生きてきた。

 一緒に生きようと言ってくれた人のことが少しは分かるかと思った。


 畑を作り、魚を取って、獣を狩って生きる。

 後は魔族の残党を狩り、ときには人を助けてきた。新たな出会いも、別れもあった。


 今思えば家を飛び出て冒険者になって、魔王軍との戦いが始まるまでが一番楽しかったのかもしれない。希望に溢れていて、全てが新鮮に見えたあの頃。

 何でも出来ると根拠のない自信に溢れていた頃。


 ゆっくりと腕を上げる。


 細く、シワだらけで傷まみれの腕は、なんともか細く頼りない。いつのまにこんな姿になったんだろうか? 


 霞む視界に死期を感じる。


 死んだらどうなるかなんて分からない。でも、もし次なんてものがあるのなら、少しだけ幸せを多めに願ってみよう。


 そうしよう──


 ドサッと腕が力なくベッドに落ちる。



 * * *



 毎日多くの生が潰えその魂は淡い光を放ちながら天へと昇る。そこに人も魔物も動物、虫も関係ない。多くの魂が誰にも見られることなく、星が空へと舞い上がるような幻想的な光景が広がる。


 空を昇る魂たちはいつしか、どこでもない世界の空へと辿り着く。多くの魂が昇る、その流れの間をゆっくり歩く赤い髪の少女は、その瞳に光の流れを映しながら何やら探していたが、その幼い手が伸びると、1つの魂を手に取り大事そうに抱いてどこかへ歩いていく。


「私と同じ赤髪とは親近感バリバリっす。さてさて、エレノア・ルンヴィクは何を願うっすかね。久々の特別転生、腕が鳴るっす!」


 棒つき飴をピョコピョコさせながら女神シルマは抱いている魂に優しく話し掛ける。



 ────────────────────────────────────────


『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で4回目っす!


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 魔物とは、この世界における狂暴な動物に似た生き物で知性があったり、魔法を使ってきたりするものを差します。

 ただ線引きは曖昧なところもあって、地方によっては魔物と言われたりする動物もいて、それで出身地が分かったりするらしいです。


 魔族とは、元々神と一緒に存在していたけど、神ほどの力を持たず劣等感を持った彼らは、人の地に降り地上を制圧しようとしたのがこの戦いの発端となります。


 この事で責任を感じた神々は、この戦争に関わった者へ出来るだけの待遇を行っています。

 その中でも生まれてから死ぬまでの、人としての徳の高い者、魔王軍との戦いに貢献した者と、神の私情を挟んだ者には、特別な転生を行う運びとなっています。


 さてさて、エレノアの前世を駆け足でお送りいたしました。


 彼女の前世が全て不幸だった訳ではありませんし、山に籠ってからも嬉しかったり楽しいこともありました。


 もちろんときには町に降り、お墓参りや母親に会いに行っています。

 山にはシェルやかつての仲間が訪ねることもあったでしょう。


 エレノア自身が思っているより以上に多くの人を助け、魔王軍との戦いで活躍してきたので神に見初められた彼女は、地球へと転生することになりました。


 ただ、予想外のことは起こるわけで、これは本当に神も予想の出来ないことでした。

 責任を感じているので、シルマがちょっと詩たちをひいきするのは許して欲しいです。


 次回

『課金するしかねえ!』


 ウサギのぬいぐるみが言うんです。可愛さとカッコよさを兼ね備えたものを作れと。

 でも布がない! 綿もない! 金だ! 金が必要だ!

 おい! ぬいぐるみと、そこの腹ペコ少女、働くぞ! 強くなるには課金が必要だ!

 

 これ、世の中の常識だ!!


 一気に雰囲気変わってお送りするのは本編に登場する、マスコット(?)の為に奮闘するお話っす!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る