血も滴るいい乙女

 エレノアはシェルから一通り経緯を聞くと、再び村長のいる家へと向かう。


 勢いよく開いたドアと、再び現れた冒険者の2人に驚く村長たちだが、すぐにニヤニヤとやらしい笑みを浮かべる。


「なんだぁ? よっぽど金が欲しいとみえる。そっちのお嬢ちゃんに言ったろう? 今晩相手してくれたら考えるってな」


 露出の高いエレノアを舐めるように見る男2人の視線を受けるが、いつもと変わらぬ表情で話しかける。


「今晩の相手? なに言ってんの? バカなの? それよりちょっと話があるんだけどさ」


「バ、バカ!?」


 エレノアのバカ発言に、取り乱す村長など気にもせず話を進める。


「依頼書の日付からワイバーンが暴れたのって、1週間前くらい?」


 未だモゴモゴと文句を言っている村長の頭をはたく。


「モゴモゴとうるさいっ! 大事な話だから答えなさいよ」


 頭を押さえ恨めしそうに睨むが、これ以上叩かれるのが嫌なのか、渋々と答える。


「ああそうだよ。おおよそ1週前からこの付近で暴れ始めたんだ。普段こんなとこまで下りてくるモンスターじゃないだろう? 家畜は襲われるし、追い払おうとした若い連中も怪我して困ってた、だから依頼を出した」


 顎に手を置き思考するエレノアだったが、やがて目を村長に向ける。


「戦って感じたんだけどさ、あのワイバーン手負いだったと思うんだよね。大分弱ってたし」


「何が言いたい?」


「依頼書のワイバーン、胸に大きな傷があったでしょ? 深く斜めに一本。深さの度合いから正面から見て左下から右上に向けて抉るように切り裂いた傷。

 経験則から言わしてもらうとユニコーンだと思うんだよね」


「ユ、ユニコーン……だと」


 村長と隣にいる男に少し焦りの色が見える。


「そ、ユニコーンってさ、普段大人しいけど一度獲物を見据えたらしつこく襲ってくるじゃん。とくに獲物の横取りは嫌うわけ」


「その可能性があってなんで討伐した?」


「戦いだして、途中でやめること出来るわけないじゃん。

 それに、今回倒したワイバーンが依頼書のヤツかは分かんなかったしぃ。胸に傷があった気がしたけど、傷の種類は分かっても鮮度には疎いのよねぇ。

 ほら、専門外だし。村長さんも分かんないんでしょ?」


 にししと笑うエレノアを、歯ぎしりをしながら唸って村長は睨む。


「ま、私らもう少しここに滞在するから、困ったら声かけてよ。ここ山が深いから、今からギルドに手続きしに行って、受理されて冒険者が派遣されるの結構時間かかるから、頼むなら早めに行くことをおすすめするよ」


 くるりと背を向け去っていくエレノアは、ドアに手をかけると振り向いてニタリと笑う。


「そそ、報酬は先の依頼の5倍で請け負ってあげる。ユニコーン相手には破格の金額だと思うけど。ま、気が向いたらでいいから」


 そう言ってドアを出ていくエレノアを睨む2人だが、その目には鋭さより、不安の色が見える。



 * * *



 外に出たエレノアにシェルは、ワイバーンやユニコーンのことなど矢次に質問をする。それらに丁寧に答えていくエレノア。2人は歩いていたが、やがて木の木陰に座り話を続ける。


 そんな2人の前に1人の女性と4人の子供が前に立って影を作る。


「あの、これ宜しかったらどうぞ」


 そう言ってカゴに入った野菜を差し出してくる。


「ワイバーン討伐してくださったお礼です。少ないですけど」


 3人の男の子と1人の女の子を連れた女性の差し出すカゴを、エレノアは立ち上がって受けとると笑顔でお礼を述べる。


 ワイバーンにやられて旦那が怪我して動けないけど、これで安心できると深々と頭を下げ去っていく親子に手を振って別れる。


「シェルほらっ、特別報酬じゃないこれ! 今晩は肉もあるし、野菜もたっぷりっ! ごちそうだ!」


 嬉しそうに野菜の入ったカゴの中身を見せてくるエレノアに、シェルもつられて笑う。



 * * *



 エレノアたちが滞在して2日目の夜、それは雷鳴と共に村に現れる。

 夜の闇夜を切り裂き、神々しく光るユニコーンを神の使いと崇める宗教も存在するこの世界で、その力に抗うのは絶望的ともいえる光景。

 ユニコーンが通ると、雷によって木造の家に火がつき所々から火の手が上がる。


 夜中の襲撃に逃げまとう村人たち。この騒ぎに村長の家に集まり、人々はどうにかしろと騒ぎ立てる。

 このとき村長は、息子をギルドの方へ使いとして出していたが、山を下りるだけで2日かかることを考えると絶望的だった。


 村長のもとへと、逃げ走ってきた親子たちを、塞ぐように現れたユニコーン。その雷の音に怯え動けなくなった我が子たちを庇う母親は、死を覚悟する。

 そんな親子を助けないと、そんな思いはあるが、体の動かない村人たちを嘲笑うように、鋭い角の先を見せつけ親子に突進するユニコーン。


 目を瞑って現実を見ない選択をする者もいる中、突如、カーン! っと甲高い音がして馬のいななきが響く。


「探し回ったあげく、見つけれなくて、村に来る方が早かったとか最悪じゃん!

 あんたの獲物を取ったのは私! 来るならこっちがセオリーってもんよ!」


 文句を言いながら角を剣で弾いて、捌いていくエレノア。剣が当たる度に雷が弾けるその光景に村人は見とれてしまう。


 エレノアの剣が炎を纏い、激しく角に当たると大きな爆発が起きてユニコーンが吹き飛ばされ地面に倒れる。

 すぐに起き上がったユニコーンは、角を向け、前足で地面を掻いて嘶く。


「金ならあんたの言い値出す! 頼む! そいつを倒してくれ!」


 火の上がる家を背景に、泣きそうな顔で必死で懇願する村長を見て、浅く笑うエレノア。


 両腕を短剣で切り両手で血を宙に這わせ大きく描く魔方陣は、赤く光り、水を上空へと巻き上げる。

 上空に上がった水は、引力に引かれ地面へと降り注ぎ、燃える火の手を和らげる。


「言われなくても討伐するっての。シェル! いくよ!」


 遅れて走ってきたシェルに声をかけると、2人で攻撃を開始する。

 シェルが使うのはエレノアより少し短いブロードソード。彼女もそれなりに実力はあるが、経験の浅さから若干のぎこちなさがみええる。


「シェル、正面に立ちすぎ! 力負けするならいなして!

 あんたの得意魔法はなによ?」


「えっと、『硬化』です!」


 シェルは剣で必死に攻撃を捌きながらエレノアの問いに答える。


「じゃあ、それをしっかり、確実にやる! できないことはできない、やれることで全力を尽くす。いい?」


「は、はい!」


 剣を『硬化』し角に当てると、表面が少し欠け破片が散る。それにちょっと手応えを感じたシェルだが、その一瞬の隙をつかれ、ユニコーンが大きく振った角にシェルは吹き飛ばされる。

 剣は明後日の方向に飛び、地面を転がるシェルに向かって突っ込んでくるユニコーンの顔面を、エレノアが横から蹴って反らす。


「油断しない!」


「す、すいません」


 謝るシェルに、エレノアが拾った剣を投げる。


「シェル、一般的に硬化の魔法をどう使うよ?」


「え、あ、はい。剣や盾、服や鎧にかけて強化します」


 戦闘しながらも教授され、頭に体に必死なシェル。


「鉄や、布の強化が出来るなら、土は? 水は?」


「え、出来ると思いますけどそんなことしても、とっさの盾ぐらいしか使い道しかないです」


 ユニコーンの激しい攻撃に、余裕のないシェルだが、それでも必死に答える。


「ユニコーンはどうやって歩いてる! 足の形状は?」


「え、ええっと」


 シェルは必死に考え、エレノアの言わんとすることを考える。先ほどからユニコーンの攻撃が思ったほど自分に向かってこないのはエレノアが捌いているから。

 その凄さにシェルは関心しながら、ユニコーンの足元を見る。一般的な馬と同じくひずめのある足先が、地面に食い込み踏ん張ってから首を振って角を振るう。


 辺りは蹄の跡が大量に見える。


「硬化……土? あっ!?」


 シェルは足元に魔法を小規模にかける。固まる土を踏みしめ感触を確かめる。

 エレノアが言わんとすることに気付いたシェルを見て、声を掛ける。


「範囲はピンポイントでね。4足あるんだから広範囲にしたら効果が薄いよ! 1本、踏みしめる瞬間!」


 エレノアに言われ剣で角を大きく弾くと、間合いを取る。前足を掻き突進の体勢をとるユニコーンの歩幅と歩数を見極める。


 魔法が使ったことがばれないように、自然に構える過程で、剣で地面を軽く切り地面の一部を固める。

 突進するユニコーンを引き付け、ギリギリで避けた瞬間、角を突き上げようと地面を踏みしめた右前足は、固い地面に当たり弾かれ、体勢を大きく崩す。


 硬化した剣を下からすくい上げ、弧を描くとユニコーンの首が宙を舞う。


 ドサッと首が落ち静寂が訪れる。


「や、やった……」


 ペタンと座り込むシェルの頭をエレノアがポンっと叩く。


「こら、最後まで油断しない。でも、よくやった!」


 クシャクシャとシェルの頭を撫でるエレノア。その光景に村人は歓喜する。



 * * *



「あの、本当によろしいんですか?」


 申し訳なさそうにそう伺う村長にエレノアは笑顔で答える。


「いらないわよ。当初の金額に、ユニコーン討伐代含めたらこんなもんでしょ」


「いえ、でも2倍にもなって……あいたっ!?」


 エレノアが村長の頭をペシッと叩く。


「お互い誠意は見せないとね。それにご飯もごちそうになったし、野菜も沢山貰ったからいいよ。十分、十分」


 エレノアは子供たちに手を振ると、子供たちも元気に振り返す。


「じゃ、行くよシェル。帰り道でお肉とろうよ! 今晩鍋やりたいし。あ~楽しみっ」


「はいっ!」


 颯爽と帰っていく2人を見送る村人の目と言葉はとても温かかった。



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『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で3回目っす!


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 この世界における魔法は、触れた場所にしか発動が出来ません。天空から炎を降らしたり、異界から召喚などは出来ません。

 そして物質のない場所では、その事象は起こせません。今回、エレノアが水を出したのも空気中の水分を使用したもので、火事が起きて空気の乾燥した場所での使用なので、鎮火するほどの水は得られてません。


 シェルの『硬化』は分子の間に魔力を流し込み隙間をなくすことで強化するものです。

 対してエレノアが使う、物体の変化は分子の配列事態に干渉し、形状を変え刃のないものに刃を作ったりできます。


 因みに回復魔法はありませんが、自分自身の魔力を循環させ、自然治癒を進めることで早く傷を治すことは出来ます。

 本編で詩たちが傷ついてもバレてないのは、これのお陰です。


 続いてシェルについて。


 本編51話『巧血の乙女』に登場した子と同じです。

 この物語では12歳のシェル。本名をシェル・グリューネヴァルトと言います。

 冒険者になって半年の彼女と出会ったエレノアは、妹のように可愛がっています。


 本編登場時はこの話から約1年後、シェルも成長して前線へ出ていますが、まだまだ成長途中です。

『硬化』という世間では微妙な魔法が得意な彼女でしたが、後に『牢固ろうこたる乙女』として世に名を轟かせます。

 戦場でエレノアと一緒にいることが多かったので、『乙女』がついたようです。


 前線を退いた後は、国営化したギルドに従事しています。依頼者と冒険者との間に起きるトラブルを主に担当していた彼女は、優しく、ときに厳しくトラブルを解決していたようです。


 結婚し3人の子供に恵まれた彼女は、時々山に籠ったエレノアに山から下りてくるように説得しにいっていますが、ことごとく失敗しています。

 子供のいなかったエレノアですが、彼女の意思はシェルが引き継いでいたと言えます。


 次回

『眠りし乙女は次世で詩う』


 実力を認められたエレノアは、魔王軍との戦いの最前線組に選ばれる。

 多くの犠牲を払い、戦いを生き抜いたエレノアに疲弊した国のした待遇はあまりにも酷いもの。


 それでも、腐らず生きることを決めた理由とは!? 死ぬまで戦った女性は、新たな幸せを詩うべく転生する。

 エレノアの最後のお話っす!



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