12.

 ***


 はっ、と目が覚めた。 


 布団ははだけ、パジャマが汗びっしょりになっていた。

 

 目覚まし時計は、鳴るように設定した時間よりもまだずっと前の時刻だった。


 たまに、夢に出てくる光景――。

 それは決まって、思い出したくない悪い記憶だった。

 僕はベッドから上半身を起こして、しばらく頭を押さえていた。


 寝ぼけたままスリッパをはいて、一階の台所に降りた。

 

 両親はとっくに起きていた。

 父はリビングで新聞を読み、母は流しで洗い物をしていた。

 二人の間に会話はない。


 お互いに不干渉――我が家の不文律。


 テーブルの上に置かれた、もう冷めてしまった朝食。

 母親が用意してくれた食事を無理やり口に入れる。

 半熟のベーコンエッグが、胃にもたれるように重く感じた。


 あれから二回、狭山先生と一緒に白石さんをお見舞いに行ったが、彼女は相変わらずひとことも喋らなかった。


 でも今日こそは。


 皿に盛られた自分の分を食べ終わった僕は、勢いよく椅子から立ち上がった。

 

 階段を駆け上がり、ワイシャツに袖を通す。

 制服に着替えた僕は紺色のリュックサックを片手に、部活に行くとぶっきら棒に言い残して家を出た。


 忘れもしないその日は土曜日だった。

 

 よく言えばここまではフツウだったのかもしれない。

 事故にあって、頭を強く打って、失語症になって――言い方は悪いが、「自然な」流れだった。

 だが後で思い出してみると、何もかも見落としていただけだったのだろう。


 当然僕が行く先は決まっていた。

 

 もちろん学校になんかいかない。

 行先は彼女、白石さんが入院している病院だった。


 僕は自転車に飛び乗って自宅前の道路を走り出した。

 

 近所のコンビニを通り越し、

 郵便局の角を曲がり、 

 ひたすら病院へ向かって精一杯走った。


 僕は、病院へ続く街道のカーブ、緩やかな上り坂を立ちこぎしながら考えていた。

 

 白石さんは治るんだろうか。

 僕は医者ではないのでよく解らないが、吉久保さん曰く失語症は心理的なショックによる一時的なものの可能性もある、という話も聞いていた。検査によると運動機能に問題はなく知能障害もないが、どんな呼びかけに対しても言葉で応じることはないのだという。


 僕が考えてもどうにもならない。そんなことは解りきっている。

 

 吉久保さんやお医者さんが話しかけてもだめなら、もっと僕が喋りかければどうにかなるんじゃないだろうか。

 科学的な根拠など何にもない、一般人の希望的観測というのは恐ろしい。

 

 ガードレール沿いを白い軽トラックが通り抜け、風が僕の足を掠めとりそうになる。

 

 今は取り敢えず運転に集中しなきゃ。

 とにかくついてからもう一度考えよう。

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