10.
先生はうなだれていた。
「――でも先生」
僕は先生に言いたかった。
「僕も、ずっと逃げてました」
僕はいじめには加担していない。
でも、無視していたという点ではあいつらと同じだ。
先生も、吉久保さんも、無表情で独白しだした僕を見つめていた。
「白石さんは同じ部活の部員で、一年生の時から知っていました。あまりしゃべらなかったけど、心根の優しい人だったと思います。
けど、何もできませんでした。目の前でいろいろなことが起きているのに、ずっと目を背けてきました。確かに先生もずっといじめに気づいてこなかったのは、ちょっとよくなかったかもしれません」
無視は、時に人の心を深くえぐる凶器になる。
沈黙には人を殺す力さえあるのだと。
僕は先生を批判しているようで気が気でなかった。
「で、でも今日先生は、問題に正面から向き合おうとしました。これって、ホントはかなり勇気がいることなんじゃないですかね? 生徒のことで、ここまで熱くなれる先生も少ないかと……」
先生は動いていた。知ろうとしていた。
いったい何が起こっているのかを。
先生は僕と同じように無表情で、黙って僕の話を聞いていた。
「い、いい人なんですね、先生って」
先生は一分ぐらい何も喋らなかった。
僕は先生の顔色をうかがいながら、ビクビクしていた。
でも――。
「ったりめぇーだ。でなかったら今日、わざわざここまで来たりしねぇーわ」
一杯食わされた、とでも言わんばかりに歯を出して笑う先生。
やっと、笑顔が戻った。
「水無月に励まされるとはな。思ってもみなかった」
僕はまた、ちょっとほっとした。先生は先生だった。
吉久保さんも安堵した様子だった。
「つかお前、やるな。吉久保と仲良く話してるの見たとき、普段のお前はどこにいったかと思った。年上の女がいいのか?」
「ちっ、違いますよっ」
「あはは」
三人はそのまましばらく笑いあった。
今日の夜になってようやく、僕は心の中のもやもやが少し消えてすっきりした気分になった。
何か月分ものわだかまりを一気に吐き出したからだ。
それは先生も同じだったかもしれない。
こうして夜の駐車場で、僕たち三人はそのまま別れた。
だけどこの時僕も、先生も、吉久保さんも、まさかもう既にあんなことが起きているなんてことは知らずにいた。
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