6.

 白石かれんは、いじめられている。


 いじめ――もっと正確に言うなら、無視されている。


 授業で発表したとき、他の全員には拍手するのに彼女には拍手しない。

 教室に入ったとき、他の全員には無反応なのに彼女は一部の人たちから睨まれる。

 

 彼女の席はいつも教室の一番前。

 誰もが嫌がる教卓の目の前の席は、「公正なくじびき」によって一度の例外なく彼女に決定される。


 彼女のロッカーや机の中には私物が一切置かれていない。


 以前彼女が筆箱を自分の席に放置した際に、誰かが勝手に中身を漁ったこともあった。 

 机の上にあふれ出した、シャープペンシルやボールペン、消しゴム、定規。

 

 彼女が再び教室に戻って、無造作に散らかったそれらを見つけた時、

 何も言わず、

 失望の色すら浮かべず、

 ただただ無表情で眉間に皺ひとつ寄せずに片付ける様――。


 以来彼女は自分の荷物を教室に置かなくなった。


 最近彼女に関する根も葉もない噂をよく耳にする。

 クラスでリーダー格の女子が中心になっているようだ。


 彼女は英語の授業のときにも、小さなことでいちいち突っかかられることが多かった。

 クラスメートたちは彼女をいじめるための口実、ネタ探しばかりしている。

 それを見るたび、僕は心を痛めていた。

 

 見えないところでどんなひどいことが行われているのだろう。

 いずれにせよ、僕には知る由もないのだ。


 僕は、卑怯だ。


 僕は見ていることしかできなかった。

 胸が張り裂けそうになるぐらい言いようのない哀しみを覚えながら、黙って見過ごしていた。

 自分が次の標的になるのが怖くて、何もできなかった。


 なのに彼女は――。


 ***


「水無月くん?」


 吉久保さんが僕の名前を呼んだ。

 僕の顔の前で、意識がない人にするように、ひらひらと手を振ってみせた。


「吉久保さん……」

 

 気がつくと、吉久保さんが僕の隣に立っていた。

 吉久保さんはナース服の上にクリーム色の上着を着ていた。


 僕は吉久保さんに病院のロビーで座って待っているように頼まれた。


 緑色の椅子が並んだ大きな待合室は、忙しくたくさんの人が行きかっていた。

 総合病院というのは本当に人が多い。

 

 車椅子でエレベーターに乗る人、

 杖をついて歩く老人、

 パジャマを着て走り回る子供、

 点滴スタンドを片手に立つ中年男性。

 そして白衣を着た医師や看護師が、目まぐるしく対応に走り回っている。

 

 雑踏、雑踏、雑踏――。


 僕は自販機でポカリスエットを買って、ぼうっとしていたのだった。


「一人で何してたの?」

「いえ、別に。特になにも。お仕事は大丈夫なんですか?」

「今ひと段落ついたから休憩中。どうせまた十分もしないうちに戻らなくちゃいけないけどね」


 僕は下を向いて適当に話しを合わせる。冷たいアルミ缶の感触が手に残っている。


「そういえば、カナちゃん、って呼んでくれないの?」

「いや、なんていうか……、その、年上ですし……」

「意外と手厳しいのね」

「そんなっ! そんなことないです、十分お若いですよ」


 僕は慌てて、吉久保さんの顔を見た。

 吉久保さんは性懲りもなく、いたずらっ子のような笑みで僕を見つめる。

 

「ちょっと、外出て話そっか」

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