2.
ええい、ここまで来て迷っていてもしかたない。
だが俄然、しばらく立ちっぱなしだった足を彼女のほうへ進めようとすると、不意に湧き上がる雑念が、僕の歩行を邪魔した。
友達面していって、迷惑がられたらどうしよう?
彼女と二人だけで話すのはほとんど初めてである。
気がつくと、ひざが笑っていた。
マズいな……。笑えるほどキョドってる。
声を出そうとしたが、震えるだけの喉は何を言えばいいかも分からないと言っているようだった。
僕が、かすれる息の音とともに、やっとの思いで搾り出したのがこれだった。
「あ、あの」
静かな部屋に突然響く僕の声に反応して、はっ、としたように、彼女の首は素早くこちらに向いた。
開かれた二つの瞳孔が、僕の方を見つめている。
澄んだ、きれいな目だった。見開かれた大きな瞳孔は、彼女が余程驚いていることをあらわしていた。
まさか、僕が来るとは思っていなかったか。
いくら同じ部活とはいえ、
半分クラスメートの罰ゲームとはいえ、
僕が抜擢されたなんて思わないだろう。
僕は続けて、何か言葉を発しようとした。
膝はガクガクしたままだったため、歩くたびに病院の緑色のスリッパがパタパタ、と変に大きな音をたてた。
「白石、さん。こ、これ、」
僕は手にもった花束を、何の前振りもなく、さっと前に差し出していた。
自分でも心の中で舌打ちしてしまうような、あまりに唐突すぎるサプライズ。
ゆらゆら揺れるチューリップとスイートピーを見つめて、彼女は神妙な顔つきをした。
せめて何か言わなきゃ。
「今日は、クラスのみんなの代わりに、お見舞いにきたんだ。僕、ずっと心配してて……」
いやにハキハキしたしゃべり方で慌てて説明を付け加えていると、今度は顔が赤くなってきた。
顔に血液が逆流してきている。ここまで緊張すると本当にアホらしくなってくる。
だが、彼女は僕の大げさな一挙一動に反応するそぶりすら見せなかった。
突然の来訪者に喜びもせず、かといっていやな顔もせず、俯いたまま何か申し訳なさそうな表情をしていた。
ベッドの掛け布団の上におかれた花束と、その上に添えられた左手。
肩のほうにおかれた右手の指は、いつもの髪の毛をいじる癖ができずに不満げな様子といったところか。
どうしたんだろう?
逸る気持ちと焦燥を抑えきれずにいた僕は、いい加減彼女の異変に気がつく。
僕はその時、単純に白石さんもパジャマでベッドに寝ているところを男の子に見られて恥ずかしいのかな、とか勝手な推測をしていた。彼女はあまり自分から話す方ではなかったが、以前は話しかければ一応反応していたのに。
とりあえず僕は、持ってきたリュックサックを彼女に渡すことにした。
「学校に残ってた白石さんの私物もってきたんだ。教科書とか、色々。机とロッカーには何にも入ってなかったけど」
視線の先には、目を背けたまま相変わらず無言の彼女。
僕はベッド脇に横付けされたテーブルの上に荷物を取り出して並べながら、説明を続ける。
「ほら、本もたくさんあるよ? 小説読むの好きだったよ、ね……」
泣き笑いのような顔を見つめながら、いよいよ僕も黙り込んでしまった。
年頃の女の子の気持ちを慮ることもできず、ズカズカと人の領域に踏み込んでしまったことをちょっと反省した。
二人の間に続く、永遠とも感じられる沈黙。
スズメの鳴き声や風の音、自分の息遣いまでもが、耳鳴りのように響く。
何分経ったか分からなくなったころ、静寂は不意に、コンコン、というドアがたたかれる乾いた音によって破られた。
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