流されやすい俺と流れを作る幼馴染

月之影心

流されやすい俺と流れを作る幼馴染

*****8年前*****




 俺、志道拓巳しどうたくみと、幼馴染の吉見玲香よしみれいかが小さい頃によく遊んだ公園。

 二人はブランコに乗っていた。


 玲香が呟いた。


「東京行くんやね。」


 俺が返す。


「うん。」


「寂しいなるなぁ……。」


「言うても長い休みの時は帰って来るし、就職はこっちで考えてるから4年間だけやで。」


 玲香は俯いたままブランコを小さく揺らした。


「うち、待っとるからな。」


「玲香……。」


 次、何時会えるか分からない中で相手を待つというのがどれ程精神的に負担となるのか……相手を思えば思う程、それは苦痛でしか無くなる。


 前後に揺れる玲香を見ながら俺が口を開く。


「なぁ玲香。」


 足が地面に付かないように膝を曲げて揺れていた玲香が俺の方を見る。


「うん?」








「俺ら付き合ってんの?」


「ううん。付き合っては無い。」


「せやな。告白した覚えもされた覚えも無いのに、危うく付き合っとるもんと勘違いしそうな雰囲気やったな。」


「ときめいた?」


「いや、自分の記憶に自信無くしそうにはなった。」


「そっかぁ。」


 玲香は楽しそうな顔をして正面を見ながら、一度地面を蹴ってブランコを大きく揺らした。




 18歳の春。

 俺は東京の大学へ入学した。








*****4年前*****




 アルバイトから帰宅した俺は、机の上に買ってきた弁当とスマホに財布を置くと、ベッドの縁に座って大きく溜息を吐いた。

 ふと机の上を見ると、スマホの通知ランプがピカピカと点滅していた。

 手に取って画面を見ると新着メールがある事が表示されていた。

 画面をタップする。

 メールは玲香からだった。


 件名:至急

 本文:レイカキトクスグカエレ


 着信はほんの数分前だ。

 俺はメールを閉じてスマホを机の上に置き、弁当を電子レンジに入れて温めた。

 30秒程温めてから取り出し机の上に運ぶ。

 今日一日の糧が得られる事に感謝しつつ美味しく頂いた。

 ペットボトルのお茶を飲み干して再びスマホを手に取ると、アドレス帳を開いて玲香に電話を入れた。


 コール音がしたかしなかったかくらいのタイミング。

 玲香が即電話に出る。


『メールしてからどんだけ待たせるねん!』


「危篤じゃなかったのか?」


『普通あの文面やったらすぐ連絡するもんやろ!?』


「本当に危篤ならメールなんか出来んだろ。それから、電話欲しい時毎回あの文面だと本当に危篤になっても連絡後回しになるから止めとこうな。」


『むぅ……拓巳はウチの事心配してくれへんのんか?』


 玲香が少し寂しそうな声で尋ねた。


「玲香。」


『何や?』








「俺ら付き合ってるの?」


『ううん。付き合ってへんよ。』


「だよな。いつの間に告白したんだろうって記憶辿っちゃったよ。」




 過去に同じようなやり取りをした記憶を思い出しながら、電話を終えるとスマホを机の上に置き、シャワーを浴びにバスルームへと向かった。




 22歳の冬。

 大学の卒業も決まり、希望通り地元の企業へ就職する。








*****現在*****




 俺は就職して地元へは戻ったものの、配属先が実家から通うには不便な場所だった事もあり、会社の近くのマンションを借りて一人暮らしをしていた。


 仕事が終わり、疲れた足取りでマンションに向かう。

 鞄から鍵を取り出して鍵を開け、玄関の中へ入る。


「ただいま。」


 一人暮らしなので返事があるわけではないが、防犯の為といつもの癖みたいなもので、毎回声に出して言うようにしている。

 が、疲れていたのだろうか、電気が点いている事をおかしいと思わなかった。


「おかえり。」


 ある筈のない返事があった。


「え?」


 玄関から続く通路の向こう側のドアが開かれ、奥から玲香が顔を出した。

 玲香は髪を後ろで括り、長袖のシャツを腕捲りしてエプロンを着け、ニコニコと笑顔を見せながら俺を迎えていた。


「何で玲香が居てんの?」


「何でて……拓巳の誕生日やからお祝いしに来てん。」


「そらどうも……ってそういう意味やなくて、何で玲香が俺の部屋に入れたんか聞いてんねんけど?」


 玲香はジーンズの後ろのポケットから見覚えのある鍵を指で引っ張り出して目の高さでちゃりちゃりと振って見せた。


「おばちゃんに拓巳の誕生日お祝いする言うたら貸してくれてん。」


「なんちゅう事を……。」


「まぁええから。料理もうちょい掛かるから先シャワー浴びて来たら?」


 さも当然のような口調で言われたが、さすがに追い出すわけにもいかず、言われたままにシャワーを浴びにバスルームへ向かった。




 シャワーを浴び終えてリビングに戻ると、広くは無い机の上に所狭しと料理が並んでいた。


「ちょうど今出来たとこやから食べよか。」


「これ全部玲香が作ったんか?」


「せやで。拓巳の為に頑張ったんやで。」


「そ、そらありがとう。」


「それにしても……。」


 玲香がエプロンを外して畳み、椅子の背もたれに掛けながら言葉を続ける。


「拓巳って住んでるとこ変わったらすぐ言葉遣い変わるんやな。」


「そぉか?」


「東京の大学行った時はすぐあっちの言葉になって関西弁全然出て来んかったのに、こっち帰ってきたらすぐ関西弁に戻ってる。」


「あぁ……うん。流されやすいんやろな。それは自覚しとる。」


 玲香が俺のすぐ前に来て、いきなり俺の胴体に腕を回して抱き付き、下から見上げるように俺の顔を見てきた。


「おぉっ!?ど、どないした?」


 玲香はニコニコとした笑顔で俺の顔を無言のままじっと見上げていた。


「れ、玲香……?」


「拓巳もぎゅってしてぇや。」


「え?あ、お、おぉ……。」


 俺は玲香の背中に腕を回し、小さな玲香の体をぎゅっと抱き締めた。


「なぁ、玲香?」


「何やぁ?」








「俺と付き合ってや。」


「ふふっ……ええよ。」








 流されたような流されたわけじゃないような。

 多分、俺も玲香も、こうなる事をずっと望んでいたのかもしれない。

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