魔力過多と道具屋完結記念

カッコつけたいお年頃

ウォーレン歴9年 緑風の月29日 夜




 アレンさんと心機一転、また旅に出て半月くらい。今日は移動をせずに今いる町の散策をして一日を過ごしたんだけど、最近なんだかアレンさんの様子が変だ。


 商店街では私の好きそうな品物をやけに手に取るし。私が遠慮するとそれはもう残念そうな顔をするし。それなら私もアレンさんの好きそうな品物を探していたら「お気遣いは無用ですのでェ」って別の場所に強制連行されるし。


「エスター?」


「んぇ?」


 ぐるぐる考えていたらアレンさんに声をかけられていたのに気付いていなかったらしい。ぽんと肩を叩かれて我に返ると、いつの間にかちょっとオシャレなレストランの前で立ち止まっていた。


「今晩はここで夕飯を食べるのはいかがでショウ」


「わ! おいしそう、だ、ねー……」


 最初は元気に答えていた声がしぼんでいったのは、店の前に立てかけてある簡単なメニュー表の値段が目に入ったからだ。


 予算はひとり30ユールはみておいたほうがよさそうな感じ。今のお財布の中身で払えないことはないけど、気軽に入るにはちょっと高いかな……というのが正直なところだ。


 でもアレンさんは不思議そうに小首を傾げる。


「なにか気がかりでもォ?」


「……その、ちょっと、お値段が」


 耳元でひそひそと言うと、なるほどォ、とアレンさんは大きく頷いた。


「大丈夫ですヨォ。ギルド納品の収入が入ったばかりで懐があたたかいのデス」


「それって」


「私のおごりですゥ、もちろん」


「むー……」


 アレンさんのほうが冒険者業とギルド納品との両立でたくさん稼いでるのは知ってるけど、なんかこう、釈然としない。対等な相棒でいたいって思うのは、ワガママなのかなあ……?


 しらないうちにふくれっ面になっていた私のほっぺを、アレンさんがつまむ。


「むぅふぇ!?」


「エスター、これは正当な取引ですゥ」


「ふぉりふぃふぃ」


「ハイィ」


 口が回らない状態でよく通じたな、と一瞬感心してしまったけど、解放してほしい気がする。その気持ちが通じたのかどうなのか、アレンさんはつまむのをやめてほっぺをつんつんし始めた。


「私がお金を出すとォ、エスターは自分のお財布を気にせずにおいしいものが食べられますゥ」


 そもそもその段階から意見が違う気がするけど、とりあえず聞いておく。アレンさんはへにゃ、と表情をゆるめた。


「エスターがおいしいものを食べるとォ、それはもう笑顔がお可愛らしいんですヨォ」


「ぶふっ」


「なんで笑うんですかァ!?」


「ご……ごめん。それで?」


「エスターはおいしいものをたくさん食べられてェ、私はエスターの笑顔が見られるゥ。ウィンウィンっていうやつですヨォ!」


 ……ふむ。一応アレンさんなりに理屈があるらしい。


「でもそれ、私が自分のお金で食べても同じ顔すると思うんだけど……」


「今回はお値段が気になるんでしたよネェ?」


「あー、うん、そうだけど」


「なら私にどーんとお任せくださいィ」


「うーん……」


 納得しそうで納得できない微妙な線だ。うんうんうなっていたら、アレンさんが私の頭にあごを乗せてきた。そんなにずっしりこないから、手加減してくれてるのはわかる。


「アレンさん?」


「カッコつけさせてくださいヨォ……」


「か、っこ」


 拗ねたようなアレンさんの言葉の意図がじわじわ染み込んで、頬が、っていうか顔中が熱くなっていく。


「えっと、あの、つまり、その、」


「『好きな子に思いっきりディナーを楽しんでほしい』ってことですゥ……」


「っっっっっ!!!!」


 私がいよいよ爆発しそうになったところで――


「そこのおふたりさん、入るのか、入らないのか。どっちなんだい」


 お店の給仕長らしいおばさんに声をかけられてはっとした私たちは、声をそろえて「入ります!」と即答したのだった。

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