Happy Birthday to You 2

ウォーレン歴9年 向暑の月26日 昼




 アレンさんと新しく旅に出てから1ヶ月ちょっと。今日は王都より南のウレイの町でのんびり過ごすことにした私たちだけど、アレンさんが朝から落ち着かない。ちらちら私の顔を見てみたり、魔術道具を作るのに失敗したり。


「アレンさん、どうしたの?」


「どどどどうもしませんヨォ」


 ぼふっと魔術道具の回路を描いていた紙を真っ黒こげにしたアレンさんは、わたわたと煙を払う。私はアレンさんの部屋のベッドにごろごろうつ伏せで転がりながらアレンさんの様子を観察した。


 この位置だと後ろ姿しか見えないけど、私にはわかる。


――アレンさん、今日が誕生日なの、すっごい意識してる。


 もちろん朝一番にお祝いの言葉は言ったけど、そのあとは普通に振る舞っている私がなにを準備しているのか、それとも準備していないのか。それが気になってしょうがないんだと思う。


 もちろんとっておきを用意してるけど、今のところ様子には出していない。はず。アレンさんがそわそわしてるってことは、うまく隠せてるんじゃないかな?


 去年は誕生日をすっかり忘れていたことを思うと、アレンさんも進歩したというか、変わったなぁ。……もうちょっと意地悪しちゃおう。


「アレンさん、私寝るから約束の時間に起こしてね?」


「エエエエエェ!?!?」


 思いっきり振り向いて驚きの声を上げるアレンさんの顔をぼんやり眺めて、私はベッドに突っ伏して眠りに落ちた。




「エスター……エスター?」


「うーん……」


 アレンさんに軽くゆすぶられて、私はぼんやり目を開けた。部屋に夕陽が射し込んでいて、ちょうど約束の時間だ。


「言われた時間になりましたがァ……このあとなにか予定があるのでェ?」


「あるよ!」


 私は一気に目が覚めてベッドから飛び降りる。お楽しみはこれから!


 驚いたようでのけぞって口をぱくぱくさせているアレンさんの腕をひっぱって、私は宿屋から出た。向かったのは、私がディナーを予約しておいたレストランだ。


「いらっしゃいませ」


「予約したエスターとアレンです」


「お待ちしておりました」


 出迎えてくれたウエイトレスさんにもあの・・話が通っているみたいで、それはもう最高の笑顔で中に招き入れてくれる。


「ホワァァァ……」


 思わずといった様子でアレンさんが声を上げた。ちょっと薄暗く演出されたオシャレな店内に、今はちょうど沈みかけの夕陽が射し込んでいる。


 横に並んで歩いているアレンさんの頬がオレンジに照らされて、ちょっと照れているみたいにも見えた。


 案内された席はついたてで他の席から見えなくなっている2人用の席だった。私たちが座ってウエイトレスさんが去っていくと、アレンさんが身を乗り出した。


「なんだかキレイなお店ですネェ?」


「すごいでしょ」


「いつのまに見つけたんですかァ、びっくりですヨォ」


「ふっふっふ」


 私たちはおとといからこの町にいる。おととい部屋を別れて寝るふりをして夜にこっそり宿屋の人に教えてもらって、昨日の朝一番に予約して。これでも頑張ったのだ。


 そうこうしているうちにディナーが運ばれてくる。しばし私たちはおいしい食事を味わうことに集中した。


「おいしかったですネェ……」


「満足……」


 デザートに出てきた小さなケーキを食べ終わって、私たちはしみじみと呟いた。アレンさんが嬉しそうに頭をゆらゆらさせる。


「今晩は素敵な誕生日プレゼントをありがとうございましたァ」


 私は狙いが大当たりしてにやっと笑った。なかなか悪い顔になってる気がする。


「まだ終わりじゃないよ、アレンさん」


「エェ!?」


 宿屋の人がここをおすすめしてくれた理由。それは……。


「おめでとうございまーす!」


 話を聞いていたのか、ちょうどいいタイミングでウエイトレスさんがついたての向こうからこっちにやってきた。手には、フルーツソースでメッセージが書いてある「本当の最後の」デザートプレート。


 ぽかんと口を開けて目の前にお皿が置かれるのを見守ったアレンさんは、ウエイトレスさんと私の拍手で我に返ったみたいだった。


「スペシャルメッセージプレートです。おめでとうございます」


 頭を下げてウエイトレスさんが戻っていくと、アレンさんはお皿を覗き込んだ。メッセージを読むように頭が動いて、なぜか盛大にむせる。


「こっ、これはァ……!!」


「え!?」


 ぷるぷる震えながらアレンさんがお皿を半回転させる。私もメッセージを読んで――


「えぇ!?」




――私といつも一緒にいてくれてありがとう。いつまでも愛してるわ、




「待って待って待って、どういうこと!?」


「熱烈ですネェ……」


「ちょっ、これは違うっていうか」


 ふたりで真っ赤になったところで、私はふとメッセージの最初に書いてある宛名に気付く。



――親愛なる



「……人違い……?」


 ちょうどそのとき、少し離れたところから「おめでとうございまーす!」とか、「ちょっとこれ違うじゃない」とかいう声が聞こえてきて、私は脱力した。


 慌てた店長さんが謝りにきたりお皿が交換されたりとどたばたがあって、私とアレンさんはどっと疲れて椅子にもたれかかる。


「焦ったー……」


「心臓に悪いですネェ……」


 私はひとつ深呼吸して、よし、と背筋を伸ばした。


「ちょっとハプニングはあったけど、お誕生日おめでとう! アレンさん!」


 アレンさんもにっと口角を上げて頷いた。


「ありがとうございますゥ。いい思い出になりそうですネェ?」


「あはは」


 私たちはくすくすと笑い合う。アレンさんが喜んでくれてよかった!







――生まれてきて、出会ってくれてありがとう。これからもよろしくね!

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