【立場逆転if】道具屋のとある少女と、魔力過多なとある青年

「魔術道具いりませんか! 便利ですよ!」


 金髪の少女は春の夕方の露店街で声を張り上げた。露店用の敷き布に座りっぱなしで、下半身がバキバキいいそうだ。


 何人か足を止めたり遠目で見てくれている人の気配がある。少女はごちゃごちゃ並べてある商品の中からふたつの石を手に取った。


「こちらは『火打石』といって」


 あっ、一気に人波の温度が下がった。興味をそそらないのはわかっているけれど、少女は仕方なく「火打石」の説明を続ける。


「ただの石じゃありません。魔力をほんのちょっと込めてこするだけで……」


 少女は「火打石」を布の外側に置いてある木の枝めがけてこする。


 カシュッ。軽い音を鳴らすと、木の枝に焚き火ほどの大きさの火が点く。


「ほら! 火が点きました!」


 ……この段階で、見ている人はあまりいない。というか、前髪を長く伸ばした濃い色の髪の青年がひとりぽつんとたたずんでいるくらいだ。


「……私にはァ、できませんからネェ」


 ぼそっとなにかを呟いた青年は、ぱちぱちと小さく手を叩いてくれる。少女は嬉しくなって、青年のほうに顔を上げた。


「お兄さん、ご興味はありますか?」


「えェ? いやァ、そのォ」


「あとあと、こっちのコップにも魔力をちょっと込めるだけで、じゃーん」


 コップの底から水が湧き上がって、コップを満たす。少女はそれを焚き火に注いで火を消した。青年の興味深そうな視線が前髪の向こうからでもわかる。


 少女はまた「火打石」を手に取り、今度は青年のほうに差し出した。


「お試ししてみますか? ちょっと魔力を込めて、こすった方向に火がつくだけの、簡単な道具ですよ」


「えっとォ……」


 ずずい、と少女が「火打石」を差し出すと、青年は折れてくれたのかそれを手に取る。


 おずおずと石を握り、積んである枝のほう目がけてこすりあわせた。


 カシュッ。


 次の瞬間、いろいろなことが同時に起こった。


 焚き火どころではない火柱が立ち上がり、その向こうの青年は魔力の底が見えた状態でぐらりと気を失って倒れる。露店街じゅうが大きくざわめいた。


 この先に物語の始まりを感じつつ、少女は慌てて消火系の魔術道具を探すのであった。

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