クローバーと人魚

忍野木しか

クローバーと人魚

 

 疲れた足で夜の浜辺を歩いていると、私は人魚に出会った。

 月明かりに揺れる滑らかな尾はキラキラと光り、長い緑の髪には海藻が絡まっている。

 人魚は砂浜に寝転がって何かを探しているようだった。

「何かお探しですか?」

 私は家族の写真を胸ポケットに仕舞ってしゃがみ込んだ。

「五つ葉のクローバーを探しているのです」

 人魚はピアノを弾くかのようにクローバーの草原を撫でた。

「四つ葉では無くて?」

「五つ葉です。道標になるのです」

 柔らかな葉が砂だらけの素足を優しく包む。

 気が付けば、私も夢中になって五つ葉のクローバーを探していた。宵の薄明かりは小さな葉一つ一つを愛でるように照らし、葉に浮かぶ水滴は光沢を放っているかの如く煌いた。あたり一面は鮮やかな緑に色めいていた。

「あ、八つ葉だ」

 私は眼鏡を外して目を擦った。そのクローバーは確かに艶やかな八つの葉を並べていた。

「これでは駄目なのだろうか?」

「駄目では無いですよ」

 人魚はそっとクローバーを割る。今や五つ葉となったクローバーを嬉しそうに前髪に挟み、別れた三つ葉を私の手に乗せた。

「これはあなたの道標です」

「私の?」

「真ん中の葉が今いるこの場所を。左右の葉が、前と後ろの道を示しています」

「しかし、どちらへ向かえばいいのかわかりません」

 私は戸惑い、三つ葉を目の前で回した。すると人魚は微笑んで胸ポケットを指さした。

「それを知りたいのなら、聞けばいいのです」

 人魚は広い海の底へと帰って行った。

 私は海辺に並べた靴を履き直す。

 クローバーを胸ポケットの写真に重ねると、泡立つ暗い海を一瞥して帰路についた。

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クローバーと人魚 忍野木しか @yura526

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