1-8 現状報告


「あ、もしもし、開発班のフルグライトですけど。今、少しだけお時間良いですか?植物園の件なんですけど……」


 植物園園長・ゴメイザ夫人の怒りにわざと触れ、そそくさと屋敷から撤退した僕らはすぐ、植物園のお客様入口の隣に併設されているレストランに入り、レストランの一番奥の、目立たない隅の席に荷物を下ろし、早めの昼食をとることにした。平日ということもあり、お客さんも今日はそこまで入っておらず、電話をしても問題ないくらいの静けさがある。とりあえず頼んだ料理が届くまで、ついさっき起こしてしまった件について、開発部のサカミハラ課長に相談することにした。

 僕らが今いる、温室レストランには主に熱帯地域の植物や木が多く展示されている。緑がとにかく多いこの建物の天井はドーム型になっていて、ガラス張りの天井から、今日も太陽の暖かな日差しが差し込んでいて、とても暖かい。レストランとは言っているものの、形態的にはフードコート感のある場所になっている。温室の真ん中に大きくレストラン用の広場が作られていて、その周りを熱帯の植物の展示が取り囲んでいる、回遊式の温室展示場である。また、レストランのすぐ隣には蓮の咲く池が設置されていて、レストランから料理を楽しみながら眺めることができる。ついでに僕らの座った席の隣がちょうど蓮の池で、今、僕が電話をかけている間もミラは蓮の花を物珍しそうに眺めたり、つついてみたりしている。確か蓮自体は夏ごろの開花だったはずだが、この温室では年中咲いている姿が見られる。これもまた植物園のすごいところなのだろうなぁと感心した。


「つまりはあれね、揺すってみたら衝撃発言が出てきたから、ビビって逃げ帰ってきた感じね。」

「逃げてはないです!戦略的撤退です!」


 僕は見えてもいない課長に向けて、ふくれっ面になる。逆にそんな僕のことが見えてるかのように、課長の元気な笑い声がスマホ先から聞こえる。 


「まあでも、その衝撃発言すらトリヤマ君は聞いて来れなかったんだから、ある意味収穫はあったのかもね?良くやったわ、フルグライト君。」

「課長、ありがとうございます。でもこのまま解約の手続きを踏むのはちょっとなんか、その……嫌なんですけど。」

「仕方ないわよ……うちのやり方、わかってるでしょ?てかあれでしょ?フルグライト君だけがだいたい理不尽被ってるから、気に食わないだけでしょ?」

「そりゃ当然!気に食わないに決まってるじゃないですか!!もぉーーー!!」

「あっはっはっは!まあまあ怒らないでフルグライト君!」


 スマホ先から聞こえる課長の笑い声と声のトーンから、腹をかかえて笑っている姿が、実際に見えずとも目に浮かぶ。ゴメイザ夫人との会話の事に課長の反応が追加されて、さらにイライラしすぎて貧乏ゆすりが止まらない。

 ふと視線を感じて、池の方を見ると、僕の電話する様子をじっと見てくるミラ。ちょっと無理してふくれっ面を、にっこり笑顔にする。けれどミラから返ってきたのは「やばいものをみた」って顔。ミラはそっと目をそらして、池の方に戻っていってしまった。そろそろ僕、心が折れそう。


「とりあえず、フルグライト君。お疲れ様でした。今日はゆっくり休むなり、ミラちゃんとお出かけ楽しんで来るなり好きにしてきなさい。問題は5日後でしょ?」

「はい、そうなんですよ。」

「出張期間なんだけど……」

「一応、約1週間、ですよね?」

「手続きしてからすぐ帰ってこれるの?今回は初めての出張なんだから、もう少し延ばしても良いんじゃない?」


 まあ事実、今日が出張2日目。僕は頭の中でやらなければいけないことを、1つ1つ思い出してみる。


「2日3日位で良かったんじゃないの?」

「2日3日は酷じゃないですか?こんな重大な話、簡単に決められても困りますし……」

「じゃあ4日はどうなの?」

「植物園がお休みです。」

「そっか……仕方ないわね。でも出張期間伸ばすなら、早めに連絡ちょうだいね?」

「ありがとうございます。」


 頑張ってね!と応援の言葉の後、ガチャリと電話を置く音がした。僕はスマホを閉じて、大きく深呼吸と伸び。そして凝り固まった肩を回してゴリゴリとほぐす。課長に報告したことで、少し気が楽になった気がする。問題は5日目まで何をするかってこと。ただ黙っているわけにはいかない。でも僕はどうしたら良いのか。何を優先して行動すれば良いのか。腕組み、足組み、目を瞑り首を傾げる。


「お待たせしました。庭園産バジルを使ったオリジナルソースがけ完熟トマトのサラダパスタ、春野菜とふわふわ卵のオムライスです。」


 気づけば隣にホールスタッフさんが待機していた。ひと皿ひと皿丁寧にテーブルの上に置くと、ごゆっくりどうぞと一言。その後、静かに空の銀色カートと共に、厨房へ帰っていってしまった。一度、持っていたスマホを革バッグに仕舞う。


「ミラ?料理来たよー食べよー?」

「はーい。」


 池の方に向かってミラを呼ぶと、池の方で蓮の花をちょっとずつ突付いていたミラは、すっと立ち上がり早足で席まで戻ってきた。しかし戻ってくるや否や、僕の前に置かれたサラダパスタをじっと見て、その後僕の顔を見るや否や、ミラの口角が上がり、ニヤニヤと笑いだした。


「せーんせっ!ちゃーーんと野菜食べてて偉いですよ!」

「なんとなく食べたかっただけですーーー!」

「ふふふっ!」


 僕を小馬鹿にした後、ミラは自分の口を小さな手で抑えてクスクス笑っている。いつからこんな、こんな……大の大人の僕をからかうようになったんだか!


「僕のこと気にする前にぃ?ミラはさっさと食べたほうが良いんじゃなーい?やっぱり食べきれなぁーい!お子様ランチの方が良かったぁーって言わないでねぇ??」

「ぜっ…全部食べます!」

「食べきれなかったらミラのこと、ここに置いて行っちゃおーっと。」

「先生ひどい!!」


 今度は僕から、ニヤニヤ笑われながら指摘されるミラは、顔をトマトくらい真っ赤にした。まさに、ついさっきまでの僕みたいなふくれっ面。ミラは用意されていたスプーンを勢いよく掴み持つと、オムライスに思いっきりグサグサと刺す。そして一口大になった卵とチキンライスを掬い取って、パクパクと口の中に放り込んでいく。その様子はさながら、お腹を空かせたハムスターみたいで、つい声を出して笑ってしまった。


「せんせーもご飯残ってたら置いていきましゅから!!」

「はいはーい。」


 僕より先に食べきらないといけないと思っているらしく、喋りながらももぐもぐ食べ続けるミラに困りつつ、でもそんな可愛くて面白いミラを眺めつつ、僕もパスタをフォークで巻いて食べ始めた。

 いつもはもう少しこってりとしたナポリタンとか、ハンバーグとかの料理を食べるのだが、今日はゴメイザ夫人との件もあり、胃も心も重く、こってり系は受け付けられない状態。だから、サラダパスタを選んだ。葉野菜のシャキシャキ食感、トマトの酸味、茹でた鶏肉のさっぱり感、オリジナルソースが爽やか!良い感じに食欲をそそられる。あと今日みたいな、外が晴れて暑くなるような日には、冷たいトマトは身体のクールダウンにも繋がる。とても良い。そんなこんなで、ミラに茶々入れつつ、僕も茶々入れられつつ、注文した料理を全て食べ終わった。僕ら2人、満腹満足気分で席から立ち、会計を済ませる。僕が会計をしている間、レジの横にあった植物園の無料パンフレットが気になったようで、読みふけっているミラを引っ張りつつ温室レストランを後にした。





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