1-9 春の香り繋がる出会い


 レストランを出てからというもの、植物園内、色んな所を2人で歩き回った。レストランのある温室の熱帯植物も一応、ちゃんとルート通り歩き回って見てきたし、温室からちょっと歩いた先にある、青色のネモフィラと赤色のポピーの小さな丘の花畑も見た。ついでにその丘の上にある、色とりどりの鮮やかな花々で形作られた日時計も眺めてきたし、そのすぐ隣にある植物園観光記念ベルもミラと2人で鳴らしてきた。さらに近くのベンチで休んでいたらしい観光中の老人会の叔母様たちに見つかり絡まれ、かわいい素敵だとおだてられ、記念ベルと共に新婚新婦のようなポーズで記念写真を撮られてしまった。まあ、見方によっては父親と娘のように見えなくもないけど、次のエリアに行くまで、ミラとの空気が結構気まずかった。けれど叔母様達のなんとも上手なおだてにより、僕は内心、彼女とデートくらいの気持ちの昂りを感じてしまっていたのは事実。思っている以上に自分がちょろすぎて、悔しさがすごい。僕は次のエリアまでの歩いている間、気まずさから悶々としていたが、ふとミラの足が止まったのに気づき、同じく足を止めた。そして2人して深呼吸。


「そっちだね?」

「こっちですね!」


 ミラも僕も、感じたことは同じだったらしい。ふわっと僕らのまわりを流れていくラベンダーの良い香り。流れてくる香りに誘われて、すぐ近くにあった何棟か並ぶうちの1つのビニールハウスに足を踏み入れた。


「こんにちは〜!サシェ作り、リース作りはいかがですか〜?手作り石けん体験もできますよ〜!」

「……さしぇ?」

「初めてですか〜?これのことですよ〜!」


 頭の上にはてなマークを浮かべるミラに、優しく語りかけ、サシェというものをミラに見せてくれる赤チェック柄のエプロン姿の男性。見た限りでは優しそうな人。少年っぽさのある背の低い赤チェック柄のエプロン姿の男性は、そのままミラの手にサシェとやらを手渡す。僕もサシェとやらが気になってミラの手元を後ろから覗く。


「香り袋ですか?」

「そうなんです〜!好きな布を選んだら、あそこの天井からぶら下げられてる花や、私達が用意した入れ物から花を取って詰めてくださーい。」


 にっこり笑顔な赤チェック柄エプロンの男性が、こちらのテーブルへどうぞと僕らを案内する。他のテーブルでも親子で花を編み込んでリースを作っていたり、石けんになるであろう液体をぐるぐると混ぜる子供達がいたり……とても楽しそう。あと、さっきミラが受け取ったサシェ、小さなミラの手がサシェを押すたびに良い香りが僕のところまで漂ってきていて、なんだか心地よい。

 案内された空きテーブルまで来ると、今度は赤ジャージの上から白衣を着ている、丸眼鏡をかけた女性が待っていた。


「よーこそぉ!!ケラスス植物園、工作体験部へ!心も体も花色ハッピー!手作り石けんはいかがかな!?」

「サシェ作りですよコモンさん…」

「oh……これは失礼しました…」


 恥ずかしさからか、白衣の女性の目が泳ぐ。コモンと呼ばれた女性は、カリカリと右手で頬をかいた。そんな横で対応に呆れたのか肩を落とし、大きなため息をする赤チェック柄のエプロンの男性。そんな2人を見て、苦笑いしている僕とミラ。気まずさで空気が固まる中、口を開いたのはコモンさんだった。


「えぇっとまあ…それじゃあね、サシェ作り始めるので、お嬢さんはこの椅子にどうぞ!そら、ジョウヒ君!準備準備!」


 ため息混じりのわかりましたの返事とともに、ジョウヒと呼ばれている赤チェック柄のエプロン男性が、僕らに木の椅子を用意してくれた。その間にコモンさんは白衣の付着物をほろった後、ビニールハウスの奥に木のバリケードで仕切られた職員休憩室のようなところに行き、色鮮やかな布、布だけで辞典くらいの厚さになっている様々な布を持ってきてテーブルの上に並べた。コモンさんに呼ばれたミラは、そのまま楽しそうに布を選んでいる。


「お父様もサシェ作りしてみませんか?」

「あ、えっと……僕です?」

「え?はい!」

「じゃあやります。」


 ミラが体験している様子を見ていたら気になって、ミラの方ばかり見ていた。子供しかサシェ作りできないと思っていたため、僕はついキョドってしまった。ジョウヒさんが、ミラ達のところから数枚引っ張って来てくれた布の中から1枚、袋に加工する布を選ぶ。その後、僕が選んだ布をジョウヒさんは、テーブルの近くにあった横長の機械に布を挟み込む。物凄いガタガタ音、数秒の待機時間と共に、機械からポンッと吐き出される小さな布袋。それをすかさず取り出し、針金のような細さ薄さの輪っかの型にはめて僕の前へ。


「この中にお好きな花を入れてください。ここの……この型の縁まで入れてください。」

「はーい。」


 針金の型のおかげで布袋がコップのように自立して、より花を入れやすくなっている。確か使える花は、天井からぶら下がっているものも使っていいと言っていた気がする。ビニールハウスの天井を見てみると、僕らのテーブルの上にも何種類もの大小様々な花が乾燥させるため、乾燥パスタのように束で縛られ、ぶら下げられていた。その中の1つ、ちょうど真上に、僕のお気に入りがぶら下がっていた。ゆっくり手を伸ばして手で触れようとする。


「あの、これ良いです?」

「ラベンダーですね!今取ります!」

「あ、ありがとうございます。」


 ジョウヒさんは、僕が立ち上がるより早く駆け寄ってきて、小さめの脚立を使って真上のラベンダーの束を下ろしてくれた。僕は座り直し、目の前に置かれたラベンダーの束から花を数本抜き取った。

 小さい頃、家の花壇で少量だけれどラベンダーを育てていたのが懐かしい。懐かしさと好きな香りに浸りながら、テーブルの真ん中に用意された工作箱からハサミを取って、花と茎の部分を分断するように切る。5個くらい花の塊が作れた後、袋に詰める作業中、横目でミラの様子を見てみる。気付けばミラのまわりには切り取られた小さな花がたくさん入った四角い箱が3つもあり、その1つから小さめな濃いピンクの花をスプーンですくって次々と袋に詰めていた。詰める作業をしつつ、今度は何を入れたいか等の会話をコモンさんとしていて、女子2人で楽しそうに作業している。


「娘さん、可愛いですね!お父さん似ですか?」

「あ、いや、妻似?かも?」

「美人さんですね!」

「ははっ……ありがとうございます。」


 ジョウヒさんからの急な声掛けに焦る僕。奴隷だなんてその、ねぇ、言えなくて……顔が引きつり笑いになる。今の大嘘、ミラに聞こえていただろうか。不安になってまた横目で見るけれど、コモンさんとなにか別の会話で盛り上がっているらしい。安心した。僕がよそ見している間にも、ジョウヒさんは僕のために小さな花が入った箱を用意してくれていていた。ありがたい気持ちで、スプーンを持ち、粒状にされているラベンダーの花の入った箱と、白い小さい花の入った箱を交互に袋に詰めていく。


「今日はどちらからいらしたんですか?」

「あぁ、リコリスからです。2日前からですけどね。仕事の関係でケラススに来ました。」

「リコリスですか!僕の生まれ、リコリスなんですよ!」

「へぇー!そうなんですか。いつ頃からこちらに?」

「大学卒業してすぐなんで、ほんと去年です!」

「一人暮らし?」

「はい!」

「一人暮らし大変じゃない?すごいねぇ。」

「そこまで大変じゃないですよ!仕事仲間にも一人暮らしの人、結構居るんで、ワイワイやってます。」

「良いねぇ、素敵だねぇ!憧れちゃうなぁ。」


 ジョウヒさんは照れくさそうに頬を染め、ありがとうございますと頭を掻きながら小さくお辞儀をする。


「そういえば、お仕事って何されてるんですか?」

「あ、僕です?僕はこういう者です〜」


 僕は花を詰める作業を一旦止め、スーツ裏のポケットから、名刺を1枚取り出してジョウヒさんへ渡す。僕の名刺を見ながらジョウヒさんは目をキラキラと輝かす。


「あっ、ツバメ観光!知ってます!この前もツバメ観光さん経由のツアーで来た団体客がいましたよ!」

「ほんと?いやー嬉しいなぁ。」


 ジョウヒさんに続き、今度は僕が笑顔になる。契約を取ったり、ツアー点検とかしたりということがほぼほぼで、ツアーを楽しむ側の利用客とは直接会うことが少ない仕事だから、ジョウヒさんの一言がなんだか嬉しい。


「今日もツアーのお客さんと来たんですか?」

「いやー、僕はツアーの管理の方だからね。今日は昼時にゴメイザ園長とお話したよ。」

「園長と!?」


 ジョウヒさんの突然の大声に反応して、工作を楽しむお客さん達数名がこちらを見る。僕も驚いて肩をすくめてしまった。まわりの反応に気付いて、汗だくですみませんでしたと何度も頭を下げて小さくなるジョウヒさん。僕もまわりの客に向けて小さく何度かお辞儀して、静かにテーブルの作業に戻る。


「今日、本当にゴメイザ園長とお会いしたんです……か?」

「えぇ、そうだけど……?」


 男2人小さくなりながら、ボソボソと小声で会話を続けているが、僕の発言にジョウヒさんは何故か、首を傾げている。今にも頭の上にはてなマークが浮かびそうなほどに。そんな僕らの疑問符だらけの進まぬ空気に、隣で作業していた女子2人が、作業中の道具をずりずり引きずりながら寄ってきた。


「お父さんお父さん、なんの用事で園長とお話したんです?」

「な、なんの用事って……ツアーの契約とかの話ですけど……?」


 コモンさんの、僕に対してのお父さん発言に苦笑いしつつ、正直に解約の話だと言った。するとコモンさんとジョウヒさんは顔を見合わせる。


「とうとうツバメ観光さんとも解約するとか……まじで園長何考えてんの?てか本当に解約の話なんです?」

「はい、でもまだ解約確定ではないですよ?あくまでも今日は相談、なんで。」

「そうですか……ねえジョウヒ君、私、後でオキナリーダーに伝えておくわ。他の子には今の話、内緒にしといてね?」


 コモンさんは眉間にしわ、腕組みの仁王立ち状態。そんなコモンさんの発言にハイと返事するジョウヒさん。そんな2人を見て、僕は首を傾げた。そんな中ミラは、僕らの空気関係なしで、僕のサシェにこっそり粒状のラベンダーの花と、小さな白い花を交互に入れている。ふとゴメイザ夫人に何があったのか聞けるかもしれないと思い、僕の前で勝手に業務の話になっている2人の会話に割り込むことにした。


「あの……ゴメイザ夫人に何かあったんですかね?なんだか忙しそうだったので……」


 僕の発言にまた顔を見合わせるコモンさんとジョウヒさん。だがコモンさんは困った顔をするも、テーブル越しに僕に近づいてきて小声で話を始めた。それをよく聞くために僕もコモンさんに寄る。話を聞くために一緒に顔を寄せるジョウヒさん、そんな大人たちの様子が気になったのか、ミラも顔を寄せてきた。


「実は先週、ツバメ観光さん以外のツアー会社との契約が解約になったんですよ。しかも相手がPtですよPt!」

「コモンさん?Ptって……?」

「ジョウヒさん、Ptってのは【株式会社 People traveling 】のことです。ほら、夏になるとフェリーで行く南国ツアーのcmやってるでしょ?学生旅行だと格安になるとか言ってるやつ、あれ、Ptがやってるツアーです。僕びっくりですよ。すごい大手とも契約されてたんですね?」


 あのcm!?と、また大声を出しそうになるジョウヒさんに、3人とも自分の口元に指を一本立てる。すみませんとさらに縮こまるジョウヒさん。話は更に続く。4人でテーブルに身を寄せる光景はなんだか異様ではあるが気にせず会話を続けることにした。


「あのー……僕初めてその話お聞きしました。園長からも聞いてないですその話。他社ツアーの解約の話は直接、園長から聞いたんですか?」

「いや!うちの部署のリーダーから、話がさらーっとあった程度なんですよ。ほら、工作体験部もお客さんとよく関わるから!どこ会社のツアーの客とか多少は把握してるんですよ?スムーズに工作体験するためにね。」


 なるほどと相づちを打つ僕に、そうなんですよと大きく頷くコモンさん。


「コモンさん、オキナリーダーはどこから解約の話聞いたんですかね?」

「各部署のリーダーの上に運営の人たち居るじゃない?そこからだと思うけどね?」

「じゃあ、あれもですか?オキナリーダーが最近やってるあれも?」

「そうそう、それもよ。」

「それ、とは……なんですか?」


 どんどん進むコモンさんとジョウヒさんの会話に、なんとか掴まり割り込む僕。どうやらオキナさんとかいう人が何かを知ってそうと脳内のメモに記しつつ、それと言われてるやつのことも聞いてみる。僕の質問を聞いて、困った顔をするコモンさん。


「なんというか……私達って工作体験部とお客さんには名乗ってはいるけれど、実際は、ここで工作教えている社員みーんな、普段は研究棟で商品開発とか植物研究なんかやってるんですよ。そんでローテーションでこっち、工作体験教えてまして。」

「それはお仕事、大変そうですね?」

「そうなんですよ〜!特に今の時期は、次の季節の商品、他社との夏物商品開発に忙しくって。そんな大変な時に、急に園長から依頼あったみたいで。」


 全く困ったものよと言い放ち、大きなため息をするコモンさん。それを見たジョウヒさんは苦笑い。


「でもフルグライトさ〜ん、あんまり大声では言えないんですけど〜ほんと笑っちゃうような面白い依頼なんですよー!」

「面白い、ですか……?」


 ジョウヒさんは話をしながら、込み上げてくる笑いを堪えている。そんなジョウヒさんのことを見て、笑いすぎとジョウヒさんの肩をパシパシと叩いているコモンさん。でもコモンさんも吹き出しそうになるのを堪えている。


「ほんと!あの耳の良いオキナリーダーですら、2度聞きしてましたから!」


 ジョウヒさんに続き、コモンさんも口元に手を当てて笑い出す。


「だって、内容が内容ですからね!?」

「ほんとジョウヒ君そうなのよ!なんたって【除霊効果のある香水を作れ】ですよ?」

「あんな大真面目に言われても笑っちゃいますよね!」


 とうとうコモンさんとジョウヒさんは涙が出てくるくらい大っぴらに笑いだしてしまった。除霊効果のある香水とは?園内に幽霊でも出るようになったのだろうか。とはいえそれと解約の話はあまり関係なさそうな気がするけれど、一応覚えておこうと僕の記憶の中に留めておく。


「しかもオキナリーダー、ほんと真面目ちゃんなんで……それっぽいものをマジで作っちゃったんですよ!試作品とかって言って昨日使ってましたけど……いやはや、何十本も線香炊いてるのかってくらいのヤバさで…んんwww」

「まさかオキナさんは1日その匂いを?」

「付けてたんですよ…ですよねコモンさん"ふっwww」

「そうそうwwwwww」


 コモンさんとジョウヒさんの会話を聞いていたミラは、引きつり笑いをしている。僕も流石にこれはちょっと呆れ笑いだった。コモンさんやジョウヒさん含む、昨日出社日だった研究員さんたちは、主に鼻が大変だっただろうなぁと同情する。


「フルグライトさん、商品化したら、ぜひミステリーツアーとかホラーツアーなんかで使ってください……ふっwww」

「ははは……機会があればですけど、夏のツアーに向けて検討してみますね。」


 コモンさんとジョウヒさんは笑いが止まらずヒイヒイしている。僕とミラは引き笑い。そうしつつも、僕とミラの布袋に花がたくさん詰まったので、コモンさんとジョウヒさんは針金の型から布袋を取り出して、テーブル横の小さな縦長の機械に1つずつ入れていく。機械から出てくると、花を詰めていた袋の口が完全に閉じて、手のひらサイズの小さなクッションみたいなサシェが完成した。そして完成したサシェを縦長の機械の横に取り付けられた、マグネット付きのプラスチック製の入れ物から取った、花を模したレースの透き通る布袋に入れる。


「サシェ、完っ成!ミラちゃんどーぞっ!」

「フルグライトさんもどうぞー!」

「ありがとうございます。」

「わぁぁぁ!!」


 手作りサシェを受け取ったミラは、鼻にサシェを近づけて大きく深呼吸。その後、目をぱっと開いてぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。それを何度も繰り返すミラを見て、大人3人とも、にんまり笑顔。うん、可愛いね!


「先生はどんな花、使ったんですか?」

「……せんせい?」


 ミラ以外の大人3人の空気が固まる。ミラは僕が答える前に、袖を引っ張って僕の作ったサシェの香りを嗅ぐ。これはラベンダーですね!なんて言って、自分の作ったサシェと僕の作ったサシェを交互に嗅いで、またぴょんぴょん跳ね回るミラ。そんな中、コモンさんとジョウヒさんに怪訝な眼差しで見つめられている僕。こんな形で嘘がバレるのはちょっと、その、きつ過ぎないかな……ははっ、やばい。


「あぁっ!そーーいえば!体験料!払ってませんよね!?1人500円でしたっけ?となると1000円?」

「えっ?あぁ!そうですよ。でも中学生以下は無料です!」

「あぁ!じゃあ500円ですね!」


 僕はバタバタと革バッグから財布を取り出す。焦り気味に財布の中を勢いよく掻き回し、そんな僕を見て影響されてなのか、慌てふためくジョウヒさん。慌てる男2人はなんとか会計手続きを済ませる。


「それじゃあ僕ら、まだ行きたいところあるんで!お世話なりました!」

「お疲れ様でしたぁ!次もお待ちしてまーーす!じゃあねミラちゃん!」


 早足で出口に向かう僕らの後ろで、大きく手をふるコモンさん。そんな彼女に向けてミラもサシェを持つ手でコモンさんに手を振りながら、僕に引っ張られてビニールハウスの外へ出た。

 何棟も建ち並ぶビニールハウスのエリアから離れ、植物園記念ベルのある広場まで戻ってきてしまった僕ら。早足は意外と負荷がかかる。ミラにごめんねと言いつつ、2人で近くのベンチに腰をかける。今起きたことを飲み込めず、ぽかんとしているミラ。


「大丈夫?急にびっくりしちゃった?」

「大丈夫です先生……」


 ミラは、ふぅ…と大きくため息をする。僕は僕で肌を伝う数滴の汗を、革バッグから取り出したハンカチで念入りに拭く。ふとラベンダーとなにかの花の混ざった香り、そしてワシャワシャと擦れる音がして、隣のミラを見た。僕の作ったサシェを片手、ミラが作ったサシェを残りの空いた手で交互にゆっくり握ったり、離したりしていた。少ししょんぼりとしながら。


「なんかその……ごめん。」


 あまりの申し訳無さに全身の気が抜けて、丁度よく通りかかったベンチに腰を掛けた。そしてゆっくり片手でミラの体を自分へ寄せて、ミラの頭を優しく撫でる。2つのサシェを握ったまま怒らず、しかし泣かずに静かに黙っているミラ。

 完全に僕のミス。きっとミラじゃないどこかの他の子なら、きっと泣いているし、あるいは怒っている。むしろ僕のことを思いっきり避けて近寄らせないかも。正直、僕がミラの立場なら……僕は拗ねていると思う。それでもミラはじっと、じっと静かに大人しくしている。仕事で来ていたとはいえ、今はミラの楽しむ時間だった。僕は自分勝手に行動したことを後悔した。

 晴天の日差しに春の心地よい風。普通なら、春を感じて喜ばしい環境だけれど、今の僕にはすこし苦しい。いや、嘘。ホントのことを言えばめっちゃ、苦しい。寄り添って2人でベンチに座っているけれど、一向に反応を返してくれないミラ。ずっと悲しい顔のミラを見て、やった行いへの後悔と反省を繰り返している。子供の悲しい感情が、もろに僕の心に刺さるなんて思わなかった。もう僕の心は、完全にへし折れてる。気力も無くし、ミラへ掛ける言葉も見付からず、でも寄り添いミラを撫でながらも、視界いっぱいに広がる青色の虚空をぼんやり眺めた。

 ふと僕の名字を呼ぶ声がした。振り返ると、ベンチの近くに寄ってきたのは見知らぬ若い女性。


「人違いです…………」

「いやいや、私ですってフルグライトさん!」


 僕とミラの怪しむ顔に女性は困った顔をしつつも、急に肩まである長い髪をお団子風に結ぶ。そしてずいっと僕ら2人に顔を寄せた。


「私です!クサリです!フルグライトさん!!」


 困った。女の人って、なんでこんなに髪型1つで変わるのだろうか。それともこれは、ベンチ横の木々の間から差し込む木漏れ日のせい?


「素敵ですね。」


 僕の一言に、真横から物凄い勢いで小さな手が飛んでくる。僕の頬から、なかなか良い感じのはたき音。クサリさんは目を丸くする。またなんか僕、ミスったみたい。





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