1-6 夫人
グレース・プロキオン・ゴメイザ夫人は人類、ヒューマン族のおばさま。このケラスス植物園を運営するゴメイザ一家の一人で、現在の園長。約3年前にゴメイザ夫人の亡き旦那様から、植物園を任されたのがきっかけで園長を続けている。赤色と黒色が好きで、黒のブラウスに黒と赤で百合の花の模様がちりばめられたスカーフを巻いている。それでいて、うねりのある柔らかな白髪はゴメイザ夫人をより美しく際立たせるファッションの一部みたいなもので、それに加えて毎日高めの黒ヒールを履いている。結構足取りも早く、だいぶ歳なはずなのに、事実、僕より元気がある。ついでに性格もきっぱりはっきり。ある意味そういう人だからこそ、ここの大勢の職員と植物園の運営をうまく行えているのだと思う。
出しゃばったことはできないと、静かに夫人の指示を待っていたのがわかったらしく、夫人は僕のことを軽く鼻で笑った。
「座っていいわよ?フルグライト君。あと、一緒のお嬢ちゃんもね。」
「ありがとうございます。ですが、こちらを先に。」
僕が夫人に渡す包みを出している間に、ミラは夫人に先に座っていいのよ、と促され、ぺこりとお辞儀をして静かに座った。ちょうど座ったころに僕は和柄の包みを紙袋から出して、両手で持つ。
「先日はうちの部署の者が大変ご迷惑をおかけしました。この件を深く反省し、今後同じことが起こらないよう社内で検討し、対応してまいります。本当に申し訳ございませんでした。」
僕は深く、ゆっくりお辞儀をする。それを見たミラは、僕を見ながら目をまん丸にしている。僕の謝罪を聞いたゴメイザ夫人は、少し肩を下ろしたった一言、そう…と呟く。相変わらずゴメイザ夫人の長ソファの隣で静かに立っていて、僕らを見守っている。
「心ばかりではございますが、納めていただければと思います。」
「そう、ね。」
ゆっくりと両手に大事に持っていた和柄の包みを、ゴメイザ夫人に手渡す。渡し間際にちらっとゴメイザ夫人の表情を伺ったが、なんとも言えないため息交じりの表情だった。見た感じ、怒っているというより、呆れたという表情に近い。
「貴方、そういう子だったかしら。」
「迷惑をかけた以上、謝罪は必要です。社会人としての礼儀みたいなものですから……」
「ほんと面白くないわね。」
夫人の大きなため息が、気難しい雰囲気の漂う応接室にいやなほど響く。いや、正直な話をすると僕が悪いわけじゃないし、しいて言えばトリヤマも一緒に来るべきだったはずなのに、あいつは別件で課長に連れていかれちゃったし、課長の話に乗った僕も悪いのだけど、結局担当になっているっていう事実から、僕がミラまで連れてここに来ているわけだし、いやもうマジで僕が一番面白くない。でもそんな僕の内的言い訳なんて、夫人には全く興味ないだろうし、受け付けもしないだろうから心と口にチャックを付けて、夫人にすみませんと、僕の中では反省の色もない素晴らしく表面上の言葉を添えて頭を下げる。謝る僕に飽きたのか、もう一度はぁ…とため息をすると、首に巻いていたスカーフを片手でするりと脱いで、クサリさん側に脱ぎ捨てる。それを慌てて空中キャッチするクサリさんも、この状況下で、ある意味すごいと思った。
「もともとは私のせいでこうなっているってことは理解しているわ。あの時は色々立て込んでたのよ、当然貴方たちにも話さないといけないと思ってたから。早め早めになんて……でも今後のことをはっきり決められなくてね……悪かったわ。」
夫人は頬に右手を当てて、またため息を付く。正直今の話を聞いて、何のことを話しているのかさっぱり理解できなかった僕は、ミラの隣に座りつつ、眉にしわを寄せる。僕の横で今に至るまで静かにしていたミラでさえ、首をかしげてしまった。
「でも、貴方が来てくれたおかげで少しは話せるかも……まあいいわ。クサリさん?これとお茶、出してくれない?せっかくだし今、食べましょう。」
左手に持っていた和柄の包みを、勢いよく手渡す。そのままクサリさんはかしこまりましたと、僕が渡した包みと夫人のスカーフを持って、そそくさ応接室から出ていく。あまりの行動の速さに僕とミラは唖然とする。
「あのー……ゴメイザ夫人?あの菓子折りは夫人への謝罪のために用意したものでして。夫人のご家族と食べていただきたく……」
「あら、貴方が私に渡したものでしょ?つまりあれはもう私のものじゃない?私の勝手にしてはいけないのかしら?」
「いえっ!そのようなことはまっ、まったくぅー?」
「それともこちらから出した茶は飲めないっていうの? あら!もしかしてお嬢さんアレルギーとかあるかしら?それだったら困ったわね……」
「いえいえ!問題ないですので!だいじょーぶですっ‼いただきます夫人‼ねぇーーミラ?」
「は……はいっ‼楽しみですっ‼」
「あら~~!ミラちゃんって言うの?良い名前ねぇー!フルグライト君ったら!ミラちゃん、ほんと可愛い娘さんねぇ~~!いつ結婚してたの?教えてくれたってよかったじゃないの~!」
完全に行動の選択肢をミスったと思った。これには深い訳がありまして~なんて僕はあたふた喋れば喋るほど、夫人のミラに対する質問がどんどん飛んでくる。そんな僕らの様子についていけず、聞かれている本人であるミラですら苦笑い状態だ。どんどん続く夫人からの質問攻めにいよいよ耐え切れなくなり、白目をむきそうになっていたところにやっと、応接室のドアが開き、救世主の一言が室内に響いた。
「お待たせしました。お茶と頂いたお菓子、ご用意できました。」
お茶のポットと包みの菓子を皿に乗せて、銀色のカートと共に応接室に入ってきた使用人のクサリさん。そのまま、僕らの近くまで来て、お茶とお菓子を目の前に並べていく。夫人の弾丸トークに瀕死状態の僕には、彼女が女神のように見えてきていた。ありがとう……クサリさん。
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