1-3 花の街・ケラスス


「あの……出口、どちらでしょう?」

「人の流れ的にこっちかも。ミラ、手繋ごっか。」


 ちょうど到着した電車から、僕ら2人を含むケラススの町に用がある人々がどんどん下りてくる。ミラの手をしっかり掴んで、ごった返す駅のホームを出口目指して歩いていく。僕が出口目指してきょろきょろしている間も、ミラは不安げな表情で周りを見渡している。駅のホームに流れる発車を知らせる音楽、電車が動き出す合図の笛の音、駅内に響き渡る駅員さんの電車の到着遅れを知らせる放送、何もかもが新鮮のようで音が聞こえるたびに反応して、音のほうを向き、耳を澄ましている。

 やっとの思いで駅の改札口を抜け、人の波を掻き分けて外に出る。視界が開けたその先には、青い空に向かって葉を伸ばしている家の高さを超えるほどの大きな広葉樹が1本、その木を囲むように立ち並ぶ2階建て、3階建ての石造りの家々とカラフルなバザーのテントの数々。茶色や黒の屋根に白い壁の石造りの家々、数件の家の壁には蔓植物がいっぱいに葉を広げて伸びている。道を作るように植えられた花壇の花々は赤、白、黄色、オレンジ、紫さまざま。広場であろうこの場所にある大きな広葉樹には、色とりどりの丸い手のひらサイズのボール型の電飾が、幹から枝先に向けて四方八方に伸ばされている。夜になれば灯りが付けられるのだろうか。町の至る方面から、客寄せの掛け声、人々が話す賑やかな声、ヴァイオリンやピアノ等の野外演奏が聞こえてくる。

 深呼吸で外の空気を大きく吸ってから、ちらっと横目でミラを見る。目をまん丸に、口はぽかんと大きく開けて固まっていた。


「ふふふっ、ミラ大丈夫?」

「はっ……あっ、はい!だいじょーぶ、です。」


 ミラの様子が可笑しくてつい笑ってしまった。そんなミラは顔を少し赤らめ、困ったという表情で頬を少し掻く。


「迷子になる前に宿屋に行っちゃおうか。それから町、散策しよう?」

「私、後輩さんから教えてもらったカップケーキ、食べたいです。」


 僕の目をまっすぐ、きらきら目を輝かせながら話すミラ。僕も食べてみたいと思っていた。

 電車に揺られて暇していた時、僕のSNSのアカウントに後輩ちゃんのアカウントから、DM経由で送られてきた写真と、カップケーキの絵文字の後に書かれた喫茶店のURL。そしてそのあとのコメントに【美味しいですよ(^^)】の一言。URL先の喫茶店の情報を見る限りでは、最近ケラススの町に開いたばかりの新店舗、とはいえ、元々県外で人気だったお店が僕らの住む県にも進出してきたらしい。カップケーキの上に山のように盛られた真っ白なクリームを、デコレーションする色とりどりの食用の花と小さな砂糖菓子。これまた、甘いもの好きな人にはウケそうなケーキ。食用の花はほとんどがケラススで生産されたものらしい。ケラススの特産品は大小さまざま、色とりどりの花。ケラスス産の花が使われているっていうこともあって、一時期ではあるけれどSNSのトレンド上位に上がってたのを見た気がする。スマホの画面を何度もタップする音を聞いて、電車の窓から外を見ていたミラも、僕のスマホ画面を覗いてきて、食べたいと言ってきた。そこからひとつ、行きたい場所が決まった。


「場所はもう調べてあるから、チェックイン済ませたら行こっか!」

「はい先生!」


 ミラは嬉しくて仕方がないのか、笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねる。そんな彼女の姿を見ていると、なんだか僕も嬉しい気持ちになる。肩から下げていた横長の旅行バックを背負い直し、ミラの手をしっかりと握る。仕事用の手提げバッグを肘に掛け、空いた手でスマホの地図検索。今いる賑やかな広場からは遠ざかり、民家が密集する手前あたりに宿屋はある。そう遠くない、少し歩く程度の距離。地図アプリのナビを開始して、スマホの画面に表示されるナビの指示に従い、僕らは歩き出した。





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