0-1 奴隷商会


 薄暗いレンガの壁の廊下を煌々と照らす炎の揺らめきを、静かに眺めながら1人の男を待っている。時折、等間隔に設置された牢屋の中から微かにうめき声、唸り声が聞こえるもののそれがまさか、ヒトの声などと察する者は、なかなか居ないだろうと思う。

 相変わらず、奴隷商売というモノは劣悪な環境下でしか行われないと考えると、少し同情も感じるというもの。ここ数年は国の法律で奴隷商業界でも、環境改善と資格の取得に関する制度も整えられて、多少は改善したし、ホワイトな企業も増えたとか、同業から聞いてはいる。それでも僕は【商品】には、間違ってもなりたくはない。

 大きくため息をつく。廊下を見渡し、すぐ近くの薄暗い牢屋の中を覗いて待っていると、廊下の奥からずんぐりとした胴体の、顔を覆うくらい立派な髭を生やした、背の低い男がドタバタと慌てながら走ってきた。


「いやぁ~!お待たせしました、雷角様!!」


 汗をだらだらと垂らし、ゼェゼェ息を切らせながら走ってきたドワーフ族の男、モリオンさんは僕の様子を見ると汗を拭きながら、柔らかい笑みを浮かべる。


「気になる奴でも居ましたか?」

「いやーすみません、よく見えなくって。それより準備とやらは整いました?」


 僕もにこりと微笑み返す。モリオンさんは、えぇ!えぇ!こちらです!と頷きながら、廊下の先にある木製の扉まで僕を案内する。モリオンさんの後に続いて、木製の扉の先に足を運ぶ。扉の先にはまるで、秘密基地のような空間、それでいて路地裏にひっそりありそうな、酒屋のカウンターが併設されていた。それらは橙の炎の灯りとランプの色ガラスで、幻想的に彩られている。


「どうぞ、こちらに座ってくだされ。あ、酒でも飲まれますかねぇ?」

「うーん!まだ昼なので、遠慮しますね。」

「ふぅん…つれないですなぁ。」


 モリオンさんはしょんぼりとする。僕は、仕方ないんです仕事なので、と弁解する。そんな会話をしながら、僕らは互いに向き合うようにボックス席のクッションに腰をかけた。


「で、早速なんですけど……いかがでした?僕の提供した情報。」


 僕は両手を合わせ、にっこりとモリオンさんに微笑みかける。数字で現れる結果というものは、いつでも信頼を求める時には良い武器になる。僕の実績が上がれば、お客さんからの信頼も当然、上がる。そんな笑顔の僕を見て、モリオンさんは一瞬びくつくものの、大きく頭を縦に振る。するとモリオンさんはどこからともなく、自分の身長を超えそうなほどの大きさのアルミツールケースをテーブルの上に出すと、鍵を開けて僕のほうに中身を見せてきた。中にはぎっしりと札束と金塊が詰められている。


「雷角様、現時点で600は稼ぎましたよ。まだ残ってる奴も高く売れるでしょうな。」

「まじ?まだ1週間経ってなくない?そんな大金に化けるなんて、思ってなかったんだけど。」

「私も驚きですよ……ほ、ほんとに、あの男が言っておられたのですか?私、あの男に消されません?」


 モリオンさんはまじまじと僕の顔を覗く。僕はうんうんと頷く。


「言ってたよ。こんな小さい情報は要らない、この件は撒いていい、自由にしろってね。」


 眼を大きく見開き、信じられないという表情をしている。仕方ない。だってほんとに言ってたんだもの。あの男、リザードと名乗る男。僕を強制的にアルバイト枠として雇った亜人、リザード族の男がね。


「あの~…こ、このような情報は今回だけ~なんて~そのぉ…」


 ずんぐりとした身体を、見た目に似合わず縮こませて、もじもじと身体を揺らすモリオンさんの言いたいことはなんとなく理解した。僕はつい、くすっと笑ってしまう。


「まあ、毎日とは言えないけどさ!時折、声かけてくれたら提供するよ。こういう小さい情報はかさばるから、適度に消化したいんだよねぇ。」


 そう話して、アルミケースの中から、前もって言われていた金額分、札束を取り出す。札束をペラペラとめくる僕の手に汗が滲む。今回は本職の給料を、何倍も、大幅に超える報酬だった。内心、浮き足立ってしまっている。


「もし、雷角様が良いのであれば是非!今後も頂きたいものですな!」

「どうぞどうぞ。宜しくね、モリオンさん。」


 僕は取り出した札束を、丁寧に自前の革バックに詰めた他、その中の数枚を自分の財布に移し入れた。ついでに情報売買用の名刺を、モリオンさんに差し出す。モリオンさんは名刺を受け取ると、嬉しそうに頷く。すぐにモリオンさんも名刺を差し出してきたため、丁寧に受け取り、財布にそのまましまった。


「じゃあ、僕はここらへんで。」

「お、おお!?お待ちくだされ、雷角様!」


 肩から下げていたバックを背負い直し立ち上がると、モリオンさんもすぐさま立ち上がり、僕の目の前に立ちふさがった。ボックス席から勢いよく出ようとした反動で、僕の太い尾がテーブルと席のクッションにぶつかった。少し眉をひそめ、モリオンさんを見る。


「まだ、なにかありましたっけ?」

「いえ、そういうことではないのですが…」


 首をかしげる僕を見ながら、困ったように頭をかくモリオンさん。何かを決めたのか、大きく腕を振り、両手で木製の扉を示す。


「お近付きの印に、なにかいりませんか雷角様!」

「何かって?」

「例えば、奴隷とか……ほら!雷角様、いつも1人でいらっしゃるようですし。」

「1人で居たら、悪いワケ?」


 大きくため息をつく。しかめっ面の僕の顔を見て、おどおどし始めるモリオンさん。こういうときだけ【奴隷売買の大御所・リザード様のお墨付き】なんて、噂されてることに感謝を感じる。リザード本人が言ったのかは、さっぱり分からないけれど、どこからともなく始まったその噂のおかげで、この危険な業界で少しは堂々としていられるようになった。僕を怒らせれば、リザードに告げ口される。リザードに目を付けられれば、この業界で生きてはいられない。奴隷売買に携わる商人たちは、あいつのことが相当怖いのだろうけど、僕だっていつ【商品】に回されるか、ひやひやしながら仕事をしていることくらいは分かって欲しいものだけど。

 目の前に立ちふさがるモリオンさんは、一度縮こまるものの、震えながら両手を広げて全身で弁解を始める。


「ここ数か月で、貴方様の噂が奴隷売買を行う商人たちの間で、広く知れ渡っております。奇才が現れた、なんて。貴方様だってそれくらい知ってますでしょう?」

「知ってるよ。で、それが何?」


 僕はあからさまに大きくため息をつき、腕を組んでみる。思っていた通り、会話しつつも僕の全身と頭を舐めまわすように、じろじろ見ていたモリオンさんは小さな悲鳴を上げ、縮こまった。


「あ、あの男に、一矢報いたいなんて者もいるわけでしてね?これだけ有名になれば、貴方様の命も危うい。この業界で名を売り出して、まだ1年も経ってないでしょ?素晴らしい人材を失うのは、私共も心が痛むもの。護衛くらい、そろそろ付けてもよろしいのではないかと思いまして……」

「つまりは、それ、純粋に心配してくれてるの?それとも、僕が【有角】だから?」

「前者に決まってるでしょう!?」


 頭をガリガリと掻きむしり、信じられないという表情をするモリオンさんの様子から、まあ、嘘は付いていない、そんな気はした。有角の亜人類はよくも悪くも、高値で売れる。質が良ければ尚更。そう言われても仕方のない事とは理解しているつもり。ただ、ついさっきまで共に仕事していた相手、僕を品定めするようにじろじろ見ていたのは、まじで気持ち悪いし、気に食わない。


「大変、雷角様にはお世話になりましたのでね、今後の交流のことも兼ねて、うちの一級品の奴隷、報酬に付けさせてくださいよ。当然、金は取りません。」


 どうぞどうぞとモリオンさんは、木製の扉を開き、その先の薄暗い通路へと進んでいく。まあ一級品ともなれば、僕が主人として生活から常識、何から何まで躾けるようなことをせずとも済む人たちだと思うし、悪くはないかもしれない。通常は何十何百万もする品を、タダ同然で貰えるなら、儲けものでもある。どんな子がいるか、期待しつつ、僕もモリオンさんの後に続き、木製の扉の先の通路を進んでいった。






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