08話.[知っているけど]
「はいできたよ、と言っても、髪がそんなに長くないからいつも一緒の髪型だけど」
「ありがとー」
結いながら考えていた。
髪に触れさせるってそれはもう……ってアホな自分がいた。
彼女は思わせぶりなことを言いながらも別に極端なことをしてくるわけではない。
雰囲気が甘くなったりはしないのだ。
それが少しもどかしかったりもする。
結局求めているのか求めていないのか、たったそのふたつだというのに彼女はなんとも曖昧だった。
「ねえ沙綾」
「んー?」
「きみは僕のことが好きなの?」
ないならそんな女の子の時間を貰っているのは申し訳ないから離れてもらうつもりだ。
最初はあったけど関わっていく内に僕の悪いところがよく分かって嫌になった、という可能性が高そう。
「あのさあ、誰にでも触れさせるわけじゃないからね? ちゃんと信用できる人にしか触らせないし、相手が異性なら…………」
これはまた野暮なことを聞いてしまったということか。
「それにさ、抱きしめたりもしたんだよっ? あ、もしかして不安になっちゃったとか?」
「他の子が好きならそっちに時間を使ってほしいと思ってね」
彼女はこちらを向いて、見たり俯いたりを繰り返す。
「……じゃあ勝君といられるように時間を使わないとね」
「ごめん、余計なことだったね」
ただ、相手が好いてくれているという前提で動くことができなかったのだ。
でも、もう変わった。
僕はまた彼女を完全に優先して生活していけばいいのだという考えに戻ってきた。
「そ、そもそもさあ! ……あそこまで言ったのに疑うとか酷くない? 千鶴が道雄君を見ることになって、道雄君が区切りをつけるために告白してきた日――じゃなかったけど好きだって言ったじゃんか!」
「あれはあくまでいつも通りの僕が好きだって――」
「違うよっ」
そうか、これまであんなこと言ってこなかったもんな。
揶揄してくる子ではあったけど好きだとまでは言ってきていなかった。
これは少しでも不安になってしまった自分が悪いか。
「ごめん、少し不安になったんだ」
「……不安にならなくていいんだよ」
「うん」
ここまで言われたらもうなれない。
いま結んだばかりの房を確かめるように彼女の髪を撫でる。
「ありがとう」
「……いちいちお礼とかいいから」
「いや、これぐらいはね」
なんか甘いな、口から砂糖が出てきそう。
いままでこういう雰囲気になることだけはなかったから余計にそう思う。
髪を撫でるのもなんとなくやめられないというか、それをやめたらどうすればいいのか分からなくなるからそうするしかないというか。
「へっ!」
「んっ?」
「……返事は?」
あー、そういうことだったのか。
この前のことといい、自分は察しが悪いところがあるらしい。
「好きだよ、沙綾のこと。千鶴とは無理になったからでしょって思っているかもしれないけどそうじゃない。気になるならこれからも一緒にいてくれればそうじゃないって行動で示していくからさ、だからうん、沙綾さえ良ければ」
余計なことを言ってしまうところが自分らしかった。
それでも彼女は「そっかっ」と嬉しそうな顔をしてくれて嬉しかった――なんて、小学生みたいな感想を抱きつつも続ける。
「キスしたい」
「え、そんないきなり?」
「ど、どうせ千鶴とはしたんでしょっ」
え、してないぞ、どこ情報なんだっ? と困惑。
でも、彼女は期待したような顔でこっちを見てくるだけで。
「浮気されたくないから、さ」
「分かった」
男女がキスするところは見たことがあるからどうすればいいのかはある程度知っている。
知っているけど……それを実行できているのかどうかはしている最中、分からなかった。
「ありがと」
「どういたしまして」
単純だけど可愛すぎてやばかった。
もう一回とか言ってくれなくて良かったと満足気な表情を浮かべてこっちを見てきている彼女を見てそう思ったのだった。
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