05話.[言わせてもらう]

「それはまた……極端な選択をしたな」


 道雄でも困ったような表情を浮かべているぐらいだから昨日の僕はそれはもう間抜け面だっただろうなと想像ができた。


「うん、だからさ」

「任せておけ、ちづも沙綾もちゃんと見ておくから」

「ありがとう」


 母に言われていたからなのか今朝の時点で話しかけてくることはなかった。

 朝練があるというのもあったのかもしれないけど、普段であれば短い時間でも近づいてくるものだから母のそれが影響しているのだと考えている。


「中瀬さんにも頼んでくるよ」

「おう」


 千鶴は自分の席に座ってじっとしていたが、中瀬さんや他の女の子達は集まって楽しそうにしていた。

 別に緊張する必要もないから堂々と入ってそこに突っ込む。

 空気が読めていないとかいまはどうでもいいのだ。


「あれ、珍しいね」

「ちょっといいかな」

「ん? あ、いいよ、廊下に行こうか」


 彼女は一度千鶴の方を見てから、それでも近づくことはせずに廊下へと出た。


「それで?」


 昨日のことを説明。

 道雄にはもう言ってあることもちゃんと説明。


「家族以外の子と恋愛すべき、か」

「うん、言われちゃってね、話すこともできなくなっちゃって」

「それで私達に千鶴を見ておいてほしいということか」


 分かった、そう言ってくれると思っていた。

 でも、想像とは少し違って、彼女は腕を組んでからなんとも言えない表情を浮かべてこちらを見てくる。


「私にとってメリットは?」

「え、あー……っと」

「勝君がなにかしてくれるの?」

「あ、僕にできることならするつもりだよ、道雄にもだけど」


 なにをどうしても話すことが不可能だからそれしかない。

 相手が僕の望みのために動いてくれているのならそりゃお礼はするべきだろう。

 なにか返せるように行動するべきだ。


「じゃあ日曜日、デートして?」

「デート……はともかく、出かけるぐらいだったら」

「うん、それでいいからさ」


 結局、千鶴と出かけることもできていないままだった。

 家に帰った瞬間にあんな空気に触れればそりゃ、そんな気持ちにはなれないよなあと。

 念押しするようにわざわざ僕らふたりを集めて再度言ってきたわけだからね。

 ただ仲良くするだけでも駄目だと言ってのけた母は逆にすごいと言えるかもしれない。


「あと、沙綾って呼んでよ」


 それは道雄の気持ちを知っていたからこそ変えていなかったもの。

 単純に千鶴だけがいてくれればいいと考えていたのもあるのかもしれないが。


「私、結構名前を気に入っているんだよね、でも、勝君が名字で呼んでくる度に引っかかっていたからさ」

「分かった、そうしたら千鶴のこと、見てくれるんだよね?」

「違う、それとこれとは別。千鶴のことはちゃんと見るし、君とはちゃんと仲良くするってことだよ」


 良かった、千鶴のことを見てくれるのなら構わない。


「ごめんね、さっきはあんなこと言っちゃってさ」

「いや、見返りなしで動ける人の方がレアだから」

「そうだね、私はわがままだからすぐに望んじゃうんだよ」


 そんなの僕だってそうだ。

 でも、いま僕のそれは関係ないからありがとうとだけ言って。


「沙綾、の方がいい?」

「うん、さん付けだと線を引かれている感じがして嫌」


 よし、それなら高沢さんにも頼んでおこうか。

 結局なにもしてあげられていないけど、それで千鶴の側に多くいられるようになったら悪くはないわけだし。


「よろしくね」

「はい、沙綾さんと一緒にお支えします」

「うん、ありがとう」


 これなら母も怒るまい。

 気になるなら道雄に聞けばいい、沙綾にでもいい。

 話していないことが分かれば普通レベルには直してくれるかもしれないと期待している。

 家族なのに話せないのはおかしいでしょうが。

 恋については分かった、僕がおかしいだけだったということで片付けられる問題だとも。

 だけどそこだけは変えてもらうしかない。

 それでもとりあえずいまは大人しくしていようと決めた。




「でさあ」


 毎日毎日不満が溜まるらしく、気づけば二日に一回、三日に一回ではなくなっていた。

 僕達は毎日のように公園前に集まって話をしている。

 月が綺麗でもそうじゃなくても関係ない、沙綾の不満が溜まったら行われるそれ。

 でも、母からしたら安心できるだろう。

 家族である千鶴ではなく他の異性を優先しているんだから。


「マネージャーとして勝君がいてくれればいいのになあ」

「そうしたら沙綾目当てだって思われちゃうよ」

「まあそれはなくても、異性とのきっかけ作りだと捉えられる可能性はあるかもしれないかー」


 そこまで飢えているわけじゃないからやっぱり無理だ。

 そもそも顧問の先生が許可しないと思う、余計な問題を起こされても嫌だろうし。


「唐突に話は変わるけどさ、私も家族以外の人間と恋をするべきだと思うよ」

「ああ、うん、そうだね」

「そりゃ、理解度とか心地良さとかは違うだろうけどさ、知る努力をしたらその相手にもそう感じられるようになると思うんだ」


 僕のあの考えは自分のことしか考えていないものだと気づけたから大丈夫だ。

 一度気づけたからには同じようなミスを重ねたりはしない。


「そろそろ帰らないとね、ついつい長居しすぎちゃうけど」

「沙綾がいいなら」


 風邪を引かれても嫌だからな、自分が引いてもあれだし。

 それでも、通話とかじゃなくて絶対に出てくるところが面白いところかなと。


「それじゃあね、暖かくして寝てね」

「うん、それじゃあね」


 気まずい家にいるぐらいなら沙綾と話せている方がいい。

 でも、これじゃあ利用しているのと一緒だからと微妙な気持ちになった。

 そもそも僕が沙綾の時間を奪ってどうするんだという考えもある。

 これじゃあ千鶴と話せなくなったから沙綾に切り替えたみたいに見えるし、道雄からすれば邪魔な存在になっただろうし。


「少し頭を冷やして帰ろう」


 付き合うのは日曜日とか沙綾に言われたときだけにすればいいのは確かなんだけど……と、頭の中がごちゃごちゃすぎて落ち着くことはなかった。




「大丈夫?」

「うん」


 見事に風邪を引いた馬鹿がここにいる。

 どうしても答えが出ないから何度も何度も外で思考をしていた結果がこれだった。

 そしてもう放課後だったりもする。

 沙綾の不満は明日まとめて聞くことになるかなあと想像してみたりもして時間をつぶした。


「っと……ふぅ、今日は帰宅時間が早いね」

「うん、早く終わってね、勝が心配だったのもあるけど」

「千鶴との件のことがなければ『お母さん!』って言って抱きしめてるんだけどなあ」

「抱きしめるな、風邪が移るでしょうが」


 優しさが半分ぐらいしかない母親だった。

 なんてね、ひとりで頑張って支えてくれているんだから文句はない。

 それどころかこっちのことは気にせずに休んでほしいとすら思っているぐらい。


「千鶴と話せないのってどんな感じ?」


 なんか煽られているような気持ちになったけど違和感しかないと答えておく。


「彼女ができたら解除してあげる」


 彼女って……これまで誰とも付き合ったことがない人間に対して随分と無茶を言ってくれるものだ。

 ある程度関わったことがないとそういう対象として見られないし、そのある程度関わっている沙綾には道雄と仲良くしてほしいという考えがあるしで難しいんだ。


「沙綾ちゃんでいいでしょ? 凄くいい子でしょ」

「そうだけど道雄が沙綾のことを好きなんだよ」

「だから? 恋は早いもの勝ちだし、最近は勝の方が沙綾ちゃんと一緒にいられていると思うけどね」


 それは肉食系の母だからこそできることだ。

 相手のことを知っているし、相手のことを応援してしまったし、沙綾にはあんなことを言ってしまったしで複雑なんだよ。

 沙綾がそういうつもりで動いてくれなければなにもできない、そして、沙綾がそういうつもりで動いたときは理想とは変わってしまうわけだから喜べることではないんだ。


「あ、千鶴が帰ってきた、ご飯作ってくるね」

「僕がやるよ、寝て良くなったから」

「駄目、寝ていなさい」


 僕がしなければならないことだというのに。

 なに呑気に寝ていたのか、学校まで休んでアホらしい。

 それでも体調があまり良くないのは確かだからとベッドに転んで適当に天井を見ていた。

 そうしたら部屋の扉が叩かれて……。


「どうぞ」


 一瞬千鶴か? と思ったものの、実際はそうではなく。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 来てくれたのは沙綾だった。

 体を起こして壁に背を預けるような感じで座る。


「ごめん、愚痴を聞くのは明日でもいいかな?」

「そんなのいいよ、あの後すぐに帰らなかったの?」

「うん、自業自得だから気にしないで」


 多分、道雄は沙綾の動きたいように動いてくれるのが理想だと考えていると思う。

 内側の複雑さをどこかにやって、「それでいいだろ」と言える強さがある人間。

 僕としても行動を縛る、及び、強制はできないから止めることができないというのが正直なところ。

 でも、本当にそうなのか? と考える自分もいるんだ。

 だって拒むことはできたはずだ。

 友達だからという理由で引き受けてもらうこともできたはずなのに、僕は沙綾といる時間が増えるような選択肢を選んでしまった。

 内でいくら道雄と仲良くしてほしい~などと考えていたところで道雄からすれば表面しか見えていないんだから微妙な存在にしか見えないことを分かっているのに僕は……。


「勝君?」

「沙綾、やっぱり道雄と仲良くしてほしい、あそこで会う相手だって道雄にしてほしいんだよ」

「でも、これは契約で――」

「それでもだよ、僕のことはいくらでも嫌ってくれればいいからお願いします」


 やっぱりこのままは違和感しかないんだ。

 僕にとっての理想は道雄と仲良くするか、道雄とじゃなくても他の子と仲良くするかという二択だけ。

 僕のところに来てくれるのはありがたいけど、彼女の時間をそれで消費させることは理想じゃない。


「前も言ってたもんね」

「うん、最悪道雄じゃなくていいんだよ。沙綾が気に入った男の子と過ごしてくれてもいい、そこから先は沙綾次第だから」

「でも、君としては道雄君と付き合ってほしいんでしょ?」

「うん、付き合ってほしい、同情とかではやめてほしいけど」


 あくまでいままでのは彼女の想像だった。

 道雄が自分を好いているという妄想――僕は絶対に言ってこなかったし、千鶴だってほいほい喋ったりはしなかっただろうし。

 でも、もうそれじゃあ前に進めないから言わせてもらった。

 まあ、本人があそこまで堂々と彼女と仲良くしたいって言っているぐらいだから気にしなくてもいいのかもしれないが、よくないことをしてしまったのはやはり確かで。


「ごめん、言うことは聞けないよ。いま道雄君の要求を受け入れるということは強制力があったからという風にしかならないし、他の男の子と関わりだってあるわけじゃないからね」

「まあ……沙綾の人生だからね」

「じゃあどうして言ってくるの? あなたは私にとってなに?」


 黙る羽目になった。

 彼女はそんなこちらを見つつ「あなたは私にとってなんなの?」と再度聞いてくる。


「……分かったよ、もう言わないからさ」

「うん、それがいいよ」


 沙綾にとって僕って千鶴の兄ってぐらいの認識でしかないか。

 千鶴がいなかったら関わることもなかったそんな相手だ。

 道雄がいなかったら恐らく僕のところには来ていない相手、僕にとってはそういうレベルかもしれない。


「そもそも他人に頼まれて近くにいられるって私にとっては嫌なことだからね、自分がされて嫌なことを他人に進んでするような嫌な人間じゃないんだけどなー」

「そういうことを疑っているわけではないよ」


 そんな誰かの力がないと一緒にいられないような僕が彼女の時間を貰っているのは勿体ないとしか思えない。


「沙綾」

「駄目、聞かないよ」

「移すとあれだから帰った方がいいよ、今日はありがとう」

「いる、ご飯を食べさせてくれるって話だったから」

「あ、それなら食べたらだね、帰るときは気をつけて」


 こっちはとにかく体調を治そう。

 家事とかはやっぱり暇な僕がしなければならないことなんだ。




 もう外は暗くなっているというのに帰る気になれなかった。

 まだ十八時半だからそこまで遅い時間というわけでもないが、そろそろ帰らないと母と千鶴の帰宅時間よりも遅くなってしまうから仕方がなく学校をあとにする。

 体調は良くなった、今日は全く問題もなかった。

 それなのに動く気にならなくて先程まで真っ暗な教室の中でぼけっとしていた自分。

 なにをしているのかとツッコミたくなる。


「あ、勝一さん、まだ残っていたんですね」

「あれ、部活はいいの?」

「あ、水を飲もうと思いまして」


 そういえばこの子、何気にバレー部なんだよなあと。

 それなら千鶴は側にいるわけだし、僕に聞いてこなくても自分でなんとかできそうなものだけどと考えていたら。


「体育館の方へ来ていますけど、やっぱり千鶴さんのことが気になるんですか?」


 あ、そういえばどうしてなのか……。


「千鶴さんは表面上だけは元気に見えますよ。部員の方とも普通に楽しそうにお話ししていますし、私にも気さくに話しかけてくれますし」

「そっか、それならいいんだよ」

「でも、やっぱり勝一さんといられないことが気になっているのかもしれません」


 そりゃ……少しは気にしてくれないと寂しいからなあって。

 でも、それが大きくなりすぎて集中力低下から怪我へ、なんていう風に繋がってしまったら嫌だから難しい。


「言ってみるよ、お母さんに」

「え、できるんですか?」

「断られるだろうけど、家族なのに話せないのはおかしいし」


 あまりにも極端すぎる。

 そしてそういう極端なことをされると逆に話したくなるのが人間というものだろう。

 それとも、そうだと決めつけて自分が言うことを聞きたくないだけなのか、そのどちらか。


「高沢さんは元気いっぱいな千鶴のことを気に入ったからこそ仲良くしたいと思ったんでしょ? それを僕のせいでできなくなるというのは違うからね」

「勝一さん……」

「あ、部活頑張ってね」

「あっ、そういえばそうでしたっ、お気をつけてくださいっ」


 さ、家事を済ませてから戦おうか。

 恋については分かった、絶対にそんなことにはならないと母に、そして神に誓おう。

 破ったら出ていくぐらいの覚悟でいるつもりだ。

 信じてもらえるかどうかは分からないが、そういうつもりでいる。


「ただいま」


 十九時十五分、母が帰宅。

 千鶴がいないのは好都合、裏で話し合ってそうしているだなんて捉えてほしくないから。


「お母さん」

「なに? そんな真剣な顔で話しかけてきても変えないよ?」


 強敵すぎる。

 だけど諦めたらなにも変わらない。


「せめて話すぐらいはさせてよ」

「もうあんな距離感にはならないって言えるの?」

「言える、もしまた同じ失敗をしていることが分かったら僕が出ていってもいい」

「出ていくってどこに? お金だってないでしょ」

「千鶴に冷たくしなければ僕にどうしてくれても構わないってことだよ」


 というか、こっちが勝手にそういう風に見ていただけだし。

 相手が求めてこない限りは言わないを貫いていたとはいえ、千鶴はただそんな気持ち悪い兄のそれに巻き込まれてしまっただけだ。

 まあ……千鶴にとって僕と話せることがいいことなのかどうかは分からないけど、やっぱり家族とすら話せないっておかしいと思うから。


「はぁ」

「お母さん」


 そこだけはやっぱり譲れない点だ。

 だから「分かった」と言ってくれるまで諦めない。


「肩揉み」

「がどうしたの?」

「毎日してくれるなら許可してあげる」

「いいよ、別に強制力がなくても求めてくれればするけど」


 よし、これで問題というのはなくなったことになるか。

 ご飯作りもそれからすぐに終わらせて千鶴の帰宅を待った。


「あれ、千鶴はまだ帰ってきていないの?」

「うん」


 友達と話をしている、それならいいんだけど……。


「あ、道雄から――あ、道雄と一緒にいるみたい」

「それなら安心だね、ご飯をもう食べていい?」

「うん、どうぞ」


 こっちは待っていることにした。

 母が先に入浴を済ませたからこちらも済ませて。

 帰ってくるまでリビングで待機、待機、待機……していたんだけど帰ってこない。


「あ、もしもし?」

「ちづのことは心配しないでくれ、こっちに泊まらせるから」

「あ、分かった」

「じゃあな、また風邪を引いたりするなよ」

「うん、ありがとう」


 じゃあご飯を食べてさっさと寝ようか。

 もう少しぐらい早く連絡をしてよとは思いつつも、なにかに巻き込まれているとかではなくて安心できた、感謝しかない。


「なにがあったのか」


 沙綾みたいに部員と衝突したのか、それとも上手くいかなくて荒れていたのか、単純に道雄に甘えたかっただけなのか。

 僕のせいなら謝りたいし、そうでなくても理由を聞きたい。

 でも、いつもならはっきり言う道雄があれだけで済ませたということは僕には言えないか、今日のところは言えないかというところだから聞いても無駄だろう。

 どうしようもないから朝まで寝て、朝食とかを作ることでもやもやを発散させて。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 朝だけは僕の方が早く出ることになる。

 あ、朝練組のあのふたりよりは当然遅くなるけども。

 さあ、冷えが僕を迎えてくれるけどこれ以上冷えるようなことにはならなければいいなって願っておいた。

 そもそもおかしいんだよなあ、泊まるなら泊まると絶対に連絡をしてくるはずなのに母にすらしていなかったわけだから。


「勝、はよ」

「あ、おはよう」


 朝まで一緒に行動している、というわけではないようだ。

 クラスが違うから当然かもしれないけど、いまのところはどうやらひとりのよう。

 そして、いつもの道雄のようだった。

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