04話.[気づけなかった]
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
高沢さんがやって来た。
気になったのか道雄もやって来て「この前の子だよな?」と聞く。
別に慌てることもなく彼女も普通にそうだと答えていた。
「あ、千鶴なら今日はこっちに来てないよ」
「それは分かっていますよ、同じクラスですからね」
「あ、そっか」
こちらは道雄にこの前のことを話しておく。
「いやそれ、勝に頼んでんだろ」
「でも、道雄が側にいてくれた方が安心できると思うんだ、僕が仮に不審者とかと対峙することになったとき、多分守れないと思うから」
「そこまで治安は悪くないだろ」
複雑だろうとは思うけど、遅い時間に家族以外の女の子といるというのもそれはそれで問題だと思うから。
何度も何度も他者を優先して動けないというのもある。
なるべく他者の役に立てるようにって行動しているつもりだけどさ。
「そういえば昨日はお月さまが綺麗でしたよね」
「うん、綺麗だった」
「俺は一切見ることをしなかったな」
僕だってそうだ、あそこで出ていなかったら気づけなかった。
だからまあ、中瀬さんが完全に悪いとは言えないなあと。
「おい高沢」
「なんですか?」
「沙綾とも仲良くした方がいいぞ」
確かにそうだ。
いや寧ろ中瀬さんと仲良くする方が同じクラスだということもあって千鶴との接点も増やせそうな気がする。
千鶴と比べたら少しよく分からないところもある女の子だけど、友達になれるのであればなっておいた方がいいはずだ。
「そうですね、でも、二兎を追うものは~って言葉があるじゃないですか、なのでとりあえずは千鶴さんと仲良く――」
「千鶴がどうしたの?」
その瞬間に兎みたいに跳ねて僕の後ろに隠れる高沢さん。
よく知らないと怖いところがあるようにも見えるから分からなくもないけど、……ちょっと過剰すぎやしないだろうか?
「来たのか」
「うん、呼ばれた気がして」
段々と千鶴と彼女が仲良くないんじゃないかという可能性が強くなっていく。
こうして単独で乗り込んでくることだって少し前までならありえなかった。
いつもの僕が大げさ、というだけではないことは確かだ。
「それにしてもショックだな、高沢さんが私のことを思わず隠れてしまうぐらい怖がっているなんてさ」
「あ……違いますよ」
「まあとりあえず勝君の後ろから戻ってきてよ」
そのまま彼女の正面に移動するのではなく僕より長身な道雄の後ろに隠れてしまった。
僕としては千鶴に情報がいかないよう対策をしているようにしか見えないものの、事情を知らない彼女からしたら面白くない行動だろうなってなんとなく思った。
「ありゃりゃ、警戒されちゃってる」
「沙綾の笑顔は時々怖いからな」
「えー、こんなにいい笑顔なのに、にー」
「うわ怖っ、沙綾のことを全く知らない人間だったら間違いなく『殺されるっ』って恐怖に襲われるだろうな」
「酷いなあ……」
気持ちのいい真っ直ぐな笑みに見えないときはたまにある。
もちろん悪い方にしか傾かないから言わないが、高沢さんがそういう反応になってしまうのも無理はないかなと。
「つか沙綾、勝って呼ぶようにしたんだな」
「うん、一はいらないかなって、それに勝君の方が可愛い」
「俺は勝ってずっと呼んでいるからな、楽だし」
確かに勝だけの方が楽な気がする。
あと、たまに勝一と書くとあ、そうかと感じるときがあるぐらい、自分の中でも勝だけがしっくりくるのかもしれない。
「沙綾ー」
「お、千鶴だ、なんだーい?」
……信じてあげられない自分が情けない。
千鶴と中瀬さんは仲良し、これでいいはずなのに。
どうしても仲がいいのかどうかが気になってしまうが、そんなことを聞いたらここでは間違いなく「仲いいよ?」と言われるだろうから頑張って黙っておくことにした。
「私は小テストで勝ちました、卵焼きをくれる約束では?」
「おいおい、まだ昼休みでもないんだぞー?」
「食べたいっ」
「だーめ、昼休みまで我慢しなー」
さ、ちょっと余計なことをしてみようか。
僕は依然として道雄の後ろに隠れていた高沢さんの腕を掴んでふたりのところに連れて行く。
「千鶴、中瀬さん、高沢さんが卵焼きには自信があるって言っていたんだけど」
「え、そうなのっ? ふふ、じゃあ食べさせてもらおうか」
「私も、高沢さんの味とやらを知っておかないとね」
あたふたしていたものの、ふたりのノリがいいから気まずくさせるようなことにはなら亡くて安心した。
お弁当も自作しているみたいだからいい勝負というのをしてくれるだろう。
「勝ってたらしだよな」
「え」
「そうやって何人の女子を落としてきたんだ?」
「え、あ、確かに告白はされたことはあるけど……」
これは頼まれたからそう動いているだけ。
高沢さんが興味を抱いているのだって結局千鶴だったんだからいちいちそんなことで不安になる必要はないはずだ。
相手にとって恐らくいいことをして、その気にさせたら振るなんて悪趣味なことをするような人間じゃないことは彼も分かっているはずなんだけどな。
「嘘だよ、優しいよな」
「さっきの後だと褒められている気がしないよ……」
一応、言動とかを気をつけようと決めた。
平等に接することなんてできないからね。
「はぁ、もう部活やだなあ」
「そうなの?」
「うん、同級生が面倒くさくて」
部員が多いというのもいいことばかりではないということらしい。
努力をしてその場所を勝ち取っても妬んできたりするかもしれない~的なことは想像できたけど、……合っているだろうか?
「勝君ならどうする? 自分が折れる?」
「うーん、相手の言い分がそこまでぶっ飛んだ感じのものでなければ折れるかな、部内の雰囲気を悪くはしたくないから」
「大人だねえ、私は毎回言い返したくなっちゃってさ、努力をしてから言いなよとかさ」
彼女はつまらなさそうな声音でそう言いつつ小石を蹴った。
その小石は暗闇の中であっという間に見えなくなる。
唯一の頼りである音もあっという間に聞こえなくなって、あの存在はここから姿を消した。
「それは真剣にやっているからだろうね。ほら、僕は中学でしか部活をしていないし、強制だから仕方がなく入っていたというところがあるから」
「じゃあいいことばかりでもないね」
他人だって色々考えるし、色々感じる心がある。
それが自分の望みだとしても、はたまた、その人達を除くチーム全体の望みだったとしても、相手が受け入れてくれるかどうかはよくて半分ぐらいの確率だろう。
言って聞いてくれる人であれば部活に行きたくないとまでは言わないだろうし、相当大変なことが伺える。
残念ながら適切なアドバイスなんてできないけど、こうして愚痴を聞くだけでも少しは楽にさせてあげられるかなと考えての行動だった。
「私が適当にやる人間だったらああいう人間もいるなあって切り捨てられるんだろうけど駄目なんだよ、雰囲気を悪くするあの人達を見るとさ」
「でも、僕が同じ部活に所属していたとしたら中瀬さんみたいな子がいてくれるとありがたいけどね。僕は他人に言えないからさ」
「だけど思うんだ、私がそうやって言い返す度に空気を悪くしているのは自分の方なんじゃないかって」
彼女は自分が楽しく活動できるように、そして、自分以外の子も楽しくできるようにって考えて行動しているはずだ。
「僕は中瀬さんしか知らないから想像だけでしか言えないけど意見は変わらないよ、僕が部員だったらまず間違いなく頼もしい存在だなって思うはずだよ」
過剰になりすぎると逆効果になるのが難しいところだな。
もしかしたら彼女の言い方などにも問題があるのかもしれないし、あくまで想像しかできない自分としてはこれぐらいしか言えないなあと。
「その人達側の事情を知ったら中瀬さんの味方ばかりはしていられなくなるかもしれないけど」
「うん、それでいいんだよ、自分が完全に正しいなんて思ったことはないからね」
どういう風に活動しているのかも分からない。
大会を見に行ったことがあるのは千鶴と道雄のだけだ。
友達なんだから今度応援をしに行ってもいいかもしれないね。
「まあ、余計なことも言っちゃってるけどさ、愚痴とかそういうのがあったら遠慮なくどんどん吐いてよ。結構人の話を聞くのが好きなんだよね」
「うん、ありがと」
ただまあ、お喋りが結構大好きな人間だと分かってしまったから余計なことを言ったりもするんだろうけど。
ま、まあ、遮るようなことはしていないからそこまで酷くはないかな? という感じだった。
「あと、道雄と仲良くしてくれるとありがたいかな」
「あれ、そういうこと言わないんじゃなかったの?」
「道雄は優しくしてくれているからね――あ、迷惑なら迷惑って言ってよ? 思うだけで口にはしないようにするから」
完全にとはいかなくても片方の幸せを願うことは片方の都合なんておかまいなしに行動するということなんだし。
嫌なら当然やめるつもりで存在しているつもりだ。
「あなたとは仲良くできないの?」
「普通に仲良くしたいよ、来てくれていた友達が急に来なくなったら寂しいからさ」
「そっか」
彼女は立ち上がって伸びをしつつ「じゃあ、遠慮しないで行くよ」と言った。
振り向いた際には全く怖くない元気いっぱいな笑顔だった。
「うん、道雄と待ってる」
「本当は来てほしいけどね」
「女の子の友達と盛り上がっていなかったら遠慮しないで行くんだけどね」
「あー、確かに群れていることが多いか。ふふふ、初な少年め」
「中々難しいよ、道雄じゃないからね」
いつも通り彼女を家まで送っていく。
公園前からは距離もないからすぐに着いたが、すぐに解散とはならないようだ。
「勝君は千鶴が好きなの?」
「うーん、恋愛的なものではないけどね」
「いまのところは、ってやつ?」
「まあそうだけど、なにが起こるか分からないからね」
これから何度も出会いを繰り返すだろうし、千鶴がいい人と出会ってその人と付き合い始める可能性があるから。
もちろんそれが理想だ、視野を狭めずしっかりと周りを見てほしいと思っている。
多少の寂しさはあるだろうが、兄が寂しいからという理由だけで妹の行動を縛ってはならないのだ。
「風邪を引かないようにね」
「勝君もね、今日もありがとう」
「いいんだよ、それじゃ」
大丈夫、よく食べてよく寝る人間だから。
なんにも心配していなかった。
そして、翌日も一切なにも問題もなく登校することができたのだった。
「うーん」
自然に、が難しい。
この前の卵焼きの件だって、半ば無理矢理にだ。
あれから高沢さんもこっちに来ていないし、勝手に触れたことや勝手に喋ってしまったことが失敗だったのかもしれないと後悔している状態というのがいまだった。
「勝、ちづ借りるぞ」
「千鶴を? あ、千鶴がいいなら」
「おう」
これはまた珍しいことだ。
中瀬さんの誕生日が近くにあって内緒で話し合い~なんてこともないから単純に遊びに行きたいとかだろうか?
それとも、どうすれば中瀬さんと仲良くできるのかを聞きたいということ?
「中瀬さんはいいのか?」
「私がなーに?」
「あ、道雄が千鶴を借りるって言い出してさ」
そういう感じも伝わってこなかったらやっぱり遊びに行きたいだけかと片付けておく。
「道雄君と千鶴も関係が長いからね、仲良くしたいんでしょ」
よし、こうなったら聞きたいことを聞いておこう。
「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
「うん? 言ってみるがいい」
「千鶴と本当は、仲良くない……かな?」
彼女は自分を指差して「私と?」と聞いてくる。
僕が何度か頷くとにへっと笑ってから「仲いいよ」と答えた。
「この前のあれは前にも言ったように君が千鶴ばかり優先してしまうからだよ、たまにはゆっくり一緒に過ごしたかったんだ」
「結果として、道雄は他の子と行動しちゃったけど」
「勝君と過ごせればそれでいいよ、道雄君とはその前にとかも遊びに行っているわけだしね。ふたりきりでゆっくり遊んだことがないのは君だけだから」
え、そんなことはないと思うけどなあ……。
それに最近はあそこで一緒に過ごしているわけなんだから寧ろそろそろ新鮮味がなくなるぐらいだと思うけど。
「なので、今週の日曜日にお出かけしよう」
「連続でいいの? 日曜日ぐらい休みたいんじゃ?」
「それなら家でゆっくりとすればいいよね?」
道雄のそれが怪しい。
中瀬さんが無理だからって諦めようとしている可能性がある。
「ごめん、休んでほしいから」
「そんなに道雄君と仲良くしてほしいの?」
「うん、どちらかと言えば道雄の方を優先してあげたいというか、関係の長さが違うから道雄に幸せになってほしいんだよ」
別に彼女の気持ちを完全無視するわけじゃない。
嫌だと言うならやめる、それでもこっちが出かけたりするのもしないでおくが。
「分かった、道雄君と仲良くすればいいんでしょ?」
「僕に言われたからそうするとかはやめてほしい、きみの意思で仲良くしたいって思った場合はそうしてほしい」
「大丈夫、道雄君とは普通に仲良くしたいから」
「うん」
話が終わったタイミングでふたりが戻ってきた。
「沙綾、勝」
「「なに?」」
「俺は沙綾を諦められない」
彼女に聞いてから手を握って目の前から連れ去った。
僕が余計なことをしなくても勝手にやるかと苦笑。
「千鶴、なんの話をしていたの?」
「沙綾が好きだって、勝くんのところばかりに行っていて寂しいって話してくれてね。だったら頑張るしかないって言わせてもらったんだけど」
「道雄は格好いいからね、自分でなんとかしてしまうよ」
よしよし、道雄が勝手に諦めたりしてくれていなくて安心だ。
千鶴もこうしていてくれているし、なにかがあっても中瀬さんをふたりで支えてくれることだろう。
「勝くんちょっと」
「うん」
廊下に出たら教室内よりも冷えている気がした。
人が存在しているだけでここまで変わるのかと少し面白くもあって、少しの間はそっちに意識を向けていた自分。
「っと、どうしたの?」
「……沙綾の相手ばかりをしていたから寂しかった」
「ごめん、中瀬さんも大切な友達だったからさ。でも、これからは道雄がもっと積極的に行動してくれるだろうから大丈夫だよ」
やっぱり僕は千鶴といるのが一番。
中瀬さんには道雄のところに行くか、道雄じゃない他の男の子でもいいから探してほしい。
道雄を選んでくれるのが一番だけどね。
「土曜日の午後にお出かけしたい」
「どこに行きたいの?」
「勝くんと出かけられればそれでいい」
「そっか、じゃあ千鶴は行きたいところを考えておいてね、付き合うからさ」
「うん、考えておく」
いつまでも抱きつかせておくわけにもいかないから背中に優しく触れてやめてもらった。
「とりあえず平日を頑張って過ごさないとね」
「うん、頑張る」
「怪我には気をつけてね」
怪我をされたら嫌だから。
こっちはとりあえずご飯作りなどを頑張ろう。
部活組の千鶴より帰宅時間が遅くなる、なんてことにはならないように気をつけようと決めて教室に戻った。
「今日は休みだあっ」
「はは、お疲れ様」
「ということで私は寝るっ、夜まで起こさないでっ」
あー、まあ午後からは千鶴と出かける約束だからそれでもいいんだけど、……どうせならなんか手伝いとかしたかったんだけどなあと考えつつも部屋にこもることにした。
「課題をやらなければよかったなあ」
そうすれば多少の暇つぶしができたというのに。
部屋を見回してみても掃除済み、一階もふたりで綺麗にを心がけているから汚れているなんてことはない。
そうなるとやることが絶望的になくなってしまう。
若い人間がこんなので本当にいいのだろうか。
「あー勝ー」
「あれ、寝るんじゃなかったの?」
「肩揉んでー……」
「うん、いいよ」
ふたりでひとりで育てるって大変だろうな。
自分が倒れたら家を出なければならないことになるからプレッシャーとかもあるだろうし、これぐらいしかできないのが申し訳ないところではあるけど。
「千鶴とは仲良くしてる?」
「うん、凄く仲良くしているよ」
「ねえ、お母さんの勘違いかもしれないけど、もしかして恋愛対象として見ているわけじゃないよね?」
ぎくりとした。
……僕としては千鶴といるのが一番落ち着くし一番楽しいから、相手から言ってきたのなら受け入れようとしているわけで。
「流石にそれは反対するからね」
「あ、お……」
「え、もしかして本気でそういう風に見てたの?」
「……一緒にいて一番楽しい相手ではあるし」
「それは家族だからでしょ、そういう子は一生懸命探せばいくらでも見つかるよ」
さてどうする……もくそもないんだよなあと。
ここに住みたいなら母の言うことは聞くしかない。
まあ母の言うように千鶴には道雄とか他のいい男の子と付き合ってほしいというのはあるんだけどさあ……。
「流石に距離感が近すぎるからね」
「え、禁止ってこと?」
「いまのままじゃ間違いなく双方にとっていいことはないから」
「え、兄妹なのに? 話すことも駄目ってこと?」
「挨拶ぐらいならすればいいよ、でも、ふたりきりで話すのは禁止。千鶴には私から言っておくから」
それなら誤解されなくて済むか。
道雄や中瀬さんにも協力してもらえばなんとか……。
でもさあ、ふたりきりで話すの禁止ということは家に帰ったらもう駄目ってことじゃないか。
「え、学校でも? 道雄や中瀬さんがいても?」
「それでも千鶴に話しかけるのは駄目、学校なんだから他のお友達と話せばいいでしょ?」
その理屈でいくと家では家族である千鶴と話してもいいということになると思うんだけど駄目なのか。
千鶴に迷惑をかけないためにも、自分のためにも言うことを聞くしかない。
だから渋々でも分かったとしか言えなかった。
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