02話.[ありえないから]

「楽しかったねー」

「そうだねー」


 結局、僕がいていいのかどうかがよく分からないままだった。

 ひとつ言えるとすればふたり以外の女の子からは一切興味を持たれていなかったから不安になる必要はなかったのかもしれないけども。


「帰ろっか」

「そうだねー、勝くんもいるし」

「え、挨拶をしてこなくていいの?」

「「いいよ」」


 え、いいの? 実はあんまり仲良くなかったとか? と再度別の問題で不安になりながらも本人達がそう言うならと片付けて帰ることにした。

 もういい時間だから早く帰った方がいいのは事実ではあったから。


「それで、どっちの意思で今日は来たの?」

「道くんに決まっているよ、勝くんはそんなことしないし」

「あれ? 昨日のは勝一君の意思で、だったんじゃ?」


 困ったような顔で千鶴が固まる。

 僕の意思だということにした方が楽だから今日も嘘を重ねることにした。

 別に傷つくようなことにはならないんだから気にしなくてもいいだろう。


「そうかそうか、勝一君も異性が気になる歳か」

「まあ、興味がないわけではないよ」

「でも、女の子だけで遊びに出かけているのに尾行はちょっと」

「ごめん、どんな風に遊ぶのか気になったんだよ」


 まさか五人で遊びに出かけているとは想像できなかったけど。

 あ、そういえばひとりだけ全く話していなかった子がいたけど、苛めとかじゃないよねと聞いてみたら、


「勝くん、あの子が気になるって言っていた子だよ」

「あ、そうなんだ?」


 と、千鶴が教えてくれた。

 じゃあ本人である僕がいたから、なんだろうか?

 全く喋っていなかったことには触れてくれなかったけど。


「よしよし」


 なんで僕は生暖かい視線で貫かれながら頭を撫でられているのか。

 ……ちょっと道雄が気に入った理由が分かった気がしたのは少しあれだけど。


「仕方がないから私達が相手をしてあげるよ。私と千鶴ぐらいしか異性の友達がいないもんね、勝一君は」

「ありがとう、だけど道雄に嫉妬されちゃうからさ」

「関係ないよ、道雄君とも仲良くするけど、君とも仲良くしてあげるからさ」


 それは素直にありがたいとしか言いようがない。

 これまで話しかけてくれていた相手が来てくれなくなったら普通に寂しいからだ。

 道雄だってああ言ってくれたわけだから変な遠慮をする必要はない。


「あ、こっちだから」

「家まで送るよ、もう真っ暗だし」


 遠いわけじゃないから疲れるわけじゃないし。


「大丈夫っ、千鶴のこと頼むよ」

「そりゃまあうん」


 家族なんだから当たり前だ。

 ここでわざわざ別れたりはしない。


「じゃあねっ」

「ばいばい」

「あ、じゃあね、気をつけて」


 こうなったらもうしょうがない、体を冷やして風邪を引いても嫌だからささっと帰ることに。


「ばか」

「え?」

「……ありえないから」


 え、なんか急に不機嫌……。

 家に着いたらさっさと部屋に引きこもってしまい、謝罪することもままならないまま時間が経過してしまった。


「まあ、ご飯でも作ろうか」


 仕事で忙しくてもある程度の時間になったら母は帰宅する。

 せめて母にだけは出来たての物を食べてほしいから調理を開始して、大体それが終わった頃に母が帰宅した。


「もうやだぁ……仕事辞めたいぃ」

「お疲れ様」

「勝っ、肩揉んでっ」

「うん、でもある程度したらご飯食べてね」

「うん――あー、楽だー」


 少しは疲れを取れるようにと頑張った。

 あまりにも頑張りすぎて母の方から「もういいよ」と言われるぐらいまでやってしまったのは少しあれだけど。


「そういえば千鶴は?」

「なんか不機嫌になっちゃってさ」

「へえ、連れてくるね」

「あ、うん」


 洗い物も早くしてしまいたいから連れてきてくれると助かるのは確か。

 だけどいまの千鶴が大人しく出てくるとは思えないぞ。


「連れてきました、褒めて」

「す、すごいね」


 千鶴はこちらをあまり怖くない感じで睨みつつも、それでも僕作のご飯を食べてくれるようだった。

 食事を終えたら入れるようにお風呂を溜め始めてからこちらも食べ始める、……千鶴が怖い。


「千鶴、なんで勝を睨んでいるの?」

「……浮気した」

「あちゃあ、それは勝が悪いね」


 えぇ、あ、僕の意思で行ったみたいな言い方をしたからか。

 形だけのものであったとしても謝罪をしておいた。


「……許してあげる」

「ありがとう、あ、食べ終えたらお風呂に入ってね」

「入る」


 ふぅ、家族と喧嘩なんかしたくないから助かったあ。

 この先どうなるのかは分からないから、こういうことが少なくなるような立ち回り方をしなければならない。


「勝、これ」

「ん? 味付けが濃かった?」

「美味しいっ」

「そ、そっか、それなら良かった」


 紛らわしい言い方をしないでほしいけど。

 ちなみに父はいない、数年前に浮気をして出ていった。

 だから母さんはひとりで僕達を支えてくれているということになる。

 だからこそ僕らで家事をしようと決めて動いているのだ。

 千鶴も協力してくれるから大変だとかやめたいとかそういう風に思ったことはない。

 本当にありがたい話だと思う。


「千鶴、なんで不機嫌になったの?」

「……沙綾と仲良くしていたから」

「え、それはいつものことだと思うけど……」

「今日のは違った」


 そういうつもりはなかったけど……。

 ま、まあ、これからは気をつけよう。

 



「裏切り者」


 えぇ、朝練から戻ってきたと思ったら唐突にそんなこと。


「なんてな、俺が他の女子と行動していただけだしな」

「なんだ、良かったよ」

「ははは、責めないって言っただろ」


 ふぅ、変なことで衝突にならなくて良かった。

 この教室では道雄だけが友達だし、勘弁してほしいしね。


「でも羨ましいなー、いいなー、沙綾と行動できていいなー、しかもちづもいたから最高だっただろうしなー」

「はははっ、確かに中瀬さんと千鶴と行動するのは楽しかったよ」


 気を使わなくていい相手というのは貴重だ。

 まあ、中瀬さんには考えて行動しろよってことになるが。


「自慢すんなよな……」

「大丈夫、ちゃんと仲良くするって中瀬さんは言ってたよ」

「おお、それならいいな」


 うん、嘘は言ってない、ちゃんとそう言ったのをこの耳で聞いたし、なんなら千鶴だって聞いているから信じられないならそっちにも確認してくれればいいんだ。


「よし、それなら今度いつかまた出かけられるときを信じながら部活でも頑張りますかね」

「うん、頑張って」

「おう、ありがとよ」


 いま気になるのは昨日のあの子達とあのふたりの関係がぎくしゃくしていないかということ。

 なので、


「んー、普通だなあ」


 昼休みに確認してみた結果、あくまで普通に集まって楽しそうにしていて少し安心できた。


「あの、勝一さん」

「うん? あ、昨日の……」

「あの、少しいいですか?」

「うん、いいよ」


 僕は道雄とのきっかけ作りとして来ていると考えているが果たして。


「ち、千鶴さんと仲良くしたいんですっ、どうしたらいいですか!?」


 でも、想像とは違かったことになる。

 千鶴に話しかけられたんだからそのまま仲良くしておけばいいのにとは思いつつも、それなら妹のところに行こうかと誘ってみたときのこと。


「え、それは言わないでほしい?」

「はい……自然に仲良くしたいんです、直前に私が仲良くしたいからと言ってしまったら駄目になると思うので」


 自然にか、だけど僕が彼女を連れて行った瞬間にそれはもう自然ではなくなってしまうが。


「同情とかでいてほしくないんです」

「うん、どうせなら自分の意思でいてほしいよね」

「はい」


 その気持ちはよく分かる。

 もしそれで千鶴や中瀬さんが来てくれているのだとしたら僕は来なくていいと言うはずだ。

 あくまで友達だと思ってくれてないと悲しいから。


「ごめんなさい、面倒くさくて」

「いやいや、ちょっと考えてみるよ」


 自然か、中々難しいぞ……。

 待ち伏せとかをしたところでそれは自然ではないだろうし。

 例えば係でノートとかを持っていたりして、それをどちらかが半分持ったり~なんてことが起きればまだ違うけど……。


「よし、それじゃあ僕と一緒に行動してよ」

「あ、確かにそれなら千鶴さんは来ますよね」

「うん、それがいいと思うんだ」


 これぐらいしか考えつかなくてすまない。

 でも、千鶴といたいならそれが一番だと思うんだ。

 問題があるとすればまた馬鹿とか言われかねないことか。

 まあ気にしないことにしよう。

 千鶴の側に仲のいい女の子が増えてくれるのなら嫌われようがどうでもいいよ。


「ありがとうございます、希望が見えてきました」

「いやいや」


 あまりにも大げさすぎる。

 まだ上手くいったわけではないんだからお礼を言うにしても千鶴と仲良くなってからだ。


「あ、勝くん」

「どうしたの?」

「こっちに梨花りかちゃんが来なかった?」


 りか……? あ、もしかして。


「もしかしてこの子のこと?」

「あっ、そうだよっ、その子が高沢梨花ちゃんだよっ」


 仲良くしたいと言っていたのに逃げようとしていたから捕まえておいたのだ。

 そんな矛盾めいたことをしてはいけない。


「もう、今日は一緒にお昼ご飯を食べようって約束したじゃん」

「す、すみません……、千鶴さんは複数人の方と楽しそうにしていたので邪魔をするのも申し訳ないなあと」

「あーごめんごめんっ、ほらっ、一緒に食べよっ?」

「は、はい!」


 おー、嬉しそうだなあ。

 それこそ邪魔をしても悪いから戻ることにし、


「勝一君っ」

「わっ」


 たのだが、唐突に中瀬さんが目の前に現れて廊下の真ん中に突っ立つことになった。


「ちょっと付いてきなさい」

「うん」


 彼女は賑やかな場所とは真反対の方へと向かって歩いていく。

 こんなところに連れてきてなにをされるんだろうと少しずつ不安な気持ちが大きくなっていくのは確かだった。


「さて勝一君」

「う、うん」

「ん? なに緊張しているの? 私は約束通り、勝一君と仲良くするために来ているだけだよ」


 それならこっちに来る必要はなかったと思うけど。

 こんな喋ったら響くぐらいの場所でさ。

 まあそれはあくまで大げさなところがあるというだけだけどさ。


「というわけで、今週の土曜日に道雄君も含めて三人で遊びに行こうよ」

「あれ、部活なんじゃ」

「あ、そうか、じゃあ日曜日、日曜日ならいいでしょ?」


 僕は土曜も日曜も特になにか用事があるわけではないから構わない。

 当日もある程度のところで離脱をすれば道雄のためにもなるしうん、いいことばかりだ。


「あ、離脱とか駄目だからね? そんなことをしたら怒るから、道雄君とも一緒にいないようにするからね」

「そ、そんなことしないよー」


 ばればれだ……。

 くそぉ、僕だって少しは道雄のために動きたかったのに。

 でもまあ、道雄のことを考えて行動するということは中瀬さんのことを考えないということでもあるからこれでいいのかな?


「道雄君ってさ、私のことが好きなんでしょ?」

「え、えぇ? そんなの道雄じゃないんだから分からないよ」

「まあまあ、別に勝一君が言ったって言わないからさ」


 それでも駄目だ、気軽に話すような人間にはなりたくない。

 だから拒み続けていたら「なるほど、そういう人だよね」と彼女は呟いて笑った。


「合格、友達がこういう人なら安心できるよね、大事な話も相談できるわけだからさ」

「ありがとう」

「いえいえ、こっちこそ勝一君のことをまたひとつ知ることができて嬉しいよ、ありがとう」


 僕と関わってくれる異性は少し大げさなところがあるかもしれない。

 自分も少し過剰に伝えるときもあるから類は友を呼ぶとは本当のことのようだと分かった。


「戻ろー、こそこそしていると勝一君が道雄君に怒られちゃう」

「そうだね」


 彼女に千鶴は元気よさがよく似ているからやはり似たような存在が近くに集まるんだろうと。


「あ、沙綾、俺の相手もしてくれよ」

「知りませーん、昨日他の女の子と一緒に行動してへらへらとしていた人は知りませーん」

「相手をしないのは無理だろ……」

「道雄君が彼氏になったら毎日嫉妬することになりそー」

「それはない、俺は沙綾を完全に優先するからな」


 日曜日、やっぱり僕は行かなくていい気がする。

 でも、行くのをやめたり途中離脱をしたら彼のところにも行かないという風に言われてしまっているからそれはできないと。

 しかしなんで三人なんだ? それなら千鶴も含めて四人でいいと思うけどなあ。

 休ませたいということならあれだけど。


「勝一君、約束、守ってね?」

「うん、分かったよ」

「道雄君には君が話しておいてよ、それじゃねー」


 小悪魔かっ。

 別に隠すことではないから事情を説明。


「ちづは駄目なのか?」

「うん、三人で、って言ったんだよ」

「なんか意外だな、一番仲のいいふたりだと思っていたが」


 それなんだよ、実は不仲だったんじゃないかとさえ思えてくる。

 仮に道雄と仲良くしたいけど恥ずかしい、という感じのことからであったとしても、そこで僕ではなく千鶴を誘った方が同性がいるという安心感を得られると思うんだけどね。

 意外と計算して行動している子だし分かるはずなんだけど……。


「あ、もしかしたら勝に興味があるんじゃないか?」

「まあそこははっきりしてくれた方が嬉しいけど」

「中々言えねえだろ」


 彼はこっちの肩に手を置きつつ、


「まあ前にも言ったように沙綾が勝に興味があると言ったら遠慮をするなよ。ただ……、まあ興味がないならさっさとそれを言ってくれるとありがたいけど」


 と、曖昧な表情を浮かべて言ってきた。


「大丈夫、弄んだりはしないよ」


 何度も言うが可能性はゼロじゃない。

 それでも、……それでも僕は中瀬さんや先程の子、その他の子達よりも千鶴の方がいいから。

 もちろん、これは千鶴にその気がなければ口にしたりなんかしないことだ。

 だって双子の片割れ、妹を選ぼうとする問題人間だしね。


「それならいいんだ、じゃあ日曜日は頼んだぜ」

「うん、よろしく」


 当日は金魚のフンみたいになっておけばいいだろう。

 問題があるとすれば……なんで言ってくれなかったのかと千鶴が言ってくる可能性が高いということかな。

 まあもしそうなっても上手く対応できる自信はあるからそこまで不安にならなくてもいいかと考えて、残りの時間をゆっくり過ごそうと決めたのだった。




「なんで言ってくれなかったの?」


 自分で作った夜ご飯を食べようとしていたところだった。

 あ、ちなみにまだ日曜日どころかそういう風に決まった日、つまり日付も変わっていないときのことだ。


「え、道雄から聞いたの?」

「うん、道くんが今日の帰りに教えてくれた」


 なるほど、道雄としても僕が千鶴に意識を向けてくれれば助かるということかと納得。


「僕が道雄を誘ったんだ、そうしたら道雄が中瀬さんとも行きたいって言うから許可をした感じになるかな」

「嘘つき、沙綾から誘われたんでしょ、三人だけで行こうって」

「道雄はその場にいたわけじゃないからね。それは勝手に想像して言っているだけだよ、本当は僕が誘ったからなんだよ」


 中瀬さんと彼女が仲悪くなってほしくない。

 全てこちらが悪いことにしていいからそれだけは避けたいというのが本音だ。


「……私も行く」

「え、だけど……」

「尾行するから、通話状態のままで」

「え、そうなると通信費が……」

「私達のは三十GBまで使えることになっているでしょ、数時間ぐらいなら大丈夫だよ」


 アプリを利用するなら電話代が莫大なものに、とはならないからいいか。

 そもそも、言ったところで聞いてはくれないからそういうことにしよう。


「あのね、道くんと沙綾がどれだけ仲良くしようと私的にはどうでもいいんだよ。でも、そこに勝くんがいるなら話は別」

「特になにもないよ? 千鶴は道雄が中瀬さんのことを好きでいるのは知っているよね?」

「知ってる、だけど沙綾の気持ちは分からないもん、もしかしたら勝くんのことを気に入っているかもしれないじゃん」


 確かにそのような見方も一応はできる。

 わざわざ僕を誘ってきたところとかね、ただの緊張隠しのためにかもしれないけども。


「そういえばあの子と仲がいいの?」

「あ、梨花ちゃん? うん、私はそのつもりだけど」

「今日話してみたんだけどさ、いい子そうだったよ」

「当たり前だよ、もし嫌な子だったら一緒にいないしこういう風に言わないって」


 そりゃそうか、流石に千鶴でもそういう風にはね。

 先程と違って少し落ち着いたのか千鶴は僕の横に静かに座る。


「ね、こそこそされるの嫌だよ」

「ごめん」


 それだけではなくこちらに体重を預けてきた。

 お風呂にはまだ入ってないけど温かさが伝わってくる。

 あとはこの無防備な感じかな。

 信用してくれているということがたまらなく嬉しかった。


「……沙綾や道くんのことを考えてしているのは分かっているんだけどさ、知らないまま終わるのは嫌だなって」

「終わったらちゃんと言うから」

「うん……」


 それでもまだ不安そうな雰囲気が伝わってきたから頭も撫でておく。

 そうしたら多少は良くなった感じが伝わってきた。


「さ、お風呂に入らないと」

「洗面所にいてほしい」

「入ったらね」

「うん」


 数分後、約束通り洗面所にいた。

 浴室へと繋がる扉に背を預けて座っている状態だ。


「もし取られるにしても沙綾がいい」

「僕としては中瀬さんは道雄と仲良くしてほしいけどね」


 そうすれば親友が喜ぶ、親友が喜んでくれれば僕も嬉しくなれるからいいと。

 だからどうしても自然にそうなるように動きたいんだけど、中瀬さんから禁止にされているからなあ。


「高沢さんと一緒にいるって約束をしたんだ」

「うっ、新たなライバルの登場かな?」

「違うよ、僕らはある目的のために一緒にいるんだ」

「ある目的?」

「それは内緒だね、でも、恋とかそういうことのためにいるというわけじゃないからさ」


 千鶴は「教えてよ」と何度も言ってきたが聞かなかった。

 約束を破ることになってしまうからそれはできない。

 例え相手が大切な相手でも、そればかりは千鶴が相手でもできることではなかった。

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