46作品目

Nora

01話.[それで良かった]

「うわあ」


 声が聞こえてきて目を開けた。

 そのまま体を起こして確認してみると、ベッドの脇に千鶴ちづるがいたんだけど……。


「勝くんそれ……」

「ん? うわあ!?」


 寝ているときに布団を勝手に剥ぐのはやめてくれと何度も言っているのに全く聞いてくれないのが妹だった。

 ……朝から酷い目に遭ったが、気にせずに制服に着替えたりして準備を済ます。


「お弁当を作ったから忘れないでね」

「うん、ありがとう」


 でも、これぐらいでぎこちなくなったりはしない。

 ……つまりこれまで何度も目撃されてしまっているわけだが、まあそんなことは気にしなくていいだろう。


「「行ってきます」」


 高校までは大体、二十分ぐらい歩けば着く。

 毎日千鶴がいてくれるから飽きるなんてこともなく、朝から楽しく登校ができていた。


「ちょっと寒いから手を握ってもいい?」

「いいよ」

「ありがと~」


 僕達はいつもこんな感じだ。

 単なる双子というだけだが、夫婦とか言われることもある。

 小さい頃からずっとそうだったからこちらも笑って流せることだ。

 夫婦ぐらい仲良く見えるならいいことだしね。


「おはよー」

「おはよ!」


 他の誰かが来ようと離そうとしないところが千鶴らしい。

 こちらとしては友達といるところを邪魔したくはないから先に行っておきたいぐらいだけどそう行動できたことがなかった。


「おい、また夫婦が手を繋いでいるぞ」

「家ではもっとすごいことしてそうだよな」


 基本的に揶揄してくるのは男子ばかり。

 千鶴は余裕なもので、「どうせ異性と手を繋げないからあんなことを言うんだよ」なんて言って笑っていた。


「千鶴、今日の体育では競争だからね」

「あ、負けないよっ、私が勝ったらあれだからね」

「それなら私が勝ったらあれだから」


 あれ、とはなんなのだろうか?

 僕がいるから単純に隠しているだけ? ……気になる。


「それより勝一しょういち君さあ」

「うん?」

「家では千鶴とどんなことをしているの?」


 基本的には、というだけで女の子からもこう聞かれる。

 どんなことをしているのと聞かれても答えられることはひとつ、家族らしく一緒に楽しく仲良く過ごしているということだけだ。

 それ以上でもそれ以下でもないそんな感じ。


「抱きしめ合っちゃったりする感じ?」

「そういうのはしないかな、千鶴が寄りかかってくることはあるけど」

「勝一君は拒めなさそう」


 それは拒む理由がないからだ。

 嫌なことであればちゃんと相手が妹でも嫌だと言う。


「っと、着いたね、行くよ千鶴」

「はーい、勝くんまた後でねー」

「うん、また後で」


 残念ながら双子が同じクラスになることはない。

 だから結構寂しかったりもするが、まあそこはお兄ちゃんなんだから情けないところを見せたくなくて黙っている状態で。

 というか、夫婦って揶揄されるほど学校では一緒にいられていないんだけどと内で文句を言いつつ教室へ。


「はよー」

「あ、おはよう」

「ちづはどうした?」

「千鶴はほら」

「ああ、取られちまってんだな」


 確かにそのようなものかもしれない――ってなるかい。

 どんどんと他の子と仲良くしてくれればそれで良かった。


「勝、今日体育で勝ったらさ」

「え、それ僕らもやるの?」

「お? ああ、ちづ達もか」


 勝つと言っても持久走があるだけだし、彼、平本道雄みちおに勝てるような実力があるわけじゃないし、最初から僕の敗北が決まってしまっているわけだけど。


沙綾さあやと出かけたいからきっかけを作ってくれ」

「普通に誘えば良くない?」

「いや駄目だ、……恥ずかしいだろ」


 ちなみに沙綾という子は先程の子だ。

 多分、千鶴にとって一番の親友と言えるぐらいの存在。


「分かった」

「じゃあ勝が奇跡的に俺に勝ったらちづとデートできるようにしてやるよ」


 もしそういうことがしたいのであれば自分から誘うよ。

 その際は当然、デートではなくてただのお出かけということにはなるだろうけど。

 行きたいところに行ってもらって、僕はただ荷物持ちとか付いていく感じぐらいで出しゃばる必要はないんだ。

 会話がなくても気まずくなったりはしない、僕的にはただ一緒にいられているだけで楽しいだろうからさ。


「ふっ、やっぱり勝には負けないな」

「そりゃそうだよ……」


 依然として運動部所属の彼と高校になったら部活強制ではないのをいいことにやめた僕とでは違うに決まっている。


「さ、頼むぞ」

「誘うぐらいならいいけどさ」


 丁度お昼休みになったのをいいことに彼女達の教室に行ってみることにした。

 あ、当然道雄はいないけども。


「あれ、勝くん?」

「あ、中瀬さんは?」

「沙綾? まだ戻ってきてないけど……」


 どうやら移動教室だったみたいだ。

 体育はお昼休み後らしい、みんな普通に走れるのかな?


「あ、勝一君だ」

「あ、中瀬さん、ちょっといいかな?」

「うん? いいけど」


 何故か千鶴も付いてきたけど気にせずに話をする。

 話を聞いてくれた彼女は「なんだ、勝一君が誘ってくれるのかと思ったけど」と言って笑っていた。


「道雄君かあ、別にいいけどねえ」

「じゃあ本人に言っておくよ」

「でも、女の自分としては自分で誘いに来てほしいと思うけど」

「それも言っておくよ、それじゃ」


 ご飯もまだ食べられていないから戻らないと。


「おかー」

「うん、いいって」

「そうかっ」


 どういう風にお出かけをするのか気になるところではある。

 千鶴と一緒に尾行でもしてみようかというところまで考えて、邪魔するのはやめようとそれを止めたのだった。




「勝くん勝くんっ、ほら、あそこを曲がったよっ」

「だ、だね」


 結局、何故か尾行することになっていた。

 気になっていたから損なことはないが、いいのだろうか?

 多分、千鶴も気になっていたんだろう。

 だからただ追っているだけなのにいちいち楽しそうだった。


「沙綾と道くんって地味に仲いいよね」

「そうだね、一緒にいることも多いし」


 道雄の場合は中瀬さん達が同性と盛り上がっていようと気にせずにいけるから、というのも大きいかもしれない。

 大抵、中瀬さんは千鶴といるから行きやすいというのもあるのかもね。


「道くんは勝くんと違ってどんどん来てくれるからなー」

「ほら、千鶴しかいないからね」


 妹が足を止めたからこちらも足を止める。

 それからこちらの上着の裾を掴みつつ、「私のために来てくれないの?」と聞いてきた。


「仲良くしたいけどさ、僕が千鶴とばかりいたら学校がわざわざ教室をわけている意味がなくなっちゃうからさ」

「ふーん」

「あ、行くなら行かないと、見失っちゃうよ」


 ふたりは流石に手を繋いで歩くことはしないみたいだった。

 距離もなんとも言えない感じ、人ひとり分ぐらい空いている。

 でも、雰囲気が悪いわけではなくて、何度もお喋りをしながら歩いていることは見ているだけで分かった。


「あ、お店に入るみたい」

「喫茶店……かなあ?」


 なんか古いけどお洒落な感じ。

 ここで入ったら間違いなくばれるから外で待機、かな。


「ミルクコーヒーが飲みたい」

「え、入るの? ふたりにばれるんじゃ……」

「大丈夫、私達もお出かけをしているということにすれば」


 それならいいか。

 そもそも尾行なんか本来はするべきじゃないからね。

 中に入るとやはり古風だったけどなんかお洒落だった。

 語彙力があればこれこれこうだからこうお洒落と感じる、的な風に言えるんだけどなあと。


「勝くんはどうする?」

「千鶴と同じでいいよ」

「分かった、すみませーん」


 お客さんは僕達以外にも数組いたが、その数組の内の一組があのふたりだからそこまでではないかな。

 常連さんが来てくれることによって続けられているお店、という感じなのかもしれない。

 けど、無駄ではないだろう、今日の僕達みたいにふらりと寄って気に入ってくれる人達がいるかもしれないからだ。

 とにかく千鶴が注文を済ませてくれて、運ばれてくるまでの間、窓の外を見たり内装を見たりして過ごしていた。


「あ、やっぱりふたりだったんだ」

「うん、今日はふたりを尾行してたんだ、千鶴にどうしても気になるからって頼んだんだよ」

「やめてよ、悪いことなんかしないし」


 そこで中瀬さんがやって来た。

 まあばれないわけがない、他の人が見えないような感じにはなっていないし。


「ふっ、俺がなにかをしなくてもちづとは勝手に出かけるか」

「まあね」


 道雄もやって来て、でも、この静かな空間でわいわい盛り上がるわけにはいかないからふたりはすぐに戻った。


「なんであんなこと言ったの?」

「実は僕も気になっていたんだよ、だから、千鶴のイメージが下がるよりはいいかなーって思ってさ」

「優しいね」

「家族にぐらいはね」


 家族にすら優しくできなくなったら終わりだと考えている。

 上手くできているのかは分からないけど、これからもこのような感じで千鶴に接することができればいいなって。

 運ばれてきたミルクコーヒーを飲んで、ほっと一息。


「あ、そういえば勝くんに興味があるって子がいるんだけどさ」

「そうなの?」


 それはまた稀有というかなんというか……。

 道雄、千鶴、中瀬さん、この三人と以外は滅多に話さないからなんで? という疑問しか出てこない。

 千鶴がこう言ってくるということは向こうのクラスだろうし……――あ、分かってしまったぞこれは。


「道雄に興味があるんだろうね、僕は道雄とばかりいるから使えると判断したんじゃない?」

「そうかなあ? お兄さんに興味があるって言ってきたけどな」


 双子で曖昧だし、あんまりお兄ちゃんっぽくできているわけでもない、だからどうしても道雄に興味があるとしか思えなかった。

 ありえないと断言できてしまうほど非モテというわけでもないが、流石に一目惚れされるような容姿ではないから。

 一切会話をしたことがないなら興味を持てるわけがないと思うんだ。


「委員会で同じとか?」

「いや、僕は道雄と同じで環境美化委員だけど、女の子に話しかけられることなんてなかったからね」


 あっ、地味専の人や普通専の人もいる可能性があるか。

 イケメンには飽きているからたまには一緒にいても騒がれないそんな人間を狙ってみようとか考えた可能性がある。


「あ、ちなみに同じバレー部の子なんだよね」

「バレー部か、それなら余計に接点がないよね」


 勝手な偏見でバレー部=勝ち気な女の子が多いというイメージがある自分としては、あまり男らしくない僕に興味を持つことはありえないという――まあ全部想像だからな、結局僕や千鶴が考えたところでその子の本位は分からないんだから意味がない。


「あ、大会のときに応援しに来てくれたことがあったよね? あのときじゃない?」

「確かにチームが勝てるように応援していたけど、個人的には千鶴が活躍してくれーって応援していたからね」


 とりあえずこの話は終わりだ。

 冷めてしまう前に飲み終えて、少しゆっくりしてからお会計を済ませて退店することに。


「私が活躍できるように応援してくれていたんだ?」

「他の子は知らなかったから当たり前だよ、だけどひとりが大活躍したところで勝てはしないから全体の応援もしたけど」

「へへへ、嬉しいなあ」


 少し不機嫌になったように見えたものの、彼女はあくまで楽しそうにしてくれていたから安心できたのだった。




「昨日、あの後ゲーセンとかに行ったりしたんだけどさ」

「うん」


 翌日、午前中に道雄が家にやって来てのんびりとしていた。

 ちなみに千鶴は今日、女の子同士でお出かけしているからここにはいない。

 僕としては楽しんできてくれればいいと思っている。


「やっぱり沙綾と遊びに行けるのはいいわ、向こうがどう感じたのかは分からないけどさ」

「自分だけじゃなくて中瀬さんもそう思ってくれていたらいいね」

「だな」


 千鶴は……楽しそうにしてくれているように見えたけど、それもあくまで想像というか妄想でしかないから過信しないように気をつけなければならなさそうだ。

 あくまでそのときだけはにこにこと楽しそうにしていてくれているだけなこともあるかもしれないからね。


「彼女になってほしいなあ」

「あ、そこまでなの?」

「おう、いい存在だからな」


 確かに千鶴に優しくしてくれるし、僕にも優しくしてくれるからいい人だな。

 うん、僕にも優しくしてくれるというだけでそう。

 だから道雄も千鶴もそうだということになる。

 どっちも関わっている時間が長いというのもあるんだけど、千鶴は家族だし。


「あ、直接誘いに来てほしいって言ってたよ?」

「だよなあ……」

「昨日は緊張とかしなかった?」

「おう、それは大丈夫だった」


 なら百パーセント楽しめたようで結構。

 僕が本気でそういうつもりで女の子を誘ったら緊張しまくり、相手に気を使わせまくりで駄目になりそうだ。

 そんなことが起きる可能性は低いが、ゼロというわけではないからそのようなときがきたら頑張ろうといま決めておいた。


「勝もそろそろ異性と関わりを持たないとな」

「え、中瀬さんと友達だけど」

「沙綾は駄目だ、ちづ以外の異性を探せ」


 そう言われても一方通行じゃ話にならないことだから難しい。

 興味を抱いてくれているらしい子だって僕の中では彼にということになっているから真っ直ぐに向き合えないだろうし。

 また、そんなに必死に探す必要があるのだろうか? という疑問がある。

 何故なら僕はいまでも普通に幸せだからだ。


「千鶴がいてくれればそれでいいよ」

「え、本気で狙ってんのか?」

「いや、そんなことはないけどさ」

「もしちづが好きだと言ってきたら?」


 もし千鶴が好きだと言ってきたらか。

 可能性は限りなく低いだろうけど、その答えは決めてある。


「そのときは受け入れるよ」

「まじか」

「うん、まじ」


 そんなことを言ってきたら、だけど。

 とりあえずお腹が空いたから昼食作りを開始。

 何気にひとりは寂しいから道雄が来てくれてありがたかったりもする。

 ……妹はすぐに遊びに行っちゃうからね。


「はい、ラーメン」

「ありがとよ」

「「いただきます」」


 彼は醤油ラーメン派で、こっちは味噌ラーメン派だ。

 千鶴は塩、中瀬さんは彼と同じで醤油派となっている。

 だからそこだけで判断すれば相性はいいのかもしれない。


「沙綾といてえ……」

「じゃあ誘えば良かったのに」

「いや分かっているだろ?」

「まあね、今日遊びに行っている子達の中には中瀬さんもいるからね」


 消極的すぎてもあれだし積極的すぎてもあれだし、絶妙なラインを見極めるのが難しいところだろう。

 でも、彼なら上手くできると思っている。

 その相手のために真っ直ぐ行動できるいい人間だから。


「でもまあ、沙綾が勝といたがったら邪魔しないからさ、お前も余計なことを気にしないで普通に仲良くしてくれればいいから」

「え、止めないの?」

「沙綾次第だ、沙綾がお前といたがっているのならそうさせるだけだ」


 まあこれもない話じゃない。

 千鶴がきっかけだけど、案外話す頻度は高いから。

 ふたりきりで買い物に出かけたこともある。

 いまから新しい子を探すことよりはそりゃいいかもしれないけどさ。


「でも、本音を言えば勝はちづといてほしいんだよな」

「ごめん、だからって避けたりはしないからね」

「分かってるって、沙綾がいたがったら邪魔しねえよ」


 食器を洗ってくれるということだったから任せておく。

 だけど僕はここで怪しんでおくべきだったんだ。


「よし、尾行するかっ」

「えっ」


 だからだったんだと納得。

 いやまあ、洗い物とかよくしてくれる人間だけどさ。


「お、見つけたな」


 数十分後、僕らは商業施設内にいた。

 千鶴から施設内をぐるぐる見て回ると聞いていたらしく、行くぞ行くぞ行くぞと聞いてくれなかったのだ。

 急遽予定が変わったりする可能性もあるのによくやるよ、というのが正直な感想。


「なんかあそこだけほのぼのとしているな」

「基本的に柔らかい雰囲気の子が多いからじゃない? 千鶴と中瀬さん以外は知らないけど」

「あ、でも、運動部の女子ばかりだぞ?」


 ……そう考えると一気にそうじゃないという気になってくるのは偏見があるからなんだろうなあと内で呟く。

 まあ、楽しそうだからその雰囲気を壊さないためにも帰ろうと道雄に言ってみたのだが、


「ようお前ら」

「あれっ、なんで道くんがここにいるの?」

「なんなら勝もいるぜ」


 彼は一切気にせずに突っ込んで行ってしまった。

 そういうのは勇気とか積極的とは言わない気がするぞ……。


「あ、どうせなら平本くんも行こうよっ」

「そうだよっ、どうせならみんなで楽しくさっ」

「俺は別にいいけど、お前らはいいのか?」

「「「「「私はいいよー」」」」」


 よし、それならこっちは帰ろう。

 平本くんも、とだけ言ったんだし、こちらはお呼びじゃないし。

 ひとりで尾行なんてことはできないからしょうがない。


「沙綾、ちょっと手伝って」

「分かった」


 さーて、家に帰ったらお菓子でも食べようか。

 残念ながら作れないから市販の物になるけど、あれはもう完成されているからこそ発売しているわけだからね。

 簡単な話だ、なにか手を加える必要がないぐらい美味しい。


「沙綾、左腕掴んで」

「了解」


 おっ? と足を止めたらふたりが真横にいた。

 こっちの腕を掴んで「確保完了」なんて言っている。


「なに帰ろうとしているの?」

「え、道雄だけでいいかなって」


 ふたりは良くても他が許容しないかもしれないし。

 居心地の悪い時間を過ごすぐらいなら家にいた方がいいかなと考えて行動していたんだ。


「私は勝くんにいてほしいから残ってください」

「え、それだと空気が読めてない人間になっちゃうけど」

「いいから、沙綾」

「うん、戻ろー」


 まあいいか、金魚のフン状態でいれば。

 結果を言えばそんなことを考える必要はなかった。

 みんな道雄に興味があるだけでこっちになんか意識を向けていなかったからね。

 なんなら、中瀬さんと千鶴のことも忘れてしまったかのような勢いのそれには苦笑しかできなかった。

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