私達は青かった

岸 めぐみ

私達は青かった

 まだ初夏と言えるくらいの季節に、在校生も認めない人がいない程にボロい校舎の角も角、そこの埃っぽい窓に君原が寄りかかって外を眺めている。

 そこの窓の下の壁は塗装が剥がれてるから、夏の制服に衣替えしたばかりでまだ綺麗なそのスカートもチョークみたいな白い汚れがついちゃうよ、そいつはなかなか取れないんだから。そう忠告してやろうと思ったけれど、ふと自分のスカートを見るとその汚れがいつのまにか裾に付いているのに気づいた。それなら自分だけ被害があるのは気に食わないから黙っておこうと知らんふりをした。

「ねえ竹さん。私らって青春って感じのことしてないよねえ」

 君原が窓の向こうを見つめたまま言った。私もそちらを見やると放課後おなじみの、サッカー部の男子達が走り回っていたりどこかの部のマネージャーが一生懸命重い水のボトルを運んでいたりしている、いつもと変わりない風景が見えた。みずみずしい青春って奴だね。

「そりゃあねえ。茶道部なんて文化祭が終わればやることもないし、運動部みたいに目指すような大会も無いし、かと言って学校の近くに下校中に寄って遊べるところもないし。光り輝く青春は期待しちゃあいかんでしょ」

「でもさぁ、なんかああいうのも楽しそうだと思わない?」

 君原が身を乗り出していた上半身を起こして窓から離れた。

 そのスカートには白い汚れがやはり付いているのを見て自分のにもこれくらいついているのだろうと思って、帰宅後の汚れ取りに今からうんざりした。

「確かに楽しそうだけどさ、少なくとも体力と運動神経のカケラもない私らには無理だね」

「そうだけどぉ」

 まだ唇を尖らせて君原が何か言おうとした時、すぐ脇の茶道部室の木の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。

「おっ、誰かいると思ったら竹田とキミちゃんか。早く入りな、部活始めるよ」

 3年生が部活を引退してから部長になった阿部が引き戸の隙間から顔だけ出して私たちを呼んだ。またこいつ、部室でアイドルのフリを踊っていたんだろうな、引き戸の隙間から見えているスカートが皺くちゃだ。

「お、やっとか。今日は何するの?」

「またお手前でしょぉ?」

「茶道部だもん他に何するのさ。あとキミちゃん、めっちゃスカート汚れてるよ、壁に寄りかかった?」

 阿部め、バラしやがったな。畳の上に君原が正座する時自分で気づくのが1番面白かったろうに。君原は慌ててスカートの汚れている所をつまんで叩いているけど、それだけじゃあ取れないのは学校の皆が知っている。それで入学式の日に新品の制服を汚してしまった可哀想な奴もいたっけ。それを思い出してニヤニヤしていると君原に怒られてしまった。

「竹さん、もー知ってたのに黙ってたでしょ!」

「だって私もスカート汚しちゃったから、私だけ汚れてるのは不平等かなぁって」

「なにそれぇ」

 君原がこちらにぷりぷり怒っているから思った通りに答えると意味がわからないという顔をされた。そりゃそうだ、とばっちりだもんな。

「まあまあ、この私のスカートの汚れ具合に免じて許してよ、ね?」

「あ、竹田、腕見てみなよ」

「え?」

 君原にスカートの裾を摘んでほれほれと見せていると引き戸から生えた阿部の生首がそう言う。嫌な予感。

 まさかな、と思いつつも半袖セーラー服の袖から出てる自分の腕をその裏までよく見る。

 あ、少し腕が日焼けしてるかも、帰ったら保湿しないと。

 ちょっと赤くなった気がする腕を見ていると手首から手の甲あたりが白い。触ると粉っぽい感触がした。

「竹さぁん。やっちまいましたねえ?」

「……やっちまいましたねえ」

「あーあ、ドンマイ!早く中に入りなよ、熱い抹茶が待ってるぜ!」

「それで前買ってきたインスタントのコーンポタージュも待ってるんでしょ。今日はちょっと暑いのに」

「ほんとに熱いものばっかりだねえ、でもわたしはコンポタ食べたいかも」

「「マジかよ君原」」

 左手についた粉をはたきながら阿部が引っ込んだ引き戸に振り返ると、それまで自然と目を細めてしまうほどに廊下に刺していた光が目に入らなくなった。

 コーンポタージュの準備のためか、いそいそと部屋に入っていく君原の後に続くと、窓から刺す眩しい太陽の光はだんだん届かなくなっていき、しまいには引き戸のあたりでは外と比べると少し薄暗く感じた。

 そして引き戸を閉めれば完全に窓からの光は差し込まない。

 私達には青春は無かった。



 それから2年後、君原や阿部との繋がりはほぼSNSだけ。このご時世、たまに会って話せば彼女らの大学での単位の話や大学での友達の話。

まるでそれまでの出来事が無くなっていくかのように彼女らとの話の中で語られることは少なくなっていった。

 今彼女らのしている話だって、よほどコーンポタージュの話なんかより重要さで言えば比率は現在のこの話の方が大きいはずなのに、そのくだらない話よりも彩度が低く感じる。

 私達に青春が無かったんじゃない。それが青春であるということに気づかなかっただけ。

 私達はちゃんと青かった。灰色になったから分かること。



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私達は青かった 岸 めぐみ @shiawaseninaare

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