第33話


 弘子は丸一日、姿を現さなかった。そして突然、見知らぬ男を連れて現れた。なんとも不気味な様相をした男だ。慣れたとは言え、急に現れるとさらに心臓に悪い。

「ごめんね。探すのに手間取っちゃって」と、すまなそうに謝った。その間、私は小学校から離れられなかったからだ。

「いいけど、そちらは?」と、不気味な男に目を向けた。何故か顔の輪郭さえはっきりとしない。その上、異様に暗い感じがした。まるでその人物の周りだけが光が差し込まないかのようだ。

「そうそう。私の先輩ね」

「先輩って先人の死者ってこと?」

「話したでしょ。ここでのことを教えに来たって」

「ちょっと待って。それって悪霊じゃなかった?」

「そうよ」弘子は平然と顔で答えた。一体何が問題なの?とでも言いたそうな顔つきである。

「それってやばくないの?」

「最初に迎えに来る人が悪霊だと、行先は喜べないところだけど、何も取って食うわけじゃないわよ」

「そう……なんだ」

「よろしくヒーローさん」と、男は声にならないような囁きを発した。

「あっ。よろしくおねがいします」丁寧な挨拶に少し驚いた。

「安心してください。今、彼をどうにかするつもりはありません」小さな囁きだが、その声ははっきりと頭に届いた。

「そうですか。安心しました」見た目は別として、丁寧な口調であり、一応は安心出来そうに思えた。すると、

「まぁ、唾は付けておきますけどね」と、男はにやりと笑った。

「と、と、とにかく、よろしく頼みます」やっぱり怖い。

「それじゃ、彼が見張ってくれるから、私たちは戻りましょう」と、弘子は平気な様子で言った。まぁ弘子にしてみれば、ここに残ったときに色々と教えてもらったのだから、恐怖も感じないだろう。それよりも、犯行を未然に防ぐためには彼に頼るしかないようだ。

「大丈夫なのかい?彼で」

「大丈夫よ、悪霊と言っても、寿命をどうにかできるわけではないから」

「え?そうなんだ。呪い殺すとかするのかと思ってた」

「そんなことしないわよ。ただ、人間の心理を操作して寿命を縮めることは出来なくはないわ」

「それって、問題じゃないか」

「しっかりと、この世で罪を償わせるから、余計なことはしないようにと言ってあるから」

「好き勝手やらせたらそれもあり得るのか?」

「彼がどう思うかによるわね。大したことはないと彼が思えば、仮に好き勝手にさせても害は及ぼさないわ。でも、彼がすぐにでも連れて行くと判断したら、強引に自殺でもさせるかもね」と弘子は笑った。さすがに幽霊である。こんなこともシビアに言えるのだ。エイリアンの方がマシかも知れない。否、自分も魂の存在になったときにはどうなるかなど分かりはしない。もっと恐ろしいことを平然と成すかも知れないのだ。弘子を責めることは出来ないだろう。  

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