第32話

「一度でいい。頼む」と、豊中は深々と頭を下げた。

「しかし、さっきも言った通りに、この手の問題には……」私は虐めの現場に出くわしたことを聞かせたが、豊中の気持ちは少しも変わらなかった。

「そこを何とか頼む。君が介入していると知れるだけで、抑止力になるはずだ」

確かに、黙って見てられる問題ではない。児童へのわいせつ事件は、世間でも多くのニュースが流れている。しかも今回は、教員による犯行だということのようだ。信頼すべき教師からそんな扱いを受ければ、より一層深い傷を受けるのは明白だ。しかも校内と言う場所柄、同級生や友達に知られたくないとの思いから、口を閉ざす被害者がほとんどだと言う。豊中の後輩の息子が通う小学校で、たまたまそんな噂を聞いたそうだ。子供の噂だけであり、確かな情報とは言えないが、弘子が心に触れれば隠せるものではない。勿論、豊中には弘子の存在は知らせていない。幽霊など、エイリアン以上に信じられないだろうとの、弘子の助言によるものだ。

「校内に監視カメラでも設置しまくればいいのでは?」

「教師にカメラの位置を知らせないわけにはいかないだろう。そうなれば、死角や未設置の場で犯行に及ぶ事になる。下手をしたら校外で犯行に及ぶかもしれない。その場合、最悪の結果に繋がる予感がする」豊中は、私の安易な発想にも確固たる持論を展開した。豊中の言う『最悪の結果』とは。彼曰く、校外と言う開けた場所では、犯行の隠蔽が優先になると言うのだ。優先になると言うことは、人命が二の次になる可能性が高くなることを示す。豊中の懸念はまさにそこにあった。よく『指導の一環だ』とか『熱心過ぎた』などで誤魔化す輩がいるが、校外ではそれが通じない。それが最悪の結果に繋がると言うのだ。私は熱のこもった豊中の言葉に納得せざるを得なかった。

「わかった。まずは調べてみる。本当ならば、捕まえてやるさ」と言うと、

「ありがとう。ありがとう」と、豊中は何度も礼を述べた。

豊中を分かれた後、弘子が口を開いた。

「彼の娘さん。小さいときに同じような被害を受けたみたい」私は豊中が必死だった理由を理解した。彼もまた被害者なのだ。自分も決して品行方正とは言えないが、地球人もかなりの下等生物なのだろう。男と女しかいないのだから、異性に興味を持つのは当然だろう。違うからこそ知りたいとの思いも理解はできる。しかし、強制性が少しでもあればそれは許せる行為ではない。野放しのままでは高等生物にはなれない。私みたいに聞き耳を立てるくらいで我慢すべきだ。と思っていると、

「また変な事考えて!」と弘子に怒られた。

「でも、その通りだと思う。自分だけで好き勝手に想像する分には構わないけど、他人の意思を無視したらダメよね」

「そうそう、聞いてるだけなら誰の迷惑にもならない」

「まぁ、微妙だけど許してあげる」と弘子笑った。屈託なく笑う弘子に、私はずっと疑問に思っていたことがある。

「なんでそばに居てくれるんだい?こんなおっさんなのに」

「外見じゃない!と言うのもあるけど、だって、もしもよ、もしも貴方達の寿命が二百才だったらどう?それならばまだまだ若いと言えるんじゃない?」

「そうか。地球人の寿命が当てはまらないかも知れないんだな」

「そうよ、現に、ちゃんと能力やパワーが備わってからは、逆に若返ったじゃないの。きっと、本来の姿に戻りつつあるのよ」

「うーん。情報カプセルにはそんなことは言及されてなかったからな」

「地球年齢で六十だとしても、貴方の星では三十位かも知れないじゃない」

「というけど、結局は外見じゃないか」と、ちょっと不貞腐れてみると、

「そう怒らないで。勿論、心も大事よ。そこは私の専売特許だから」そうなのだ。弘子に隠し事は出来ない。心のうちはすべて見透かされる。だからこそ、信じられるのだ。話をしている間に、豊中に教えられた小学校へと着いた。

「おっと、ここだな」放課後の小学校からは、子供たちの歓声が聞こえている。多くの生徒が校庭で遊んでいるのだろう。楽しそうな歓声から隠れるように、校内のどこかで犯行に及んでいるとしたら、やはり許せることはできない。そして預かった写真を弘子に見せた。見せる必要はないのだが……。

「わかった。ちょっと探ってくるね」と、弘子はすーっと姿を消した。私も目立つわけにはいかない。校門近くにあった葉の茂った立派な木に駆け上り、生徒からも見られぬように姿を隠した。「バイバイ」と数人が校門から出てきた。その表情からは、校内で行われている行為には、まったく気が付いていないようだ。本当に行われているのならば、犯行を重ねる教師は相当慎重なのだろう。そんな無邪気な子供たちを見送っていると、弘子が戻って来た。その顔からは暗い感情しか読み取れなかった。

「居たわ。今は答案の採点中だった。でも、心の中では次の犯行を模索してたわ」

「事実だったんだね」

「ええ。間違いないわ。同時に過去の行為を思い出してニタニタ笑ってたの」

「最低だな」

「ほんとに気持ち悪い!」弘子は本気で怒っていた。弘子の喜怒哀楽はすぐに顔に出る。出るからこそ、嘘ではないと信じられる。

「でもどうするか……」捕まえるにしても、犯行に及ぶのを待つしかない。しかも、弘子の話では想像通り慎重らしく、細かく計画を練っていたらしい。そうなると、いつ行動に起こすか予想が立たない。現場を押さえない限り、嘘や偽りで逃げ通すはずだ。法治国家である以上、崩すことのできない証拠が必要なのだ。だからと言って、ずっと張り込んでいるわけにも行かない。卑劣な犯罪であり許せるものではないが、他にも犯罪は起きる。生命を脅かす事故も起きる。それらを放っておくわけにいかないのが現実だ。考えこむ私の心に触れ、弘子が言った。

「いいわ。応援を呼んでくる」そして、制止も聞かずに姿を消した。

「応援って誰を?」と呟いたが、コスチューム作りの時にも大勢が集まってくれたこともあり、想像以上の人物を連れてくるのではとの期待も高まった。

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