第31話
「ねえ、弘子はずっとこの世界に留まるの?」高層ビルの屋上は、風も穏やかで心地よかった。ここは遠くの声を聴き分けるのにも丁度いい場所だ。
「さぁ、どうかしら。前は追い返されたけどね」眼下の街の明かりに目を落としながら弘子は答えた。風になびく髪が顔を隠し、表情は読み取れない。
「それは聞いた。でも、一緒に沢山の人を助けたのも確かだろ?」
「そうだけど、こればかりは私にも予想がつかないわ」
「本来の場所に行くには、どうしたらいいんだい?」
「入り口に行けば結果は分かるはず」
「結果?」
「そうよ、受けれてくれるかどうかね」
「それっていつでもいいのかい?」
「その気があれば、いつでも向かうことはできるわ。でも、何度も言うけど、受け入れてもらえなければ、引き返すしかないのよ」
「門前払いってことか」
「そうなるわね。誰が決めているのかは知らないけどね。でも、いきなりどうしたの?」弘子は髪を抑え、私に視線を向けた。
「そのことで聞きたいことがあるんだ」
「知ってることなら話すわよ」
「例えば、横断歩道で撥ねられて、死んだ人がいるとしよう。その人は迎えが来ても行くことを拒み、その後の教育係も拒否したらどうなる?」
「考えられるのは、本人が死んだことを認識してないことかしら。だから誰が来ても『何を言ってるんだ』と取り合わないんでしょうね」
「地縛霊って聞くけど、それもそうだろ?何故、その場に縛られるんだろうか」
「横断中に撥ねられたとして、その人の目的は道を渡るということでしょ。でも、途中で撥ねられてしまった場合、途中までの行動しかできないんだと思う。撥ねられた場所から渡り切るまでを経験できなかったから、そのあと、どうすればいいのかわからないのでしょう。結局は渡りだす前に引き戻され、何度も渡る行動を繰り返すんだと思うわ。言い換えれば、渡りきることができれば成仏できるのかもね」
「先の行動を理解できないから、同じ行動を繰り返してるってことだよね?」
「そうね。可哀相だけど」
「確かに可哀相だよね。そう言う人を弘子が導けないか?」
「え?私が?」弘子は心底驚いたように声を上げた。
「そう。弘子ならばできると思うんだけどな」
「無理よ。だってお迎えが来ても拒んだ人たちよ」
「うん。でも、一緒に沢山の人を救ってきた弘子ならばできると思うんだ」
「でも……」と言葉を濁す弘子には自信がなかった。
「人間相手にできるんだから、同じ仲間としてなら簡単じゃないかな」
「でもなんで、私にさせるの?」
「居るべき場所の扉を開くための点数稼ぎかな?」コスチューム作りを手伝ってくれた友人たちは、皆、本来居るべき場所へと向かった。だから、弘子にも居るべき場所に行ってほしかった。人間にも幽霊にも居場所は必要なはずだ。
「私に、いなくなってほしいの?」一瞬、弘子の顔が恐ろしく変化した。
「違うよ。私が居なくなった後の事を考えてるんだ」
「やだ。どこか調子でも悪いの?」
「そんなわけではないけれど、自分の寿命とかは、全く予想できないから」もしも私が居なくなったとて、一人きりになる弘子が心配だったのである。
「そっか。ありがとう。でも、そうなったらそうなったときに考えるわ。今は二人で精一杯生きましょう。あっ。私は生きてないけどね」と、弘子は自分の発言に対して恥ずかしそうに笑った。
「うん、でも、忘れないでほしい。弘子には幸せになってほしいんだ。例えどんな場所にいるとしてもね」弘子は何も言わなかった。けれども、弘子の気持ちは嫌と言うほど伝わった。弘子だって本当は寂しいのだと。いつかは旅立ちたいと思っているのだと。
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