第27話
ヒーローとしても用途は広い。犯罪だけではなく、事故なども出番である。一刻も早く助け出し、病院に担ぎ込む状態の怪我人もいるからだ。その日も街を巡回中だった。かすかに聞こえた声は、今にも消え入りそうなほど弱かったが、それがかえって私の心を動かした。
「行ってみよう」
「うん」弘子はそれ以上何も言わない。弘子も私を信じてくれているのだ。
声の発信元は首都高湾岸線の大井付近だった。車三台の事故で、若い男性が潰れた車体に閉じ込められていた。ひしゃげたドアを、私は難なく引き剝がした。両足が潰れた車体に挟まり、身動きできずにいたのだ。当然のこと、私には何の問題もない。やすやすと潰れた個所を正し、彼を救った。すると
「こっちも」と弘子の声がした。声の方へ向かうと、年配の女性が車内に取り残されていた。同じようにドアを取り払ったが、そこで弘子が叫んだ。
「ダメ、そのままにしておいて」と。
「どうしたの?」
「かなりの内出血を起こしてるわ。胸のところで」
「じゃあ、早く救った方が」
「ううん、ダメよ。ハンドルで固定されてるから出血も抑えられているけど、助け出したら一気に出血するわ」
「じゃあ、どうしたら?」
「救急車が来るまで待ちましょう」弘子の言葉には正直驚いた。直ぐに去るつもりだったからだ。立場上、他人との接点が危険に思っていたからだ。警察官や救急隊員と合同で救助などとは考えてもいなかったのである。しかし、人命を優先すればそれは無理なのだ。弘子が言うのだから、真実であり嘘ではない。恐らく、意識のない女性の体を、弘子がくまなく調べた結果なのだろう。すでにサイレンの音も近くまで迫っていた。もう一台の車は小型のトラックで、運転手は既に車から出ており、道路の脇でガタガタと震えながら座っていた。二次災害を防ぐためにも、遠くから発煙筒を設置していった。過行く車からは声援が送られたが、私の中にはもどかしさが残った。医学も少しは勉強すべきなのだろうか。助けるにもある程度の知識がないと間違いも起こりえるようだ。救急隊員が駆け付け、私は状況を説明した。隊員はすぐに理解したようで、丁寧に礼を述べてくれた。そして、隊員の合図を待って女性を助け出した。すぐに応急処置がなされ、病院へと運ばれて行ったが、気持ちは晴れなかった。
「いいじゃない。助かったんだから」弘子には隠し事は出来ない。
「そうなんだけどね」
「大丈夫よ、ずっと一緒だから」と、弘子は優しい眼差しで私を見ていた。私はなぜか涙を流していた。弘子が居てくれて良かった。 弘子の言葉が無ければ、助けたつもりが命を奪う結果になっていたかもしれないのだ。そう思うと、涙が止まらなかった。もしもあの時、弘子と出会わなかったらと思うと、全身が凍りつくような恐怖さえ感じる。警察官も到着し、状況報告もそこそこに私たちは現場を離れた。そんな弘子と一度だけ、キスを交わしたことがあった。私のたっての願いだったが、もちろん幽霊とはキスはできない。人間に弘子が乗り移り、キスを交わしたのだ。しかし、弘子の体力はかなり消耗するようだ。赤ん坊に憑依した時とは違い、はっきりとした意思を持つ大人に憑依するのは大変なようだ。それ以来、無理強いはしていない。心が繋がっていればそれで十分だ。ただ、私はそれを確かめたかっただけなのだろう。 いつまで経っても人間の感覚は抜けないようだ。それは人間という種族の弱さでもあるのだろう。もしかしたら、その点でも地球人とは似ていたのかも知れない。
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