第26話

 それからの作業は、みんなの協力も得て急ピッチで進められた。出来上がり品もデッサン通りの出来栄えになり、弘子も喜んでいた。一番喜んだのは、もちろんこの私だ。晴れてヒーローになれると確信できたのだ。制作に参加してくれた客人は、完成とともに一人また一人と、本来いるべき所へ旅立っていった。二度と会うこともないだろうが、彼らとの思い出はしっかりと魂に刻み込まれた。だが、弘子一人は、私の生涯が閉じるまで、一緒にいると言ってくれた。私の人生で一番幸せな時期だったのは言うまでもない。この頃から、私は古い記憶を思い出すようになっていた。あの日、本当の自分と出会うまでは、完全に忘れられていた記憶だ。記憶の中での私は、普通の子供のように笑い、泣き、そして生を謳歌していた。そして両親の優しさに包まれていたことを思い出してもいた。そのこともあり、恒例となっていた母の家へは足が向けられなかった。当然のように老け行く母に、若返った自分を見せれらなかったのだ。地球の母も、紛れもなく私の母なのだ。

私のヒーローネームは「ヒートマン」に決まった。胸の(H)と、火を吐く能力から付けられたものだ。名づけ親はかつて私をけなした、あの嫌なニュースキャスターだった。私の活躍は、皆には一人に見えただろうが、常に弘子が寄り添い、適度な助言を与えてくれたお陰だった。弘子は、対峙した犯人の心を巧みに読み取り、次の行動を私に教えた。その為、常に犯人よりも先に行動ができ、専制パンチを見舞うことができたのだ。私たちはコンビだ。決して離れることのない最強のコンビだ。 飛行術は相変わらず五十センチだが、思った以上に速さは増した。例の客人たちが、必死に考え、航空力学の教授まで連れてきて出した答えが、今のコスチュームに活かされていた。空気抵抗を二次動力として活用できる装置を考えついたのだ。私には到底理解できない構造だが、お陰で今では、最高時速百キロは余裕だ。ただし、故障したら直せないだろう。それだけが心配だ。その上、走る速度は音速を遥かに越えた。ただし、よほどのことが無い限り、徐行飛行に務めた。何せ五十センチのため、速度を出すと電信柱にぶつかったり、郵便ポストに激突したり、と散々な目に遭ったからだ。もしも、小さな子供に激突したら、と思うと、おのずと速度は抑えられた。食事などによる身体的変化も、ほぼすべてを把握できていた。使い処さえ間違えなければ、お酒だって武器の一つとなる。マスクが出来上がったお陰だ。

今では、四六時中、街を巡回している。弘子が毎月ある程度のお金を、確実に持ってくるからだ。引っ越そうとも考えたが、越したことにより、弘子との接点が切れるのではないかと恐れた末、今もあのアパートに住んでいる。不動産屋の親父も、今では安心したのか、連絡もしてこなくなった。

そんなある日、あの商店街で火事が起きた。例の食料品の店だ。住居である二階からの出火だったが、消防の放水のおかげで店舗も壊滅的な打撃を受けた。住人たちはいち早く脱出し怪我もなかったが、店主の親父はかなり落ち込んでいた。私と弘子はいち早く駆け付け、その火事を見守っていたが、

「出る幕はなさそうね」と弘子は呟いた。

「出る幕が無くてよかった」いつでも出陣できるように、衣装だけは着込んでいた。

「そうね。本当は、あなたの出番などない方がいいのは分かってる。でも、どこかで犯罪は必ず起きてるわ」弘子の言葉は、自分を殺めた男の事を言ってるのかと思えた。その彼は弘子によって復讐されていたが、公には犯罪者ですらない。弘子の死は自殺と片付けられたのだ。弘子と同じような境遇の人は少なからず存在する。問題は、助けを求める余裕すらない場合だ。当然のこと、命を脅かすような犯罪が優先だが、それ以外でも気を付ける必要がありそうだ。例えば、ストーカー被害を軽く見ていた結果、取り返しのつかない事件に発展してしまう場合がある。警察に届けていたにも関わらずだ。警察としても物的証拠などない場合、下手に動いて『人権が』などと叫ばれても困るからだろう。子供への虐待にしても同じだ。児童相談所に報告が上がっていたにも関わらず、最悪の事態に発展する場合もある。そこで私は考えた。それらを事前に知る必要があるのでは?と。警察や児童相談所などに、知り合いを作るべきなのだろうか。事前に危険人物を把握しておいた方が良いのだろうか。考えてみれば、ウルトラマンには化学特捜隊、バットマンにも刑事、スーパーマンには新聞社、と言うように情報提供先が存在する。私にもそれら同様に、情報機関が必要に思えたのだ。

「やっぱり警視庁かな?」

「日本の警察は優秀とは言うけどね」と、答える弘子の言い方が、少々皮肉っぽく聞こえたことは黙っていよう。

「そうだとしても、誰を選ぶか。だよね」こちらの素性を明かさないとしても、情報を貰う以上、ある程度の譲歩は必要になってくるだろう。

「考えたくはないけれど、映画のような汚職警官だって居るかも」非現実的な話だが、弘子とが言うと真実味を帯びるから不思議だ。

「突飛な発想だけど、悪徳警官くらいはいるだろうね」そうは言っても、警察官の悪事が報道されているのも確かだ。まぁ、警察官だけではなく、政治家や教師など、本来は尊敬されるべき人物も、蓋を開ければただの人だと言う現実世界の報道も多い。

「その件は、私に任せてくれない?」

「何か案があるのかい?」

「ちょっとね」と弘子は笑った。その顔はすでに何かを思い付いた顔だ。弘子に任せておけば問題はないだろう。幽霊と言う存在の弘子には、嘘も誤魔化しも必要ですらない。見栄も飾りも完全に不要なものだ。唯一あるのは本心だけ。

それが幽霊と言う存在であり、心から信頼できる要素でもある。そんな幽霊である弘子は、ヒーローと言う私にとっても最高の相棒である。

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