第22話

 その日の午後、私たち?は買い物に出た。やはりミシンは必要らしい。しかも厚手も縫える業務用のミシンだ。それから、ベースの生地。実際に手で触り、伸縮性を確かめた方がいいと言うのだ。夕子の案内で、生地の問屋街へと足を運んだ。夕子もなかなかの美人。両手に花の気分で、私の心は浮き立った。だが、道行く人には、変なおっさんが一人でニタニタ笑っているようにしか見えない。残念だ。自慢出来たのに……。

「余計なこと考えない」弘子に腕をつねられた。夕子には読心術もないらしく、私の上げた小さな悲鳴に振り向き、きょとんとした目で見ていた。

「ここよ」問屋街の中心地あたりで、夕子は一軒の店にスーッと入って行った。おっと、気をつけないと私はドアを通り抜けられない。壊してしまうだけだ。

夕子の話では、かなり特殊な生地まで揃い、コスプレヤーや映画関係者も仕入れに来るそうだ。夕子のお勧めはメリヤス生地。伸縮性に秀でて身体にフィットするそうだ。確かに引っ張るとよく伸びる。問題はその他のパーツ部分である。胸当てや目の周り、黄色のライン。夕子の話では、フォームラテックスと言う素材が良いらしい。これは、実際に映画のスパイダーマンにも使用されているそうだ。あの、網目部分である。ただ、素人が簡単に加工できるものではない。しかも、映画と違って秘密裏に制作するとなれば、なおさら困難だった。専門の業者に発注できないからだ。『ヒーローのコスチュームお願いします』

などと発注して、実際にニュースにでも出るようなことになれば、大問題だ。身元がバレル……。コスプレのように個人の楽しみだけならば問題はないのだろうが、活躍如何によっては、公になることを想定しなければならない。

その解決策は、弘子が考えることになった。とりあえず衣装五着分のメリヤスを買い込み、その店を出た。もちろん色は黒である。この店の特徴は、色の豊富さでもあったが、迷うことはなかった。何故、五着分かといえば、制作には失敗もあるからとの返答だった。それと完成後の着替え用である。汗臭いコスチュームを着続けるのは嫌でしょ?と言われ、素直に納得した。そのあとミシンも買ったが、もちろん配達だ。とても持ち帰れる代物ではなかった。本当は軽々持てたが、通行人にどんな目で見られるか、想像しなくても分かったからだ。余計な寄り道はせずにアパートに戻ると、早速私の採寸が始まった。身体を五つのパーツに分けて作り、最終的に縫い合わせるのが最良だと、夕子は言った。しかし、見れば見るほど不思議な光景だ、幽霊二人がエイリアンの回りで楽しそうに採寸しているのだ。それも自らの好意で……。

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