第19話
新居での一夜目、寒気を感じ夜中に目が覚めた。引越し疲れもあるのだろうか、早めに床に着いたが、荷物は散乱したままカーテンすら取り付けていなかった。きっと隙間風だろうと、私は、布団を被って眠りに着いた。
その後は目が覚めることもなく、翌朝は気分よく目が覚めた。やはりホテルとは違う。長くホテル住まいをした事のある人ならば、気がつくはずだ。ホテルは何故か監視されているような気分になる。歩くのにも気を使い、テレビの音量にも気を使う。気になりだすと、空調の音にさえ神経を向けてしまう。そのような事からも、心から落ち着けないのが本心だ。しかも、親父の言うような、怪奇現象?などもなかった。
私は朝から風呂に入ることにした。昨夜はシャワーも浴びなかったからだ。
建物自体は頑丈な作りの為、周囲の音は聞こえてこない。勿論、耳を澄ませば私には全て聞こえるが、朝から風呂に入っても、周囲の迷惑にはならないと言う事だ。その点でも私はここが気に入った。遅くまで人助けをしても、隣近所に気兼ねなく風呂に入れるからだ。お茶を飲む間に、風呂は出来上がった。
以前の私は、朝、コーヒーを飲んでいたが、ほうじ茶に代えた。どうもコーヒーも能力に関係するらしい。今のところは、人間に対しての刺激物(香辛料やコーヒー、酒)は、エイリアンの私にとっても刺激物らしい。反応は異常なほど敏感でまちまちだが……。出来るだけ摂取しないほうが懸命に思えた。お茶を飲むのは、入浴前の適度な水分補給は美容にも良いらしい、と雑誌で見たからだ。汗の出がよくなり、毛穴から老廃物を押し出す効果が増すそうだ。
ヒーローとして活躍するためにも、綺麗でいたい。洗面所の鏡に裸の自分を映し、色々調べた。強盗のときの傷は跡形もなくふさがり、肌の血色も良く見えた。錯覚かも知れないが、顔のニキビ跡も完全に見えなくなったように思えた。
腕の筋肉は盛り上がり始め、胸板も厚くなったように感じる。残るは出っ張った腹のみだ。能力の鍛錬とともに、腹筋にも力を注ぐ必要があるようだ。
色々なポーズをとって、鏡に映してみた。その時、私の後ろを黒い影が横切った。いや、そう鏡に映った。振り返り見回したが、誰もいない。考えてみればカフェインが入っている以上お茶も刺激物?かも知れない。錯覚だろうと結論付けて風呂に飛び込んだ。いい湯だ。気持ちがいい。と、思ったが、そうではなかった。異様な雰囲気に風呂場全体が包まれ、ひどい寒気を感じていた。湯船につかりながらも寒いのだ。お湯は湯気を立てるほど暖かいのに……。
その時、ふと背後に人の気配を感じ振り向いた。そこには、長い黒髪の女?がいた。垂れ下がった髪の毛のため、顔は見えないが、一緒に湯船に浸かっていたのだ。出た。親父の言うとおり出たのだ。私は凍りついたように動けなかった。やがて湯の中から、青白い手が伸び、私を引きずり込もうとした。ところが、私の力は今では人間の数倍はあるだろうか。青白い手は必死に引きずり込もうとしていたが、私はびくともしなかった。
既に恐怖心はなく、そんな必死な幽霊が可笑しくなった。その幽霊?が顔を上げると、まだ若い女だと分かったが、悲しい目をして私を見ていた。私は話しかけた。
「お嬢さん、無駄ですよ」
すると女の顔は見る見る恐ろしい形相に変わり、今度は両手で強引に引きずり込もうとした。だが、それでも私はビクともしない。息切れする幽霊を見たことがあるだろうか。このとき私ははっきりと見た。肩で息をする幽霊を……。
「何でなのよ」
弱音を吐く幽霊もたった今見た。幽霊は困ったように首を振り、いやいやを繰り返した。駄々をこねる幽霊。滑稽だ。
「私は人間ではないからだよ」
私の答えに幽霊は心底驚いた様子だ。幽霊を脅かすエイリアン。面白い映画になりそうだ。
「ごめんね」
何故、謝ったか自分でも分からない。おそらく不憫に思ったのだろう。しかし、相手も流石の幽霊だ。今度は興味を持ち始めた。
「えーっ、どこの星なの」
恐ろしかった形相はかわいい女の子に変わり、目を輝かせて話し始めた。
「よくわかんない」私はことの経緯をかいつまんで話した。
「じゃあ、修行中な訳ね」
「そう、話したとおり、始めたのが遅すぎたのでね、必死な状態だよ」
「私も、幽霊の修行中は大変だったわ。初めは何も出来ないの。物を動かしたり電気を消したりするまで、結構な時間が必要だったわ。でも、未練の度合いが強かったのかしら、他より上達が早いって褒められたわ」
「褒められたって、誰に?」
「勿論、先輩諸氏よ」
「先に死んだ人かい?」
「そうよ。まずは、死んだ人のところに迎えに来るの。でも、その時に行くことを拒むと、別の霊が幽霊の心得を教えてくれるわ。悪霊だけど、ここでどう過ごすかね」
「結構、親切だね。私には先輩すらいないし、伝授してくれる人もいないから大変だよ。でも毎日が新たな発見の連続で楽しいけど」
「私も、宇宙人など信じてなかったけど、不思議なものね。死んでからのほうが、色々発見があるのよ、結構楽しいわ」
「君の場合……。ごめん名前は?」
「弘子。だったわ」
「偶然!僕は弘」
弘子は驚いたようだったが、やがて二人は手を取り合って笑っていた。
朝から風呂場で、幽霊とエイリアンが手を取り合い笑う。誰も想像すらしないことだろう。私でさえ考えも及ばなかった。それから湯船に浸かり長いこと話を続けて、弘子とはすっかりと打ち解けたのだ。
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