第18話
「やあ、いらっしゃい。昨日は駄目だったみたいだね」
その親父は私を覚えていた。昨日の今日だから忘れもしないと思うが。
しかも二度目の来店とあって、かなり親身に探してくれた。そして、いい物件を見つけ出してくれた。家賃は四万三千円。敷金一、礼金一。バス、トイレ別のワンルーム。しかも作りはかなリ広そうだった。
申し分ない。場所も決して遠くはなく、人気の街や都心の繁華街にも近かった。直ぐに見られると言うので、私は同行することにした。自社物件らしい。親父は留守を奥さんらしい年配の女性に頼み、表の道路まで車を持ってきた。しかし、親父はどこか落ち着きなく見えた。
「三十分ほどです」
そう言うと、アクセルを噴かした。かなりガタがきている車だったが、走行には支障がなかった。ただ、排気ガスは真っ黒だ。不完全燃焼を起こしているのは、紛れもない。その手の車に乗っていると、周囲の目を気にしてしまうが、親父は気にも留めてないようだった。
しばらく走り、車は国道から脇道に入り、狭い路地をゆっくりと進んでいった。商店住宅地とでも言うのか、自宅兼商店の建物がその路地には並んでいた。電気店から床屋、駄菓子屋もある。どことなく子供の頃に戻ったような気になった。その商店街を抜け、坂道を登りきったところにそのアパートはあった。
蔓で覆われた建物は、それ自体が巨大な植物に見えた。その中にも、西洋文化の香りが漂っていた。壁の所々から顔を覗かす女神?の彫刻や、ライオンか何かの獣の顔のレリーフ。入り口にはどっしりと構えた石柱までもが確認できた。そこらのアパートなどとは別格の造りで、私はそれだけでも気に入った。
「昔は、どこかの国の、軍人宿舎だったそうです。作りはお洒落ですが、かなり古い建物です。ですが内装は綺麗に直してあります」
その部屋は二階の隅にあった。部屋に入ると少し寒い気がしたが、畳が敷かれ風呂も現代風だった。その上、嬉しいことに追い炊きも付いており、光熱費の節約にもなりそうだ。日当たりは西向きのため、あまり良いとは言えないが、部屋の広さも十分にあり私は気に入った。ところが、いざ契約したいと申し出たとき、親父の顔つきが大きく変わった。
「一ついいですか」
なんだ、何か問題でもあるのか?実は敷金が二つです。なんて?。
「気に入っていただけたから、話しますが、昔ここで、若い女性が自殺しました」おいおい、何をいまさらと、思ったが。別段気にすることはなかった。
例え事故物件だとしても、幽霊が出るわけではない。出たとしても、私はヒーローだ。ちょいちょいとやっつけてやる。
「話では、出るみたいです」その言葉から、親父に落ち着きがなかった理由が読み取れた。自社物件にも関わらず、最初に勧めなかった理由もこれのようだ。
「本当ですか?」私は少々驚いた。
「中には気にしない人もいるので、たまに連れて来ます。気に入って入居していただいても、たいていは一週間と持ちません。貴方はどうですか?」と、覗き見るような視線を送って来た。
「どうですかって、言われても、実際見た訳でもないし……」
私は困った。幽霊など信じなかったが、いざ自分がエイリアンだと分かった時、何でも信じられるようになったのも事実だ。しかし、自分には特別な能力が備わっている。幽霊の一人や二人どうって事はない。第一に、人間の幽霊が、エイリアンを脅かすなど、聞いた試しもなかった。しかも、親父は礼金も要らないと言い出した。これはもう、借りるしかない。店舗に戻り、私は契約を交わした。そして急いで引越しの準備に取り掛かった。前のアパートには、今では報道陣もいなくなり、横付けしたレンタルトラックに、私は手当たり次第に詰め込んだ。電気会社にガス会社、電話会社など全て連絡し、滞りなく転居は終了した。ホテル住まいとも、これでおさらばだ。電話の転居も予想以上に早く済んだ。今では携帯に押され、固定電話の普及率が極端に下がり、電話会社ではサービス向上に躍起になっているようだ。面接した会社にも新しい連絡先を届けた。
後は……。あっ、焼鳥店……。忘れていた。あの青年から教えてもらうつもりだったが、新居から店まで遠くなってしまった。仕方なく別の手段を考えるほかなさそうだ。
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