第16話
さて困った。昼食は何にするか?昨日のような失敗は許されない。
ラーメンとも思ったが、味噌や醤油が悪ければどうする?麺そのものにも疑問が残った。簡単に牛丼とも考えたが、肉が悪ければどうする?定食屋の焼き魚。魚が悪ければどうする?堂々巡りに悩んだ挙句に、最終的には昼食抜きと結論を出した。食べなければ、大きな問題は起こらないだろうと考えたのだ。その間、私は本屋に向かった。今日はコミックのコーナーに向かい、それとなくヒーローのコスチュームを比較しようと考えた。レジの女の子が心配だったが、今日はいない。髪がちりちりでは無理からぬことだが……。立ち読みしながら比較して、私なりに気づいたことがある。
アメリカンコミックのヒーローのほうが、日本版ヒーローより現実的だ。日本のヒーローは容姿が突飛過ぎた。しかも、機械的であり改造的でもあり合体ものが多い。単体も少ない。ウルトラマンなどは家族勢ぞろいだ。アメリカンコミックでもチームはあるが、あくまでも興行を考えた特別チームだ。
しかし、日米どのコスチュームも、身体にぴったりしたものが殆どだった。
中年腹の私には、とても着られるはずがない。何か身体前面を隠すようなものが必要に思えた。野球のキャッチャーのプロテクターなど良さそうだ。勿論あのままだとヒーローとは呼ばれない。見出しも
(野球帰りのおっさん、女性を助ける)
になりそうだ。ヒーローらしく飾る必要がある。マスクはどうだろうか?
スーパーマンみたいに顔丸出しにするか、スパイダーマンみたいにすべて隠すか、あるいは、バッドマンみたいに半分隠すか。丸出しは無理そうだ。そんな自慢の出来る顔ではない。今ではありふれたおっさん顔だ。
(普通のおっさん、いかれた衣装で女性を助ける)
になる。いかれた衣装でなくとも、寝巻き姿でさえテレビで馬鹿にされる。
どんなネーミングにされるやら、である。そんなことを考えていると、無性に今朝のニュースキャスターがムカついて来た。人権損害で文句を言おうか……。
無理だ。私は人ではない。はっきり言えばエイリアンだ。エイリアンに人権尊重は当てはまらないだろう。
中年太りのエイリアン。聞いたこともない。そんなことを考えているうちに、時間はあっと言う間に過ぎていた。大事な面接に遅れるわけにはいかない。
本屋を出て、人通りの少ない裏道に向かい、全速力で走り出した。が、早くない。『またかよ。今日は何が悪い?』答えは簡単だった。食べてない。ゆえにパワーが出ない。である。考えた挙句、急いで近くの牛丼屋に駆け込んだ。そしてビールだけを注文し、一気に飲み干し店を出た。これでパワーアップするはずだ。アルコールがパワーをアップすることは、すでに経験済み。案の定、あっという間に一社目の会社に着いた。
約束の五分前だ。胸を撫で下ろし堂々と会社に入っていった。
そこは食堂からレストラン、居酒屋からバーまで、飲食事業全般で展開する会社だった。事務の女性に訪問の用件と、面接官との約束を伝えた。しかし、女性は白い目で私を見ていた。何故だ。服装に可笑しなところはない。どこか、汚れているわけでもない。きっとそんな目つきなのだろうと、勝手に納得した。ところが、面接官も、露骨に不快感を表した。
「わざわざ来てもらったけど、不謹慎だね」
「はあ?」私は訳が分からず聞き返した。
「何がいけないのです」
「面接はしてあげるから、その前に顔を洗ってきなさい」
面接官はそう言うと、洗面所を指差した。不条理な扱い方に戸惑いながらも洗面所にいくと、鏡に映った自分の顔に驚いた。顔は真っ赤で目はトロン、完全な酔っ払い顔だ。たった一本のビールでも、走ったお陰で酔いが回ったらしい。何度か水で顔を洗い、面接は受けたものの、結果は散々……。昨夜の若作りな女性もこんな顔を見ていたのかと思うと、恥ずかしさで一杯になった。しかし、落ち込んでいる暇はない。二社目の面接まではまだ時間がある。なるべく走らず、移動することにした。電車でもふた駅だ。下車した駅のトイレで鏡を覗くと、酔いは完全に醒めているようだった。ビール一本だけだったのが幸いしたようだ。少量でも瞬間的な起爆剤になるのだろうが、人助けで急いでも酒は飲めないと痛感した。もしも酒の力を借りてしまえば、
(赤ら顔の酔っ払い、女性を助ける)
になってしまう。赤鬼マンか?やはり顔は全部隠さないといけないみたいだ。
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