第11話

 そこで次に向かったところは、本屋。手芸の本を買うためだ。良い案が浮かんでも作れなければ仕方ない。その為の下準備と言っておこう。本屋は直ぐに見つかったが、男一人で手芸コーナーに行くのは、多少なりとも恥ずかしかった。どうにか私でも理解できそうな本を見つけ、私はレジに並んだ。型紙から服を作る過程が細かく書かれている(奥様の手芸)という本だった。名前からして買うのが恥ずかしいが、やるしかないのだ。絵心はなくとも手芸はできる!かも知れない。レジの女の子は、私の本を受け取るなり、小さく笑った。いや、笑ったように見えた。

バーコードを読み取り、金額を告げるときにも笑った。今度は確かに笑った。

営業スマイルなのか、それとも……。理由は分からないが、私は顔から火が出る思いだった。

そう思った瞬間! 私の口から出た炎が、女の子の髪の毛をチリチリに焦がした。私は咄嗟に千円札をカウンターに叩きつけ、本を奪うように店から逃げ出した。『なんて無様なんだ!』私の心の叫びと同時に、店内には女の子の叫び声が響いていた。能力を管理することを覚えなくては、と思いながら走った。気が付くと、またもや隣の県まで走っていた。どうやらカレーによる、能力低下は終わったらしい。

昼間に訪れた公園まで行き、身体を投げ出すようにベンチに腰を下ろした。『この頃は走ってばかりだ』とは思ったが、息も乱れる様子はなく、極度な疲労も感じていなかった。唯一は精神的疲労だろう。それからしっかりと手に持っていた本を開いた。既に外灯がベンチ付近を明るく照らし始めていた。パラパラとページを捲って『これならば、どうにか作れそうだ』と安心したが、もしかしたら、誰にでも作れそうに錯覚させる編集方法だったのかも知れない。よく読むとミシンが必要だったからだ。普通の家庭にならばミシンもあるだろうが、独身男が持つ確率は極めて低いはずだ。当然の事、私もミシンなど持ってはいない。他のページも見たが、どれもミシンは必須であるようだ。『ミシン?在って当たり前だろ?』そんな声が本から聞こえてきそうだ。実際、こんな物を作ろうとする人間ならば、持ってるいるのが普通なのだろう。と言うことならば、ミシンも買わなくてはいけなくなった。『うーん、出費がかさむ』まだ仕事も新居も決まってない。ミシンを買っても今は置き場も無い。困った。非常に困った。一日も無駄にしたくは無いのに……。

そこで私は色々考えたが、時間的にも、今日はもう何もすることが無くなった。

『いや、ある!』能力の自己管理をしなくてはいけない。自由にコントロールできて、初めてヒーローと呼ばれる。さっきみたいに、自分の意志ではないのに、危害を加えてしまう危険性があるからだ。口から炎を出す訓練は、ちっとも進行しないため、かなり前に止めてしまった。別段無くてもいいような能力とも思えたからだ。しかし、実際に使用できるとなれば、話は別だ。

ちゃんと管理しなくてはいけない。まあ、出来るようになったということは、進歩しているのだろうとは思った。頭の片隅に追いやられた訓練方法を引っ張り出し、周りに人がいないのを確かめてから、キスをするように口を尖らせた。

喉の奥に意識を集中して、胸の中に火を灯すとイメージ描き、ゆっくりと息を吐く。訓練方法を順に思い出し、その通りに実行してみた。すると、口から小さな火の塊が飛び出した。自分には熱くはない。成功だ。喜び勇んでいると、ふと、視線を感じ振り返った。すると、またもや昼間の中学生が、唖然とした顔で立っていた。

「や、やあ」

口から炎を出しながら、やはり、場違いな言葉を発してしまった。

「うあー」

二人が逃げるのも二度目で、慣れっこになってきそうに思えた。ともかく、ここにいては、二人が誰かを連れてくる可能性もある。早々に立ち去る必要がありそうだ『ほんとに逃げてばかりだ』と思いながらも、元居た街まで戻ってきた。疲れた。ホテルの近くまで帰って来たときは、正直身体が痛かった。流石に筋肉痛を起こしたのだろう。これも鍛練が遅すぎたせいなのだろうか。人間同様に能力を使うとやはり疲れるのだと考えた。撃たれた時に出血したのも、不死身ではないからだと推測できる。それらの事からも、肉体的消耗は多少なりともあるのだろう。そのような疲れもあり、真っ直ぐホテルに戻ることにした。幸いにして買ったばかりの手芸の本は、しっかりと私の手に握られていた。

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