第10話

 電車で一時間ならば、走れば十分とかからないだろう。そう思った私は近くの喫茶店に入った。アイスコーヒーでのどの渇きを潤し、早めの昼食としてカレーライスを注文した。ところが「食べる人がいるのか!」と思うほど辛かった。これも異性人の特性かとも考えたが、思い起こせば、元々、辛いものは苦手だった。それでも悪戦苦闘しながらも食べ終わると、丁度良い時間になっていた。

『よし、じゃあ行くか!』喫茶店を出て、人通りの少ない裏道を見つけ掛け声一つで走り出したが、何故かスピードが上がらない。

『あれ、何で?』何度も集中して試みたが、何の効果も得られなかった。

『待ち合わせに間に合わないじゃないか!』気持ちは焦るが速度は上がらない。

『カレーか?』私ははっと気が付いた。何度も思考を繰り返したが、それしか考えられなかった。辛いものは能力を鈍らせる。そう、頭にメモを残した。仕方ない、電話で謝ろう。

「すいません。電車を乗り間違えました。あと一時間待ってくれますか?」

私は自分の下手な嘘に幻滅した。相手も嘘と分かっただろうが、待ってくれるとの事だった。それから急いで電車に飛び乗り、指定された千住駅に向かった。

しかし、待っているはずの相手の返答は、私の期待を大きく裏切るものだった。

「すいません。他のお客さんが来まして、一時間待ってください」

私は仕返しされたことに気が付いた。それでも自分のミスだと思い、仕方なしに相手に合わせた。目に前には喫茶店やファストフードの店もあるが、入ることは躊躇った。別の問題が起きそうな予感がしたからだ。食物などでも変化が起こるならば、極力控えるべきだと思ったのだ。結局、駅前の一角で一時間立ち尽くした。ところが、一時間後に来た男は、今のお客が目当ての物件と契約したと、私に伝えた。ほかで良ければ見せますよ、と相手は言ったものの、その眼は私を馬鹿にしたように見えた。私はそんな男の言葉を無視し、何も言わずにその場を立ち去った。また電車に揺られながら、もとの街へと舞い戻った。何も出来ないうちに、午後三時近くになっていた。無駄な時間を過ごしたと嘆いていても始まらない。せめてマスクでもと私はデパートに向かったが、売り場案内に聞いても、変装用のマスクは扱っておりませんとの返答だった。パーティ用品にならあるかも、との情報をもらい、見当をつけた店に行ってみた。しかし、ろくなものが無かった。口ひげの付いた眼鏡、女王様が付けるような派手なアイマスク、フランケンシュタインや吸血鬼の被り物、蛍光塗料で描かれた骸骨のマスク。どれもぴったりなものは無かった。もちろんこのぴったりとは、ヒーローとして不適格、という意味だ。

ヒーローのネーミングは、目撃者やマスコミ等によって付けられたものだ。

マスコミは、コスチュームやヒーローの能力でネーミングを考えるのだろう。

スーパーマンならば、胸の“S”のローマ字と、驚異的なパワーから付けられ、スパイダーマンは、これまた胸に付いた、蜘蛛のマークと、自在に操る糸からネーミングを付けられたのだと考察する。

バッドマンは……、見た目のとおりだ。これらの事からも、いかに見た目が重要か問題になってくる。

仮に、フランケンシュタインのマスクを被り、地上五十センチに浮かんでいたとしよう。付けられるネーミングは、ゾンビマン、もしくはゴーストマン。そんな所だろう。ヒーロー名と言うよりは悪役のネーミングだ。ただし、奇抜なコスチュームでも構わない。それだけの能力があり、悪人逮捕を軽々とやってのければ問題はないはずだ。しかし、私の場合その能力に乏しい。だからこそ、見た目から入るのが好ましく思えた。

ところが売っているものだと……。やはり、自分で作るのが妥当だと思った。私はコスチュームとマスクを作ることにした。

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