第8話
翌日は、晴れ晴れとした気分で眼が覚めた。顔を洗い、鏡に映る自分に向かって『今日は忙しい』と、しっかりと言い聞かせた。不動産屋を回って、マスクを手に入れ、仕事を探して……。目のまわる忙しさである。
まずは朝食を取らなければ、と私は近くの喫茶店に向かった。モーニングサービスは、休日でもやっていた。トーストをかじりながら、またもや疑問が湧いてきた。食事は同じなのか?もしかして、身体に合わないものを食べているのでは、と心配になってきた。しかし、仮に故郷の星の食べ物を教えてもらったとしても、それらを入手する手立ては無い。今は、地球の食べ物で我慢するしかないようだ。
「おいしく感じるのは問題ないか」
事実が分からない以上、どこかで妥協し結論を出す必要があった。
もしも結論を先延ばしにすれば、とことん迷う羽目になる。こんな楽天的な考えは、地球人の特性か?はたまた故郷の特性か?また迷う。迷うのも、地球人の特性で……。『やめた!』
今日は忙しい。再度、自分に言い聞かせ、早々に注文品を平らげて喫茶店をあとにした。新しいアパートといっても、仕事先から遠くては困る。まずは仕事だな、と思い、職安に行くことにした。
ところが、職安は休日で休みだった。仕方無しにコンビニエンスストアで求人雑誌を買って、公園のベンチであらかた見たが、年齢的にも、資格から言っても、私に合ったいい仕事は無かった。まず、残業は出来ない。残業すれば人助けの時間が減ってしまう。きっちりと定時で上がれる仕事。なかなか無さそうだ。子育てパパやママの苦労がよく分かる。その上、地方も困る。それは都会のほうが断然犯罪は多いからだ。その分助けを求める人も多いはず。
『アーうるさい』
朝っぱらから助けを求める声が耳に響く。今日は忙しい。
『明日にしろよ!』
そう怒鳴りそうになって慌てて口を押さえた。仕方がない、休み明けに職安に行くか。今日はアパートを探そう。最低でも、当たりだけでもつけることは出来るだろう。そう思い、ベンチから立ち上がった。買ったばかりの求人雑誌は無駄な出費でしかなかった。だから何も考えずにベンチ脇のゴミ箱に放り投げた。しかし、力を入れすぎたのか、ゴミ箱ごと五メートルほど吹っ飛んだ。銀行の一件以来、急激に能力が上がったのは確かなようだ。あの事件が引き金となって、身体が覚醒したのだろうか。かなり力がついたな。と感心している私は「はっ」と我に返り、逃げるように公園から走り去った。目撃者が居れば問題になると思ったからだ。気がつくと、いつの間に知らない街まで来ていた。電柱の住宅表示を見て、私は驚いた。あっという間に隣の県まで走っていたのだ。私を見た人はさぞや驚いただろうな。とつい口元がほころんだ。しかし、この分ならばすぐにでもヒーローになれそうだ。私はこの事実を大いに喜んだ。銃弾を受けた傷の回復が早いことや、軽業のように犯人を倒したこと。大して力を入れずとも常人を越えた力が発揮されること。等々が自信を与えていることは確かだった。それらを思い起こしつつ『高く飛べるかな?』と欲も出てきた。いままではどう頑張っても地上五十センチだったが、今日はいけそうな気がした。近くの公園を探し当て、人目が無いのを確認してから、私は飛んでみた。意識を集中すると、ゆっくりだが、確実に宙に浮き出した。上がると言うよりは、上に引っ張られる感じだ。頭をフロントと置き換えれば、車のFFのような感じだ。その分、安定性はしっかりとしている。足から持ち上がる感じだと、恐らく上半身はふらつくのではないだろうか。『いいぞ!』と、懸命に自分を励ましたが、やはり五十センチほどでぴたりと止まった。
私は立っているからだと思い、宙に浮いたまま横になった。スーパーマンの映画で見た、あの片手を伸ばし、もう片方を腰に当てる格好だ。それでも残念なことに高さは上がらなかった。前に進むのは問題が無い。ただし速さは……。
『おお、前回より早く感じる、いい調子だ。そのまま、そのまま早く飛べ!』
しかし、いくら念じても思ったほど速度は上がらなかった。飛行というより漂ってると表現したほうがいいくらいだ。その時、ふと視線を感じ振り返ると、中学生ぐらいの男の子が二人、唖然とした表情で私を見ていた。
「や、やあ」苦笑いを浮か口から出た言葉は、この状況では場違いも甚だしかった。見られたとの焦りのために、脳細胞同士が別れを告げ、思考回路がプツリと切れたように言葉が浮かばなかったのだ。
「うあー」と予想した通りの反応を見せ、二人は一目散に逃げ出した。客観的に見ても、幽霊くらいにしか見えない。冴えない服装で、漂うような速度で宙に浮いていれば、そう思われても仕方がないだろう。早くこの街を出たほうが良さそうだ。私は急いで立ち上がり、一目散で公園を逃げ出した。走りながらも私はため息をついた。『ヒーローなのに逃げてばかりなのか』と。『おっ、さっきの中学生が走っている』一瞬で追い越したが、声をかけたら、『もっと驚くかな?』と思いつつも『くだらない悪戯のための能力ではない』と私は自分を叱った。まったく情けない話である。
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