第7話
やがてアーケードの裏手に、一軒の寂れたビジネスホテルを見つけた。贅沢を言う気は毛頭ないが、今にも出てきそうなほど、暗く陰湿な雰囲気が漂っていた。一瞬の戸惑いはあったものの、周囲に人の姿がないのを確かめてから急いで飛び込んだ。幸い部屋は空いていたが、休日前夜で料金は高額だった。空き部屋が少なかったことから見ても、『彼ら』が出るわけではなさそうだ。仮に出てきたとしても問題はないと思うが、気分的にはよろしくない。早く荷物も置きたかったし、他のホテルが満員だったらそれこそ困る。とりあえず、二日間の宿泊だけを確保した。幾らかの謝礼は銀行からもらったが、こんな生活をしていたら直ぐに底を尽きそうだ。転々と職を変えていたことにより、貯金もほとんど残っていなかった。
部屋に入って湯船に湯を落とし、これからの生活について考えた。第一に生活費の問題だ。今の仕事はもう続けられないだろう。マスコミのせいで多くの人間に知られすぎてしまった。職場には提出した履歴書で素性が知られているからだ。ニュースを見た親方や監督などは、きっと今頃は家に電話を掛け続けているだろう。普段は着信などほとんどない携帯にも、未通知の着信が山のように残っていた。少し確認してみたら、私を怒鳴りクビにしたかつての上司の名前まであった。今更なんだと言うのだろうか……。だからと言って仕事が出来なければ、食うに困る。やはり、人助けをする時間帯を、しっかりと決めなくてはいけないようだ。昼の仕事をするとして、人助けの時間は、夜の七時から十一時。そんなところだろう。夜の仕事とも考えたが、夜の方が犯罪も多いはずだ。人目を避けるためにも、自分だったらそうする。やはり仕事は昼になりそうだ。そうなれば、夜以外の犯罪は諦めてもらうしかない。夜更かしすれば、翌日の仕事に響くからだ。それと、住む所。今のアパートはもう住めそうには無い。しばらくは、マスコミが待ち構えていそうだし、隣近所にも迷惑がかかる。銀行からの謝礼が底を尽く前に、引っ越す必要がありそうだ。それこそ、どこかの金持ちのように無人島や秘密基地付きの山を買ってもいいが、そんな金はない上に、一人では管理することもできない。しかも、そんな辺鄙なところに住んでも、犯罪場所までは遠距離になるのは目に見えている。狭くとも都会の片隅に見つけるほかはなさそうだ。そこで明日は、この近所の不動産屋を回ってみることにした。
そして最も重大な問題。これを怠ると、新しい仕事も新居も失いかねない。それはヒーロー時の変装だ。二度とばれないような変装をしないと、また振り出しに戻りかねない、まるでスゴロクのような人生である。そこでホテルのメモ帳にいろいろ書いてみたが、私には絵心などまったく無い。学生時代の美術評価も平々凡々。そんな能力は、実の?母も言っていなかった。仮にいい案が浮かんでも、誰が作る?困った。正直困った。何か市販のマスクでも被るか……。
『おっと、風呂がいっぱいになった。また後で考えよう』
風呂上りに、廊下の自販機で買ったビールを飲んだ。『うまい!』
このおっさん臭い反応も地球人での生活が長すぎたためなのだろうか?そこでふと気がついた。『故郷の星にもビールはあるのかな』と。『いやいや、待てよ』『消滅の危機が迫っていると言っていたな。もう消滅したのか?』
はるか宇宙の出来事など、私に分かるはずも無かった。私どころか、新聞にも載りはしない。どこかの科学者が遠い宇宙の片隅で一つの星の消滅を見たとしても、それが私の故郷の星とは分かるはずもない。母とは言え画面に映った女性はいい女だった。既に消滅してしまっているのならば、もったいないな、とも思った。画面の女性は、自分よりも明らかに年下で魅力的だったからだ。それ故、どうしても母とは思えなかった。そこでまた疑問に突き当たった。『寿命は?人間と同じくらいなのか?』
今のところ心配はなさそうだが、ぱたりと死んでしまう可能性もあった。
この”死ぬ“というのも、当てはまるのかさえ疑問だった。星のように消滅するのかも知れない。例の情報カプセルには、それらの肝心なことが収められていなかった。こんな状態では、誰かに教わることも出来ない。同郷の人間?でもいれば話は別だが、誰も教えてはくれない。仮に世界のどこかに居たとしても、連絡の取りようもなかった。相変わらず耳には様々な声が聞こえてくるが、集中しなければ、それほど気にはならなくなってきた。また助けを呼ぶ声が聞こえた。『なんて人間は弱い生き物なのだろうか』しかし、危機的な声にも聞こえず、マスクもまだ用意していない。残念だが諦めてもらうしかなさそうだ。
「さあ、寝るか!」と、私は布団を頭からかぶった。湯上りのビールの酔いも手伝い、私はすぐに深い眠りについた。
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