第5話

 よりによって私の預金のある銀行が、これまた、よりによって私が預金を下ろしに行ったときに、なんと強盗に襲われたのだ。一番の驚きは、今時銀行を襲う馬鹿が居たことだ。その馬鹿は三人。黒尽くめの服装にマスク、そして三人とも拳銃で武装していた。正規の銃か、改造銃かは分からない。しかし、犯人の一人が天井に向けて一発を発射したその時、私はこれも訓練の一部だと思い、犯人の前に躍り出た。後悔はしているが、ヒーローになるれるかなれないかの瀬戸際に思えた。もしもここで見て見ぬ振りをすれば、一生ヒーローになる資格さえないと確信したのだ。もちろん犯人は驚いた。銃を持った男に素手で立ち向かう阿保がいるのかと面食らった様子だった。しかも無精髭を生やしたジャージ姿のおっさんだ。犯人の一人は咄嗟に銃を向けたが、私のほうが動きは早かった。まるで相手だけがスローモーションの世界にいるようにさえ感じた。どうやら地道な訓練は無駄ではなかったようだ。引き金に力が入る前に左の手刀で銃を叩き落し、続いて右手で喉輪を決め、更には左足で蹴り上げた。流れるような動作に、犯人は成す術もなかったようだ。しかも、その足蹴りは腹に入れるつもりが、誤って股間へと命中した。こうして犯人の一人は口から泡を溢れさせ、白目を向いて床に倒れた。もう使い物にはならないだろう。刑務所では女役に決定だな。倒れた犯人を見下ろしながら、そんな悠長な考えをしている自分に驚いた。これで一人は見事やっつけた。ところが、異変に気づいた一人に、背後から撃たれた。焼け付くような衝撃が胸を貫通し、暖かい液体が流れるのを感じた。だが、私は倒れなかった。強靭な肉体も手に入れていたのだろう。そして、その犯人も見事やっつけた。自分でも信じられない速さでその男に近づき、顔面パンチ一発で倒したのだ。パンチを受けたその犯人は、受付のカウンターを飛び越え、デスクでバウンドしてから床に落ちた。支店長と金庫室に行っていた最後の犯人が戻ってきたとき、今度は右腹を撃たれた。これも、激痛が走ったが、またも倒れずに済んだ。カウンターを軽々と飛び越え、その犯人にも怒りのパンチを叩きこんだ。私のパンチはその犯人を十メートルも吹き飛ばす威力を発揮し、出てきたばかりの金庫室内の壁に激突して床に崩れ落ちた。犯人が起き上がらないのを確認した後、私が全身から力が抜けるのを感じ、白目をむいて倒れた。


そして、次に気が付いたのは病院のベッドだった。 意識を取り戻した私に、点滴を交換する看護師が笑顔で頷いた。

「気が付きましたね」

「どうしてここに?」記憶のない私は、看護師と周囲を見回し尋ねた。

「銀行の人が連れてきたのよ。素晴らしい活躍だったって。みんなに知らせてこなくちゃ」そう言って看護士は病室を足早に出て行った。病室は立派な個室だった。小さなキッチンと冷蔵庫も完備されており、私は入院費が気になった。数分後、医師やら、看護士やらが何人も訪れてきた。

「奇跡的ですね」担当医が言うには、銃弾は巧みに内臓を避けて貫通したため無事だったと説明してくれた。

「銀行の方と警察官が来ていますが、会いますか?」先ほどの看護士が私に尋ねた。

「私は捕まるのですか?」警察と聞いて私は驚いた。暴行罪、そんな言葉が頭を横切った。そもそも、正当防衛とみなされるかさえ判断できなかったからだ。

「とんでもない。貴方はヒーローよ。お礼が言いたいそうです」

看護士は何故か潤んだような眼で私を見ていた。しかし、そんな艶っぽい目線よりも、『ヒーロー』という言葉だけが頭の中を縦横無尽に飛び交っていた。

「構いません」しばらくその言葉の余韻を楽しんだ後、私はそう答えた。やがて、私服の警官、銀行の支店長、マスコミの取材陣などが病室になだれ込んできた。

「とにかくお礼を言わせてください」入ってくるなり口火を切ったのは、銀行の支店長だった。にこやかな支店長は握手を求め、私はそれに応えた。その場面で一斉にカメラのフラッシュがたかれた。その後は、マスコミの取材攻めにあった。お怪我は?から始まり、何故、銀行にいたのかまで、無意味と思える質問の数々を浴びせられた。

何故、銀行にいたかって?貯金を下ろしたり、預けたり、公共料金を払ったり、普通の人と同じ事をしに行っただけだ。挙句の果てには「恋人や奥さんは?」と、事件とは無関係な質問まで飛び出し、マスコミの下劣さに嫌気が差した。

警察は元気になったら事情聴取を行いたいと申し出た。顔は笑っていたが、その眼つきは容疑者でも見るかのように鋭かった。或いは、普段からそういう眼つきなのかも知れないが、気分を害するには十分すぎた。

そこで私は思った。ヒーローと、スーパーヒーローの違いはここだと。ウルトラマンなどは、事情聴取もマスコミの取材も受けたことは無い。建物を壊し、街を破壊し、怪獣の死骸を放置したとしてもお咎めは一切無い。それは直ぐに飛び去ってしまうからだ。スーパーマンも、スパイダーマンも同じだ。直ぐにその場から居なくなる。警察にもマスコミにも居場所は分からない。普段の生活では素性を隠しているからだと私は思った。身元がバレてはいけないのがスーパーヒーローなのだと痛感した。これからは病院に運び込まれるようなドジは踏まないようにと、硬く自分に誓った。

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