第4話

 『充実していると仕事も苦痛ではなくなる』

勤めていた会社は当然のことクビになったが、土木作業員として新たな生活が始まっていた。仕事の中でも辛い仕事などは率先して志願した。重い荷物運びなど、自分の鍛錬にもなると思ったからだ。そんな私を、親方も現場の監督たちも重宝がって色々と仕事を与えてくれた。もちろん給与面でも優遇してくれた。まともな生活をしながら、空いた時間を訓練に費やした。しかし、数か月が経っても、特に変化を感じるようなことはなかった。

『やっぱり年齢かな』始めた時期が遅かったことが恐らく理由なのだろう。

けれども今は、そんなことも言っていられない。何度、途中で投げ出そうと思ったか知れないが、不思議と気持ちはだけ充実していたのだ。そして嬉しいことに、いつの間にか『なぜだろう』との疑問符の考えは浮かばなくなっていた。同僚たちとも会話を交わせるようになり、違った意味での成長を実感していた。そんな日々を過ごし、三年が過ぎようとしていた時、突如として自身の身体に変化が起き始めた。まず、視力が極端に回復しだした。そしてはるか遠くまで見渡せるようになったのだ。だが、それだけではまだアフリカのブッシュマンには負けると思われる。まだまだ人間の領域ではあるが、老い始めた人間の体だと考えれば画期的だろう。身体も不思議なほど軽く感じられ、今にも空を飛びそうだった。しかし、それは気持ちだけで、その時点では単なるジャンプでしかなかった。厳密に言えば、バスケットボール選手にも追いつけない程度だったが、自分自身の体の変化だからこそ良くわかる。けれども、あくまでも人間の成長の限度内と思われ、天秤は疑いの方に傾きつつあった。この時ほど二人?の母親を恨んだことは無い。地球に送るほどの技術を持ちながら、何故、思春期に手紙を見る段取りをつけなかったのか?何故、お袋は封筒を渡しそびれたのか?考えれば考えるほどむかついてきた。そんな時、苦しい時はあのコインをそっと胸に抱いた。コインから受ける愛と安心感だけは不変のようだ。

そんな生活を続けて、まもなく四十になろうとした頃、想像もしなかったほどの劇的な変化が私に訪れた。なんと空を飛べるようになったのだ。これで、アメリカンコミックスのスーパーマンになれると確信した。そして半疑の気持ちも完全に消滅していた。どう考えても、これは人間の成長範囲を超えていたからだ。物理的にも、訓練でどうにかなるものではない。ところが、その後どう頑張っても、スーパーマンのように空高く飛べるようにはなれなかった。せいぜい地上五十センチが限度で、スピードときたら歩くほうがはるかに早かった。『始めるのが遅すぎた』 またも二人?の母を恨んだ。とてもヒーローにはなれそうも無い。スーパーマンの夢がもろくも崩れ去り、気持ちは湖のどん底で苦しみもがいていた。子供の頃は、存在しないウルトラマンに失望し、今はなりそこないの自分に失望した。

ただし、異星人だからといって、スーパーマンのようなヒーローになる必要はまったくない。けれども、特殊な能力を身に付ければ、使わないのはおかしい。特殊であればあるほど使うはずだ。だからと言って、走るのが速いからと、陸上選手にはならないし、空を飛べるからと、パラシュートも無しにスカイダイビングはしないだろう。要は、皆から不審がられ、注目を集めすぎてしまうからだ。その上、最も重要なのは、使い方には善と悪としかないと言うことだ。強力な力であればあるほど、善悪の意味ははっきりを分かれる。幸いにして私は悪人ではなかったようだ。善の考え、ヒーローの考えしか浮かばなかったのである。仮に悪人であっても、この程度の能力ではすぐに捕まるだろうとも思えた。それでも、力だけは少しずつ付いてきた様に感じていた。そしてそんな私を試すような出来事が、ある日、目の前で現実に起こった。

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