第24話 聖女
「……ど、ど、どうしてこうなったんでしたっけ?」
僕は、自分の視界に月と星と聖女様を捉えながら彼女に問いかける。
柔らかい太ももの感触に、尋常でないほど緊張してしまう。
目を覚ましたばかりなのに、尋常でない勢いで心拍数が上がっていくのが分かる。
慌てて体を起こそうとするも、横から出てきた聖女様の手によって止められた。
「あなた、結構頑張ったみたいね」
聖女様はどこか怒ったような表情を浮かべながら僕の額に手のひらを置いた。
普段なら緊張して何も喋れなくなるようなこの状況でも、なぜだか聖女様の手は落ち着いた。
「アドットのこと、止めておいてくれてありがと」
「……いえ。……結局、止めることはできませんでしたし」
「でもこんなに周りをボロボロにしてまで戦ったんでしょ?」
「それは……まあそうですけど。それよりも、アドットさんはどうなったんですか?」
「向こうでいびきかいて寝てるわよ」
聖女様はそう言って指をさすが、僕が体を起こそうとすると頑なにそれを制してきた。
大人しく体を横に倒して、いびきの音でアドットさんの無事を確認する。
「あの、聖女様。ひとつ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「どうして僕は生きてるんでしょうか」
確か、獣長化したアドットさんに踏み潰されて下半身がまるまる潰れていた気がする。
あんなもの死んでいないとおかしいとばかり思っていたが、この後頭部と額の感触を信じると僕はまだ生きているらしい。
「超強力な回復薬のおかげね」
「超強力な回復薬……?」
「あんたと別れた後に、白いドレスを着た人に会ったのよ。その人が超強力な回復薬と、あとアドットを治す薬をくれたの」
「それは……なんとも」
今の僕にははっきりと下半身の感覚がある。
ぐちゃぐちゃになってたはずの下半身を考えると、なるほど確かに超強力と言えるだろう。
それに、獣長化を治す薬というのも気になる。
アドットさんが長年調査してもたどり着かなかったということを考えると、その薬はよっぽど貴重なものなのだろう。
そんなものを人にあげるとなると、
「まさしく聖女様みたいな方だったんですね」
僕がそう言うと、聖女様の表情が一瞬固まった。
「……せ、聖女様?」
「あ、あの。ひとつ、言わないといけないことがある、んだけど……」
「え?あ、はい……なんですか?」
このタイミングで何か僕に言いたいこと……? イマイチピンと来ない。
ただ、聖女様が大きく深呼吸をするさまからよっぽどのことを言おうとしているということだけがわかった。
「あの、あのね。私実は……」
そう聖女様が切り出した時だった。
血が足りていなかったせいか、世界が聖女様とともに歪むように目眩がして、次の瞬間には全く力が入らなくなる。
栗色の髪がシルエットとなってこちらに手を伸ばしているのを見ながら、僕は再び意識を手放した。
* スル視点 *
「いやー、本当に助かったよ。ありがとね。お礼も言わないままレイバーに死なれるわけには行かなかったからさ」
「別にいいよ。たまたま近くに来てただけだし。まあ後でむちゃくちゃ怒られるだろうけど」
「ニャハハ……それはごめん」
私が思わず苦笑を浮かべると、それを見たもうひとりの私がやれやれといった様子で肩をすくめた。
真っ白なドレスに身を包んだ私は、肌の色や髪の色も相まって完全な白一色になっており、眩しいことこの上ないが、それでも百人いれば百人が振り返る美少女ではあった。
若干毛が私よりもふわふわしているのが妙に腹立たしい。
分裂のスキルで別れたのは十年近く前だから、それからいままで”聖女”として暮らしていれば流石に栄養価とかで変わるものなのだろう。
「でもどうして隣国の聖女様が王国まできてたの?」
「そんなの国家機密だから言えるわけないでしょ?」
「十年前まで私だったんだからいいじゃん! 自分の頼みなんだよ⁉」
「うそうそ。ちょっと魔法使いを引き抜きに来てただけだよ。王都に行く途中だったんだけどたまたま私の分身が獣長化したのを感じたから寄っただけ」
「え⁉ 魔法使いを集めるって……もしかして、レイバーも?」
恐る恐る私がそう切り出すと、私は苦笑を浮かべて首を振った。
「いや、話聞こうかと思ったけど、寝言で「聖女様……」とか言ってたし。多分無理だろうなって思って」
「あ、そうなんだ……ちなみに彼、無事だった?」
「もちろん、水魔法で作った超高密度の魔力水に、私のスキルによって様々な回復能力を付与したあの水を飲めば体の八割がなくなってたって回復するよ」
「あ、そうなんだ……」
「感動薄くない⁉」
私には四属性の魔法と、ある程度のスキルまでは自由に使えても、回復薬を作るなんて芸当はできないので、素直に感心する。
十年の違いはここでもまた出てしまったらしい。
目の前にいる聖女を見て、大きく息を吐いた。
「でもホントありがとね。助かったよ」
「いいよ。ほかならぬ私からの頼みなんだし。呪いをマーカー替わりに使うなんて真似はもうやめてほしいけどね」
「ニャハハ……」
わたしは、実は本来相手を害するために刻む呪いを、自分にだけわかるようにスキルを使ってマーキングに使った。
それは狙い通り分身したわたしにもうまく意思疎通ようとして機能したらしい。
「うん、また困ったことがあったら相談してね」
「逆にならないことを祈ってるよ……じゃ、私はもう行くよ」
「うん、本当にありがとね」
そう言って、聖女スルは屋根へと飛び乗ると、そのまま夜に溶けるように消えていった。
残った私は一人、大きく息を吐いてから、声を漏らす。
「……あ、どうやってアドットさんを正気に戻したのか聞くの忘れてた」
私は猫になって、後悔を悔いるように大きく鳴いた。
**
本日、もう一話更新します。
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