第20話 獣長化(聖女様視点)



「な、なぁ! アヴァ⁉」

「なに⁉」

「これ別れたはええもののどうやって逃げるんや⁉」

「そんなの知らないわよ!」


 私たちはひたすら走り抜けた。

 兵士を引きつけて、兵士がいない方へいない方へと、普段通ったことのない裏路地を選んで走り続けた。

 現れた兵士たちは、倒さないように二人で避けて逃げる。

 今の段階ではまだ私たちは怪しいというだけなので、ここで下手に罪を増やさないでおこうというこの状況にしては冷静な判断があったからこそのもの。


 ただ、それでも長旅のせいで疲れが残っているのか、いつもよりも自分の移動速度が遅いことが腹立たしかった。


「とりあえず二人からは遠ざかるわよ! 最悪私たちは捕まってもいいって考えといて!」

「いやいや、こんだけ引っ掻き回したんやから捕まったら多分良くても拷問にはかけられるやろうな! アヴァ、お前エロいことされるかもしれんで?」

「っさい! やっぱさっきのなしよバカ! 捕まるの絶対ダメ!」

「ガハハハハ! まかしとけ! ――そこ右や!」

「了解!」


 アドットの鼻で人の匂いを感じて、ギリギリでルート選択をし続ける。

 今ではこれでもギリギリ耐えてはいるが、正直いつまでもつかわからないという焦燥がじわじわと押し寄せてくる。

 もはやこうなってくると収集のつけようがないと思ってしまっている自分がいた。


 ここまでくるとどう言い訳しても話を聞いてもらえるきがしない。

 それこそ拷問にでもかけられるのが自然だ。

 でもそうなると尚更捕まるわけには行かない。


 しかしそれも時間の問題だ。

 このまま走って逃げ続けるのではどう頑張っても体力の限界は訪れるし、人数が多い分いずれは捕まる。

 八方塞がりというやつだった。


「これどうやったら終わるのよ!」


 今もちらりと後ろを振り返ると、兵士たちが数十人単位で怒声をあげながら追いかけてきている。

 とてもじゃないが、私たちでどうこうできる人数でもない。

 夜も真っ盛りだというのに、明かりの数は一向に減らずに、なんだったらドンドン増えているような錯覚すら覚えた。


「そこ右――いや左! ってうぉ! 挟まれとる!」

「えぇ⁉」

「アヴァ! 捕まれ!」

「ぬぇ⁉」


 アドットがそういったが否や、私の了承を待たずに腰に手を回すと、大きく跳躍。

 屋根の上へと飛び乗る。


「上に逃げたぞっ!」

「追えっ!」

「ガハハハハ! 何か楽しなってきたわ!」

「ちょ、アドット! 変なテンションにならないでよ!」


 私を抱えたまま、アドットは走る。

 屋根を飛び、闇を切り裂きながら、ただただ走り続けた。

 次第に風を切る音が大きくなっていき、反比例するように兵士たちの声は遠ざかる。

 下を確認しても、兵士たちの姿は徐々に減ってきているように感じた。


「何か楽しなってきたわ!」

「ちょ、なに変なこと言ってんのよ!」

「こんな全力疾走する機会そうそうないからな!」

「そんなこと言って油断してたら――っ!」


 それに気づいたのは、本当に偶然だった。

 ひたすらまえを向いて走り続けているアドットでは絶対に気づかない通りを挟んだ向かいの屋根の上。

 そこに弓を構える数人の兵士の姿があったのだ。


「――アドッ」


 私が息を吸い込んだ時には番えられた矢が放たれる。

 なぜだかゆっくりと、コマ送りのように矢がこちらへと向かってくる。

 おそらく、普段のアドットなら匂いでもなんでもすぐに気づくだろうが、今は興奮しているせいか全く気づいた様子はない。


 今からアドットに言って、よけられるだろうか。

 おそらく無理だ。

 私が言うことはできても咄嗟にアドットが動けるわけがない。


 なら、突き飛ばすか私が防ぐかの二択。

 しかし、私はいま武器なんてもっていないし、アドットも同じだ。

 加えていま私はアドットに抱えられていて、突き飛ばそうにも突き飛ばせない。

 正しく絶体絶命。


 だが、そんな私たちの事情は向かってくる矢には関係ない。

 だから、私はひとつの賭けをすることにした。


「っとおおおおおおお!」


 そう言って行動を咄嗟に変更。

 空いている右手をアドットの顎へと打ち込んで、右手を緩ませる。

 そこで私はアドットを突き飛ばし――

 

 ……

 …………


 痛みを感じる前に、違和感を感じた。

 衝撃云々とかは感じずに、ただ脇腹に”何かがある”としか思えないような違和感を感じた。

 そして、フッと力が抜けたように屋根から落ちる。


 そう、痛みは感じなかった。

 だから、まだ冷静でいられた。


「アドッ――おちついて……」


 だが、私が言い終わる前には、圧倒的なまでの音量で鳴き声が響いた。

 それから、私より先に落ちた狼は、徐々に肥大化してく。


 重要指名手配、獣長、『黒狼王』が目覚めた瞬間だった。



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