第19話 検問

本日二話目です。お気を付けください。

**



「おい! いたかっ⁉」

「いや、こっちにはいない!」

「よく探せ! この街にいるという情報は入ってるんだ!」

「んなこと分かってるよ! そっちはどうだ⁉」

「こっちにもいない!」

「畜生どこに隠れてんだ!」

「猫又族は獣化のスキルを持っている、猫も見逃すなよ!」

「だからわかってるって!」

「お前たちうるさいぞ! 口ではなく手を動かせ!」


「これは……」

 街は、今までに見たことがないほど人に溢れていた。

 統一された銀色の鎧に身を包んだ兵士たちが持つランタンのせいで、普段は店や民家から漏れ出る明かりで薄暗く照らされるだけの道は、昼のように明るい。

 確実に、数百人単位の兵士がアルアーナの街にはいた。

 街の外にまで響いてくるような大声のやりとりは、大半の人にとってはわけのわからない騒ぎでしかないだろう。

 だが、僕たちには意味のある言葉として聞こえてくる。


 確実にバレた。

 この街に猫又族がいるということがバレてしまったのだ。


「見て、検問よ」


 街道を進んでいくと、前を行く馬車たちが次々と足を止めていく。

 その前の方では列整理に当たっているであろう兵士が幾人かおり、そのさらに先には荷車に乗り込む兵士の姿が見えた。


「今から逃げる?」

「や、そりゃ無理や……これはまずいな」


 アドットさんと聖女様も何が目的で兵士たちが集まってきているのかをわかっているのか、表情は険しい。

 そんな話をしていると、僕らの後ろにも後から来た馬車が並び始めた。

 これで後ろに引き返すという選択肢がなくなってしまった。


 そうこうしているうちに、続々と検問を受けていた馬車が兵士の合図とともにアルアーナの街の中へと入っていく。

 はっきりとわかる、大ピンチだった。

 思わずスルが入っているカバンをこちらへと引き寄せる。

 袋の中にいる猫はもう流石に起きていたらしく少し不安げに動いた。


「今からでも逃げたほうがいいんじゃないですか? 幸いまだ僕らのところまでは時間がありそうですし」


 僕らが検問を受けるまでに、およそ十台分の余裕がある。

 もう暫くすると兵士が説明に来て、それから検問と言う流れになるだろう。

 横にでもなんでも逃げるなら早いほうがいい。


「いや、やり過ごしたほうがいいと思うわ。今逃げたら確実にここにいる全員に怪しまれるわけだし。一旦街の中に入って騒ぎが収まるまでは隠れてるのがいいと思うわ」

「宿とかはどうするんや?」

「それはもう諦めたほうがいいかもね。私たちが猫を連れてるってことはもう兵士たちにも知られてるだろうから、急にいなくなったってなったら宿の人たちからすると逆に怪しまれるだろうし」

「なるほど……」


 街には入るけど宿に帰るわけでもなくずっと隠れるという考えらしい。


「でも検問はどうやって乗り切るんですか?」

「ネックになるのはそこよね……」


 聖女様はそう言って頭をひねらせる。

 どうやらそこまではまだ結論が出ていないようだ。


「荷車の下に隠すとか?」

「それは流石に確認するでしょうし厳しいわね……」


 僕らがうんうん唸っていると、なぜだか突然アドットさんが笑い始めた。


「アヴァも兄ちゃんもどうしたんや? いつもやったらこんな簡単な答えなんてすぐわかるやろ」

「アドットさん?何かいいアイデアがあるんですか?」

「おう、こんな時こそ使えそうな表の顔を持っとるやつがおるやろ?」


 アドットさんが、なるべく平静さを保つような顔でそういった。


「なるほど、確かにそれは使えるかもしれませんね。聖女様」

「あいつらを説得しろってこと? い、いや、どうなのそれって。さ、流石にそれはちょっと厳しいんじゃない?」

「わかる、確かに無茶そうなのはわかる。わかるけどなんとかやってくれんか?」


 アドットさんが後ろを振り返って頭を下げる。


「いやでも……」


 確かに聖女様はいままで権力を振りかざすどころか自分から聖女と名乗ったことすらない。

 これは本人も以前言っていたことだが、おそらくそれで変に気負われるのが嫌なのだろう。

 まあだとすれば僕は何なんだって話になるがそれは今はひとまず置いておく。

 

 なぜそうしないのかは聖女様は教えてはくれないが、きっとそれ相応の理由があるのだろう。

 だからこそ、今だって少し焦っているのかもしれない。


「な? 嬢ちゃんのためにも頼む」


 アドットさんがそう言うと、僕の手の中の袋もごそりと大きく動いた。

 声は出せないからと、何かしらの主張をしているのだろう。


 でも、聖女様ですらそんなことがあるのだと思うと、少し胸が痛くなった。


「いえ、やっぱり今からでもどこか別の街に逃げましょう」

「兄ちゃん?」

「考えてみれば簡単です。検問している人数とかも考えるとそこまで大掛かりでもないですし、街の中にいる人に情報が行くまでに馬を走らせれば逃げ切れるかもしれません」

「や、でもそれやと追いつかれた時が言い訳できん状況になるで? 隠すもなにも隠せるところがないくらいに色々探されるやろうし、わしらの指名手配も確実や」

「……」


 アドットさんは、極めて冷静に問題点を列挙していく。

 きっと聖女様と僕なんかよりもずっと付き合いの長いアドットさんの方が聖女様に嫌なことをさせる抵抗はあるはずだ。

 それでも聖女様に頼み込むほど現在の状況は緊迫しているということだろう。


 きっと、アドットさんは僕なんか比べ物にならないほどの覚悟を持って、先ほどの言葉を言ったのだろう。

 そう考えると、次の言葉は口から出てこなかった。


「アヴァ、頼むわ」

「……わかったわ」


 聖女様は、何かを噛み締めるように頷いた。


 そしてすぐに、僕たちの番までやってきた。

 前にいる若い男の兵士が二人、こちらへとトコトコ駆け寄ってきて、アドットさんに声をかけた。


「すみません、検問中でして。荷車を確認させて頂きます」

「すまんな、ちょっと今急いでるから無理やわ」

「「え?」」


 思いもよらなかった検問拒否に、ふたりの兵士は揃って間抜けな声を出した。

 計画通りの出だしだ。だが、ここからが重要なところ。


「そ、そうは言われましても規則ですので。このまま通すわけにはいかないんですが……」

「や、そうは言われてもこっちも急いでるしな……」

「でしたら手早く終わらせますので」

「や、でもな……」

「ちょっと、アド? どうしたのよ」


 軽く偽名で呼びながら、荷車の後ろから聖女様が現れる。

 声色も僕たちと話している時とは違って、完全に僕が初対面で見た聖女様のものだ。

 検問官の二人は助けを求めるような目で、荷車に乗った聖女様を見上げた。


「いえ、ちょっと今検問中でして。なんとかご協力いただけませんかね」

「検問? どうしてそんなものしているのですか?」

「猫又族がいるという話でして。ご協力いただけませんか?」

「それは大変ですね。検問にはご協力したいところですが、何分ただいま急いでまして……」

「そ、そうなんですね……」


 先程アドットさんが言ったことと全く同じことを口にしただけにも関わらず、聖女様が言うと検問官の二人はたじろいでしまう。

 気持ちはわかるがそれはよくないと思います。


「ええ、急いで中にいる私の知り合いに回復薬を届けなくてはいけなくて……今も一角リスにやられた傷がと……」

「そ、それは急がないといけませんね」

「お、おいどうする?」

「……べ、別に通してもいいんじゃないか? あの人たちが匿ってるなんて考え難いって」

「でも規則は規則だし……」


 検問官の二人の会話に罪悪感からの迷いが生まれ始める。

 ここが畳み掛けどきだ。


「あの、私一応聖女と呼ばれておりまして。もしあれでしたら協力できることがあるかもしれません。後でまた戻ってきますので、その時に何かお手伝いします。ですので、今は……」

「――せ、聖女様ですか?」

「お、おい。確かこの街には元から聖女様がいるって話じゃなかったか?」

「でもそれって確か……すみません。わたくし共の記憶が確かでしたら聖女様は猫を連れているという話でしたが、そちらは?」


 そう、わかっていたがここが鬼門となる質問だ。

 聖女様と名乗って信頼をえるのはいいが、この街にいるという聖女様は猫を連れているというのも多くの人が認知している事実。

 これをどう誤魔化すかが勝負の鍵になってくる。


 検問官たちの質問を受けて、聖女様は気づかれるか気づかれないかぐらいのレベルで小さく深呼吸をすると、少し悲しそうな表情を作って目尻に涙を浮かべた。


「つい先日、冒険に行った時にはぐれてしまって……。せっかく懐いてくれたのに……」

「さ、左様でしたか……それはお気の毒に」

「お、おいやっぱりこれって」

「でも早くしないと薬がとかなんとか……」

「でも出来過ぎなようにも聞こえるし……」

「言われてみれば確かに――でもお前聖女様だぞ? 聖女様が嘘つくとか聞いたことあるか?」

「ない」

「ってことだよ」

「なるほど」


 密談(僕たちに思いっきり聞こえてる)をした二人は、今度は顔に笑顔を貼り付けてこちらへと振り向いた。


「失礼しました。もう通っても大丈夫ですよ……あ、そうだ聖女様。聖女様にひとつお願いが」


 目に見えて聖女様の体が固まった。


「あの、こういうことを聖女様に頼むのはどうかとは思いますが、ここにいるものたちの分の水をいただけませんか? コップはそこにございますので」

「み、水……ですか?」

「ええ、失礼とはわかってますが……それこそ聖女様に頂いたとなるとご利益もありそうですし。少しでも活気が戻るかと」

「え、ええ……あー……はい」 


 ………………僕たちは逃げた。


 不幸というのは重なるものだと聞いたことがある。

 だから、おそらく逃げ始めた聖女様を怪しがって兵に追いかけられるのも、その途中で馬車を乗り捨てた途端に馬が暴れだして注目を集めてしまったのも、走って逃げてる途中にカバンの底が抜けてスルが飛び出てきたのも、重なって訪れた不幸が生んだ産物だ。


 おかげで、完全にアルアーナの街では僕たちはなぜだか猫を庇う怪しげな聖女とその仲間という位置づけになってしまった。


「ど、どうするんですかこれから……っていうかなんで逃げたんですか⁉」


 適当に逃げ回ったがゆえに、自分たちが今アルアーナのどのあたりにいるのかすら不明瞭だ。

 ただ、ちらりと近くの通りの様子を伺うと、案の定大勢の兵士たちが血眼になって僕たちのことを探していた。

 おそらく、彼らの中では僕たちが噂の猫又族を隠し持っていると勝手に変換されているのだろう。

 弁明などできる気配ではないので、もう逃げる以外の作戦はなかった。


「はぁ……はぁ…………今、あそこで魔法を使われるのはためらわれたのよ。もしあそこで私が魔法を使ったら完全に私が聖女だってバレるでしょ? 嘘をついている偽物って可能性を捨てるのがちょっと危険だと思っただけよ……」

「でも、あそこで魔法を使ってれば安全に中に入れたんじゃ……?」


 僕が肩で大きく息をする聖女様に問いかけると、聖女様はすっとアドットさんへと流し目で何かを訴えかけた。

 すると、アドットさんが僕の方へと首を向ける。


「兄ちゃん、そこまでや。終わったことより今は今後の方針をしっかり決めよ。とりあえず固まって動いていたらあいつらの思うままやしな。二手に分かれるか?」

「わかれたってこの街から出られない以上どうしようもないでしょ? 隠れるのがやっぱり一番の得策よ」

「でもそうは言うても隠れられる場所なんてないやろ?」


 民家にまで捜査の手が及んでいる以上、街中を見渡しても隠れられる場所なんてない。


「確かにそうだけど……でもどうにもできないでしょ?」

「や、わしに一つ考えがある」

「ホント?」

「おう。まあとは言ってもわかりやすい陽動やけどな。わしとアヴァのチームで気を引くさかい兄ちゃんは嬢ちゃんを連れてこの街から逃げてくれや」

「え、えぇ? 僕だけがですか……?」

「そりゃ戦力的には不安かもしれんけど……わしらは多分、目立つからな」

「あんた一人だったら適当な人ごみにでも混ざってれば撒けるでしょ?」

「な、なるほど……?」


 ナチュラルに存在感が薄いと言われたことに、僅かながら落ち込んでいると、そんな僕の足元で、人面猫ことスルが伏し目がちに呟いた。


「別に、もうわたしなんて置いていっていいよ……?」

「え?」

「そうだよ、よくよく考えるとみんなからすればわたしを助けてもこれから何一つ得するわけでもないしさ。そう考えるとわたしのことなんて忘れてみんなでこの街から出ていけば――」

「おい! こっちで声がしたぞ!」

「このあたりに隠れているはずだ! 絶対に逃がすな!」

「っっっっっ!」


 兵士たちの声で、スルの話は強引にカット。

 すぐに逃走フェイズへと移行した。


「じゃあまたあとで!」


 聖女様はそう言うと、待ち合わせ場所や時間すら言わずに兵士たちの声がした方へと突っ込んでいった。


「ぬぇ?」


 僕は戸惑うスルの首元を強引に掴むとそのまま先程壁になっていた二階建ての家の屋上へと放り投げた。

 さすがの猫はこれを綺麗に着地。

 続いて僕も家の壁に適当な岩の階段を即席で作り屋根へと登る。


「ちょ、話はまだ終わってないよ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないって!」


 僕は、スルを自分の服の中へと突っ込んで屋根の上を走り始める。

 昼間の剛力百足とのチェイスの疲労が未だに足に残っているのか、妙に走りが安定しない。

 ただ、そんな事情はお構いなしなのが僕らの姿を追う兵士たちだ。


「おい! 屋根の上に誰かいるぞ!」


 誰かがそういったのを皮切りに、ランタンの火が十個以上こちらを向いた。

 そして、お決まりの「捕まえろー!」とかいう掛け声とともに全員の足がこちらに向く。

 これが終わったら当分は走りたくないと思えるほど、今日は走ってばっかりだ。



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