第18話 戦闘を終えて
一時間後。
空がかすかに赤みを帯びて来る時間帯。
討伐が完了した剛力百足の死骸を背に、僕と聖女様は、正座するアドットさんとなぜだかスルを見下ろしていた。
剛力百足は、体が節ごとと言えるほど小刻みに刻まれており、辺り一帯は緑色の血液で染まっている。
匂いも強烈だし、何よりもグロイ。
一秒でも早く退散したいのだが、頑なに全員移動しようとしないせいで、僕も「移動しながら話しましょう」と切り出すタイミングを見失っていた。
「で? どうしてこうなったの?」
「「ご、ごめんなさい……」」
「や、まあスルが謝る必要は全くないんだけど……」
「そうはいかないよ。だって、私はせっかく信頼してくれたみんなに嘘をついていたから……」
そう言って悔しがるようにスルは下唇を強くかみ、地面を見下ろした。
膝の上においた手は固く握られており、どれほどの思いを持っているのかがはっきりとわかる。
「嘘って言ったって、別に誰かが困ってたわけでもないし。何なら私たちもスルのおかげで助かったようなものだし、感謝こそすれ別に怒る要素なんて何一つないわよ」
「でも、わたしはせっかく仲間として受け入れてくれたみんなに大事な秘密をずっと黙ってたわけで……」
「別にそんなの関係ないわよ。人には秘密のひとつやふたつあって当然だもの。そんなこと言ったら私だってみんなに打ち明けてない悩みだってあるし」
「え? そうなの?」
「そりゃ私だって隠したいことぐらいあるわよ。でも、別にそれを隠してるからって仲間じゃないってわけじゃないし。スキルなんてそもそも人に明かすものでもないしね」
「う、うん……」
聖女様はスルを抱きしめるような優しい声音でそう言って、最後にお礼をいった。
スルも、少し照れくさそうにしていたが、最後は少し嬉しそうに聖女様に笑顔を向けた。
彼女もここひと月ほどで、かなりたくさんの優しさに触れて、おだやかな顔をするようになった気がする。
形を取り繕っただけの笑顔ではなく、心から笑顔を浮かべている。そんな感じがした。
そして、その空気を作ることに自分が絡んでいると考えると、何かむず痒いものを感じた。
「まあ、それはそうとしてそっちの黒いのは許さないけどね」
「えー……」
「当たり前じゃない。突然興奮したように手綱握って戦場に向かうなんて正気を疑うわよ」
「いや、そうは言うてもお前もわかるやろ?」
「獣長化のこと?」
「そや。獣長化できる個体なんてほとんどおらんにゃから何かその秘密がわかるかもしれんやんけ」
「いや、そうは言っても……」
「や、でもわかるやろ?」
「それはそうだけど……」
なぜだか聖女様が押し切られそうになっている。
はっきり言って今回は是非とも僕は聖女様の立場で応援したい。
アドットさんには感謝しているが、秘密が云々とかいう理由で死に急ぐような真似は是非ともやめてほしい。
正直トレジャーハンターとかそういうのに命を懸けるのはありだけど、トレジャーハント中に明らかな罠の向こうにある宝を取りに行こうとするのはなしだ。
以前この話をスルにしたところ全然わからないと一蹴されたのを覚えている。
いや、わかれよ。
「それはそうと質問なんだけど……秘密って?」
「あー、それはな。獣長化って出来る個体と出来ん個体がおるやろ? んで、できる個体の中にも嬢ちゃんみたいに完全に獣になれるようなやつもおるし、中途半端に体だけごつくなるような奴もおる。まーそれをいろいろ調べたいなーって思っとるだけや」
「へー……初めて聞いた」
「まあ、あんまりわしのわがままに付き合わせるんもあれやしおもて言うてなかったからな」
「ね? こうやって今日あっさりと秘密を言う奴もいるのよ。スルがそんなに気にすることないわよ」
「なるほど。そう考えると確かにそんな気する」
「まあ要は適当な距離感が大事なのよ。距離感が」
聖女様がそう言って、お説教タイム? は閉廷した。
くるりと背を向けて、聖女様は馬車に向かって歩き出す。
きっと聖女様も我慢していただけでこの異臭は耐えられないのだろう。
というか獣人二人が未だになんともないような顔をしているのがすごい。
二人とも人間より鼻がいいはずだよね?
そんなことを考えながら僕も聖女様の後をおう。
「なあ! それはそうと嬢ちゃんてあの状態でも自我はあったんか⁉」
「ぬぉ! びっくりしたー……あるある! あるよぉ!」
適切な距離感云々の話をした直後でも、ハイテンションで仲間に接し続けられるアドットさんの度胸はすごい。
というか僕もなんだったらあれくらいの『自分』をしっかり持ちたいものだ。
スルと剛力百足の巨獣大決戦が未だに焼きついていたせいで、未だに舌が回らない男は、小さく息を吐いた。
帰り道は、死んだように眠っていた。
辺りは暗闇へと沈んでいき、街道を通る馬車もめっきりと少なくなる。
星が空を艶やかに照らし、月がそれを包み込む。
そんな中、僕たちを乗せた馬車はゆっくりと進んでいく。
「おいみんな、もーぼちぼち街が見えて来る頃やで」
御者台に座るアドットさんが、荷台の僕らに向かって声をかける。
今回の暴走の罰ということで、アドットさんは帰り道ずっと操舵をし続けていたのだが、それでもなお声には元気が感じられる。
流石にその体力は異常だと思う。
「わかったわ……スル、もうぼちぼち」
「ん? あ、うん。わかった……」
そう言いながら、スルは人型から猫型へと姿を変える。
人面猫ではなく、完全な猫の姿だ。
ちなみにサイズも普通。
未だに街ではスルを猫又族だと知る人はいない。
協会の二人に教えた以外には、猫又族が街にいるということを知っている人もいないはずだ。
だから、極力猫又族だと悟らせないように、街中では猫でいさせている。
協会の二人には一応口止めはしているが、これといってことを荒立てる気はないようなのが幸いだった。
二人の宗教はそれほど猫又族との因縁はないらしい。
猫自体も猫又族を連想させるということで、嫌われているようだが、それでも見つけてすぐ処分となるほどではない。
アドットさんと、聖女様が庇うように立ち回っているおかげか、冒険者たちの中では僕たちが猫を飼っているということも浸透していた。
やはり、そう考えると聖女様とアドットさんはとても優しいと思う。
出会った時こそ猫又族と知っていたか知らなかったかは不明だが、それでもほかの冒険者たちに白い目で見られる危険を冒してまで”引き取る”という選択肢を外さなかった辺りは、流石だなとつくづく思えた。
スルは猫型になると、そのまま僕のカバンの中へと潜り込み、また眠そうにあくびをひとつした。
「アドットさん。大丈夫ですか?」
「ん? ああ、大丈夫大丈夫。わしの体力舐めたらあかんで? それにもうあと十分くらいでつくやろうし、兄ちゃんは横なっといたらええで」
「別にいいですよ。もう十分休ませてもらいましたし。それに馬車で寝過ぎたら体が痛くなりますし」
「そうか」
アドットさんの近くへと座り直し、空を見上げる。
「そういえばアドットさん。スルにも言ってましたけどどうしてそこまで獣長化ってスキルに拘るんですか?」
「や、まあ……わしの知り合いに獣長化で悩んでる奴がおってな」
「へぇ……無意識になっちゃうとかですか? 急にあんなに大きくなっちゃったら確かに大変ですよね」
「や、まあ流石に嬢ちゃんほどの獣長化スキルを持ってる奴なんて世界中探しても三人おるかおらんかぐらいやろうけどな」
「え⁉ そうなんですか?」
声を出してから、後ろで眠るふたりを起こしたのではないかと思ってトーンを下げる。
幸い二人とも起きた様子はなかった。
「獣長化ってのは、あくまでその種族の長になれる素質を測るようなスキルやからな。嬢ちゃんみたいなレベルやったら種族云々どころの話やないのはわかるやろ?」
「ま、まあ確かに……」
「それに、獣長化スキルを使ったら理性が吹っ飛ぶってのか常のはずなんやけど。嬢ちゃんはそんな様子もなかったしな……」
「へ、へー……そうなんですね」
あんな巨体で理性も失うとなれば、本当にA級魔獣ルート確定だろう。
もしかするとそれ以上という可能性すらあるんじゃないだろうか。
でも、確かにそう考えるとスルは理性はあったのかもしれない。
戦闘の時足元に気を使っていた気がする。多分。
「あんなすごいスキル持っとるなんて、嬢ちゃんはホンマに何もんなんやろな……」
「そうですね。また帰ったらしっかり聞かないと」
「おう、そうやな!」
アドットさんはそう言ってガハハと再び高らかに笑った。
そして直後その声に起きた聖女様にビンタされたりもした。
ただ、満天の星空の下でこうして笑い合えるのは、とても楽しいものだと思った。
そして、そんな時には決まって――
「お、見えてきたで?」
「わ、やっぱりこうして見るとアルアーナって明るいですね」
「ほんまやな」
「――っていうか今日何かあったっけ?」
「え?」
「や、いつもよりもやけに明るいな……って思って」
「そう言われてみれば……」
「確かに、そんな気もするな」
不幸の足音が響いてくるものだ。
**
本日もう一話更新します。
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