第12話 呪い(前編)


 三枚蛙というD級モンスター十体の討伐を完了した僕たちは、いつもどおり大衆浴場に入った後にいつもの居酒屋へと直行。

 談笑タイムへと突入した。

 もちろん依頼に入る前に聖女様に滅茶苦茶嫌がられたのは内緒である。


 お疲れ! というアドットさんの乾杯の音頭から始まった今日の夕食タイムだが、これまたいつも通りに進んでいくのみだった。

 依頼の達成報酬を割って、ご飯を食べつつ話をして、たまにアドットさんがソフィアちゃんにするセクハラを聖女様が怒る。

 何も変わらない。


 ただ、ひと月も同じ人たちと、同じような生活をするとそこにある細かな違いに気づいてくるのだ。

 例えばそれはアドットさんがいつもよりも僅かに陽気に振舞っていることとか、聖女様が若干体に力が入っていたりとか、挙げるとキリがない。


 ただ、確実に何かはある。

 いつもよりも難易度の低めの依頼を持ってきたあたりからもそれは伺えた。

 だから、僕は何も遠回りをせずに、あえて正面から尋ねてみる。


「何かあったんですか?」


 ただそれだけ言った。

 なのに、二人にはどう聞こえたのか、体がぴくりと反応する。

 直後、僕に訪れるのは恐怖だった。

 やっぱり聞かないほうが良かったんじゃないか、という僕らしすぎる思考回路。


 だが、同時に僕は知ってもいた。

 二人は普段から何もかもを包み隠さず話しているような人たちだ。

 嘘をつくのは下手くそ。

 それを補ってまで、何か僕に隠そうとしている。

 それが僕の不利益になるとしても興味はあった。


「教えてください」

「……」

「……はぁ。まあいいけど」

「な、おいアヴァ。さすがにやめといたほうがええて」

「こんなの隠したってしょうがないでしょ。教えたほうがこっちも楽じゃない」


 え、なに。

 怖いんですけど。

 アドットさんの動転っぷりとか、聖女様のこの態度とか、色々と怖いんですけど。


 え、やっぱり聞かないほうがいいことなんだろうか。

 なら今すぐにでも辞めたい。

 調子に乗ってすいませんでした僕が悪かったです。


 既に数秒前の決意は消え失せていた。


「気づかない方がいいことだってあるのよ? それでもいいの?」

「え、いやごめんなさいやっぱり――」

「なんでそこで逃げるのよ。ダメ、これはもう私たちも気になるから教える。あなたに拒否権はない」

「いや、でもなんか……え、やっぱり僕死ぬんでしょうか死ぬんですね⁉」

「ああ、大丈夫よ。流石にそこまでではないはず、多分」

「いやいやいやいやいやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! あーあー!」


 そうして僕が耳を塞いで必死に抵抗。

 威厳もへったくれもない。


 だがそれすらもアドットさんによってガードブレイク。

 抵抗の術を失う。

 自分から聞きたいと言っていたくせにもはや内心では完全に被害者へとポジションチェンジしていた。


 聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくないよー!


「いい加減うるさい」


 そして、聖女様の平手打ちによって暴れることすら封じられた。

 しかも結構な威力があったので普通に激痛。

 ひりひりする。


 そんな時、ぐいと聖女様の顔が接近する。


「あのね、あなた拾った昨日の猫。あれ猫又族でしょ」

「へ? あ、はい。多分、そんなことを言っていたような……」

「かー! やっぱりか」

「え、ど、どうしたんですか? 猫又族だったら何かまずいんですか?」

「まずいまずくないでいうとわからないっていうのが正解」

「まずいまずくないで言って欲しいんですけど」

「いや、わからないが正解やて。あーでもどっちかって言ったらまずいやろうけどな」

「え、えーっと……と、言いますと?」

「まあ、最初っから知らなそうな雰囲気でとったからしゃーないんやろうけど。兄ちゃん、猫又族って知ってるか?」

「? いえ」


 突然切り替わった話に少しの困惑が生まれる。

 一方アドットさんは大真面目といった様子で頭を抱える。

 非常に怖い。


「まあ、あなたは田舎で暮らしてたんならそんな話も聞かなかったのかもね。いい? 猫又族ってのは、この国において呪われた種族ってやつなのよ」


「へ、へぇー……」

「猫又族は全員が獣化と人化のスキルと、分身のスキルを持ってるの。それに人に噛み付くことで呪いを感染させると言われてるわ」

「分身に呪い……」

「以前この呪いを食らった数代前の王子や宰相がほどなくしてなくなったことからその時の国王が呪われた種族認定したわけ。まあ本当に呪いのせいで死んだのかは知らないけどね。でもその教えは今でも引き継がれてるから猫又族を見れば処分すべきっていうのが世間の考え。そのせいで今ではもう絶滅したんじゃないかっていう話すら浮かんでたんだけどね」

「な、なるほど……」 


 いきなりディープな展開である。

 あの猫耳美少女は、実は呪われた種族認定を受けるような子で、分身できて、人を呪うようなこともできる。

 つまり無茶苦茶だ。


「ちなみに呪いっていうのは?」 

「さあ? 私も話に聞いただけだから詳しくは知らないわ。まあでも噂によると噛むことによって呪われるとか何とかって」

「へ、へぇー……」


 どうしよう。

 すごく覚えがある。

 今朝、僕は足首あたりに痛みを感じて目を覚ました。

 あの部屋には猫耳少女と僕しかいなかった。

 すごくやばい気がする。


「だからまあ、一般的には猫又族が変幻している可能性がある猫自体を処分すべきって話なんだけど、私が言いたいのはこれから――って、どうしたの?」

「い、いや。ちょっとまずいことになったかなーなんて……はは」

「兄ちゃん?」

「これはあくまで確認なんですけど、噛まれたら呪われる……でしたっ、け……?」

「え、ええ。そのはずだけど――まさか」

「ははっ、ハハハハッ」


 乾いた笑いしかもれなかった。



 宿屋へと帰った僕は、勢いよく扉を開けた。

「おい」

「――へ?」

「へ? じゃない。どこ行こうとしてるんだ」

「え、えーっと……散歩だよ散歩。ほら、今日って天気いいじゃない?」

「確かにそうだね。是非僕も一緒に連れてって欲しいくらいだよ」

「え? そう? なら一緒に行く?」

「取り敢えず窓枠から足下ろしてくれる?」

「あ、うん。ごめんなさい」


 うん、注意されたら直せるのはいいことだよね。

 ただ、僕はそもそも宿屋の二階から猫耳少女が一階に飛び降りようとしていた時点でおかしいと思うんだ。


「まあ、色々と聞きたいことがあるんだけど。わかる?」

「あ、自己紹介タイムとか? 私一応スルって名前だよ?」

「あ、はい僕はレイバーです――ってそうじゃないよね? わかってるよね?」

「……はい」


 いつもよりもあえて数トーン落としてすごんでみせたが、自分では絶対に間抜けボイスになっている気がする。

 でも悟られたら色々とまずいのでここは我慢。


「とりあえず色々と話したいことはあるっていうのは本当だから明日一緒に出掛けてもらうぞ? あ、ちなみに前みたいにこのリュックに猫型で入ってもらうけど……いいな?」

「う、うん」


 幾分か大人しい白髪系猫耳少女ことスルはおとなしく首を縦に振った。

 その表情は態度同様少し暗い。

 でも呪いをかけられたことを確認した僕の表情の方が暗いんだからどんよりムード漂いまくりである。



**

キリが悪いですが、これ以上は区切りようがないのでここで一話にさせていただきます。

ごめんなさいm(__)m

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