第11話 噛み
本日二話目です。お気をつけください。
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「どうしてこうなった……」
僕は隣にいる聖女様とアドットさん、前にいる猫耳美少女ことスルに聞こえないように言葉を漏らす。
冒険者になってからこの言葉を口にするのは何度目だろうか。
覚えていない。
それくらい波乱万丈の日々を送っている。
「聞いてる?」
「え? あ、ごめんなさい。何ですか?」
「もういい。死ね」
「流石にひどくないですか⁉」
聖女様の辛辣すぎる返しにツッコみながら、僕はここ数日のことを思い出す。
*
朝。
「いづっ!」
足に感じる痛みと鳥の鳴き声と共に朝日にに釣られて僕は重い瞼を開ける。
やけに凝り固まった体をほぐすべく一度大きく伸びをして、もう一度ベッドへ倒れこんだ。
昨晩は何をしていただろうか、思い出せない。
「みゃっ⁉」
……ああ、そうだった――……
突如として響いた鳴き声で、脳裏によぎる昨晩の出来事。
僕はアドットさんの静止を振り切って猫を引き取ったんだった。
首だけになれる可能性もあるといういわくつきの猫。
正直見るのが怖い。
というかさっきの足の痛みって猫に噛まれたとかそういうのじゃないだろうな。
や、怖いから気にするのやめよ。
「さーて、もう一度寝るかー」
猫が人の言葉を理解しているかチェック。
本当に寝ているように目を瞑って体を声がした方から反転させる。
だがしばらく経っても反応はない。
やはり、本当にただの猫だったのだろうか。
安心と、僅かな不安とともに振り返る。
するとそこには、人面猫がいた。
落ち着きを取り戻すまでに二十分を要した。
その間、ただひたすら部屋の中を逃げ回る僕を追いかけ続ける猫という、滑稽な場面が展開されていた。
あまりの騒音に隣の部屋に泊まる冒険者も飛び起きてドアノックをしたり、フィリアさんが強引にドアを壊そうとしたりもした。
フィリアさんは意外と暴力的だ。
それを苦しい言い訳で逃げ切ったのだが、おかげでまだ朝にも関わらず疲労困憊だ。
だが、そのかいもあってようやく今は落ち着きを取り戻すことに成功した。
僕はベッドの頭側に正座して、正面をチラ見する。
全裸にシーツを一枚だけかぶりながら胡座をかく少女。
いろいろな意味でギリギリだ。
「え、えーっと……状況を説明して欲しいんだけど……」
「状況を説明って……見てわかんない?」
「すみませんわかりません」
僕はいつの間に部屋に裸美少女が降臨するような善行をしたのだろうか。
というか見てるほうが恥ずかしくて直視できないあたりに僕の男としての小ささが垣間見える。
ただでさえ猫が人になったり人面猫になったりと高周期変態を繰り返している状況でいっぱいいっぱいな僕をこれ以上おいていかないで欲しい。
「えー……昨日はせっかく助けてくれたのに……ショッと!」
「助けたってやっぱり君は――あああああああああああああああああ⁉」
振り向くとなんと少女は体を覆っていたシーツを投げ出して、窓の外に吊ってある僕の着替えへと手を伸ばしているではないか。
もちろんシーツを手放したということは、今の少女は生まれたままの姿ということになる。
朝日を浴びた、腰とか太ももとかが光って見えるほど美しい。
「大きい声出さないでよ気づかれちゃうでしょ?」
「そんな正論言われても無理です無理です。ちょ、ちょっとこっちへ!」
咄嗟に猫耳少女をベッドに倒して僕が着替えを回収。
少女へと放り投げる。
「アン」とか色っぽい声を出すあたりこの少女はおそらく痴女である。
僕知ってる。
こうやって男子の気を引く系のやつは村にもいたもの。
女子に嫌われる系女子ってやつだ。
そしてそれにイラついた女子たちは何も言い返さない僕をサンドバックにしたという思い出。
だから僕はこういう女子嫌いです。
でもそれとは別に恥ずかしいものは恥ずかしい。
男の子ですもの。
「あ、ありがと……」
「というか君って一体何ものなの? 何しにここに?」
「それ昨日も説明したよね?壁に挟まる系女子ってやつだよ。何しにもなにも君が連れてきたんだし」
布がすれる音と共に少女の声が響いてくる。
もう色々と限界が近い。
「じゃ、じゃあやっぱり君は昨日の朝の……」
「そ。猫又族のスルちゃんです。わかりやすいでしょ?」
「ちょっとよくわかんないけど、そのスルちゃんが一体どうしたの?」
「どうしたって?」
「? だからどうして僕の部屋にいるのかってこと!」
「だから君が連れてきたんでしょ? あ、もういいよ」
「あ、うん。で……?」
振り向くとそこには僕が着ていた服を着た、昨日の朝見た猫耳系美少女の姿。
サイズの関係上少しダボっと着た感じが、なんというか非常に生っぽい。
思わず目をそらしそうになったのを、何とか止めた。
会話できないから服を着ろって言ったのに着たら着たで会話できないというジレンマ。
モンスター童貞ここに極まる。
「でって言われても……それ以上あんまり話すことなんてないけどね。何か聞きたいこととかある?」
「あ、じゃあ……」
そう前置きをして、ひとつ。
「あの人面猫は何?」
「私」
「目を光らせないでくださいそして二度とするな」
「えー……」
「えーじゃない」
あ、今一瞬聖女様の気持ちがわかった気がする。
こんな感じのが毎日続いたら確かにアドットさんに対する扱いも雑になるわ……あれ?
でもなんで僕まで雑なんでしょうかわかりません。
僕もそんな扱いがひどくなるようなことをしたってことだろうか?
思い当たることは――いっぱいあった。
ごめんなさい聖女様。
「あー、えっと、それはスキルってこと?」
「? うん、そうだ、けど……知らないの?」
「? 何が?」
「へー……そうなんだ。知らないんだ」
「? だから何が?」
「や、こっちの話。あ、そういえばお腹減ったね。話は後にしてなにか食べようよ!」
*
もう色々と無茶苦茶だ。
この猫耳娘、僕の話を全く聞かないってだけには飽き足らなかった。
まず、フィリアさんに部屋から一緒に出てきたところを目撃されてぎょっとされたときにはいい訳をさせる暇も与えてくれない。
フィリアさんが作ってくれた朝食を奪い取って外へと飛び出、勢いよくそれを完食。
さらに、僕の財布を奪って適当な店に入っては朝食の続きへと洒落込んで見せた。
理解不能。
又しても脳はショート、現実逃避を開始した。
そして面倒くさいことに彼女は足が速いのだ。
その速度たるや見失わないようにするのがやっとなほど。
一月以上冒険者をしているのに、これだ。よほどのものだった。
猫になれるというスキルを持っていると言っていたが、そのことが関係しているのかもしれない。
「おそーい」
「――っ。そうですかそうですか。僕のせいなんですねそうなんですね」
「まあいいや、はい。返すね」
そう言って猫耳娘ことスルは悪態をつく僕へと財布を投げる。
慌ててキャッチ。流れるような動作で中身を確認。
三千レルほど消えていた。
「ちょっと待て朝から食べ過ぎでしょこれ」
「? よくわかんないけどまあいいでしょ。あとで返すって!」
「ええー……」
やっぱりこの手の人間って苦手かも知れない。
なにか僕とは決定的に違う価値観を持っている気がする。
だって前も朝で通路に挟まるとかいう奇行をしてたわけだしね。
あ、今気づいた。
朝に通路に挟まってたあれは多分猫型から人型に戻ろうとしてタイミングミスってしまった。てへ♪ みたいな感じなのだろう。
なるほど、やっぱり理解できない。
アドットさんなら理解できるかも知れない。
「お腹も膨れたし、次は何する? 帰る?」
「君ホント無茶苦茶だよね。どうやって今まで生きてきたのか真剣に教えて欲しいくらい」
「え? 知りたいの?」
「や、面倒くさそうなんでいいです」
「にゃはは……」
――。
不覚にも、笑い方と猫耳のマッチング具合に軽く脳を揺すられそうになる。
いや、騙されてはいけない。
僕には……聖、いやいやいやそれはそれでまずいんだって気づけよ僕。
女性慣れしていない自分のちょろさに鬱屈とした感情が湧き上がる。
「ていうか普段君は人型で生きてるの? 猫型?」
「んー……猫型が多いかな。正直そっちのが複雑なこと考えなくていいから楽だし」
「そうですか……」
「ああでもだからって人間型も捨てたもんじゃないよね。ほら、結構可愛かったでしょ? 人集めてたかるの」
「だからそれは聞きたくないって言ったよね⁉」
僕がそう言うとケラケラと猫耳美少女は笑う。
ぐう、確かにこうして見るとやはり外見はかわいい。
聖女様とはまた違った、少女といった可愛さが伺えるのが妙に腹立たしい。
「まあまあ、じゃあそれはそうとしてさ。これから何する?」
「何するもなにも……僕は仕事だけど」
「あ、じゃあわたしもそれについていくよ」
「……」
「別にいいでしょ? どうせスライム狩るだけなんだし」
「何でわかるんだよ……」
「だって絶対E級でしょ?」
「ナチュラルに馬鹿にするのやめてもらっていいですかね!」
すると再び猫耳少女はケラケラと笑う。
もうこのテンションは完全にアドットさんのそれだ。
と、そんなことを考えていたせいだろうか。
「お、兄ちゃんやんけ。さっきからギャーギャー聞こえとったで?どしたん?」
「あ、おはようございますアドットさん」
「うぃー」
アドットさんがよくわからない言語を発して片手を挙げる。
ただなんかデキる男みたいで格好いい。
今度僕もやってみよう。
ふと、袖に違和感を感じる。
視線をやると、僕の体に隠れるようにして猫耳少女がアドットさんから身を潜めていた。
それだけで猫耳少女が何を考えているか理解した。
確かに僕もアドットさん初めて見たとき怖かったもんね。
珍しいよね狼人族。
「そっちの嬢ちゃんもうぃー」
「……」
「ありゃ、フラれてもーた」
そう言ってガハハと豪笑するアドットさん。
やっぱ猫耳少女とアドットさんって性別が変わっただけだろ。
ノリが一緒にしか思えない。
だが、猫耳少女はアドットさんを恐れているのか、僕の影に入ったまま顔すら覗かせようとはしない。
初対面の人相手に委縮してしまう気持ちはわかる。
僕も多々経験があるので、ここは僕がなんとかすべきだ。
「アドットさん、そういえば今日は遅いですね? 依頼とか大丈夫なんですか?」
「ん?おお、当たり前や。適当なやつ取っといたわ。じゃあ兄ちゃん行くか!」
「え?」
「いや、え? やあらんで。兄ちゃんも行くやろ?」
「いやいや、だからそれはもう終わりって聖女様と一緒に決めたじゃないですか。まあ僕も二人と一緒に行きたいですけど……」
「なら問題ないやろ。なんやったら後ろの嬢ちゃんも一緒に行くか?」
「え? いや、あの、それはちょっと……ね? あれ?」
確認を取るように後ろを振り向くも、そこには何事もなかったかのように朝のざわめきが残る大通りが広がっているだけで、猫耳少女の姿はどこにもなかった。
おそらく、アドットさんを恐れるあまりに話の途中でスキルだと言っていた猫化を使って逃げ出したのだろう。
「あ、あはは……。あの子、どっかいっちゃったみたいです……」
「……そうみたいやな」
そう言ってアドットさんは珍しく考えるような姿勢を取る。
だが、暫くするとアドットさんは伸びをしてから口元を歪ませた。
「ほな兄ちゃん。まあ行くか」
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