第10話 引き取り
ギルドに報告を済ませて軽く風呂に入った後、三人でいつもの居酒屋にて談笑タイムへと突入した。
いや、正確には三人と一匹で、か。
テーブルの上には優雅にくつろぐ白猫の姿があった。
猫のくせに料理には見向きもせずにあたりを睥睨している。
どこかの貴族の猫なのだろうか。妙に様になっている。
アドットさんが好きな店員さんことソフィアちゃんは、そんな異様な光景にチラチラとこちらの様子を伺っている。
怒っているというよりは、羨ましいといった顔つきだ。
猫好きなんだろうか。
だが、こういう会話の糸口となるところを見逃すのがアドットさんである。
酒を片手に出された料理をつつきながら猫をつんつんとつついている。
「なんやえらい綺麗な毛並みしとんな。わしとどっちが綺麗?」
「五百パーセント猫」
「えーわしやろ」
「そんなことは毛の長さを揃えるくらいの努力をしてから言いなさいよ」
「抜け毛の時期までもーすぐやし別にええやろ」
「じゃあやっぱり猫ね」
聖女様に言われたことが納得いかないのか、机に突っ伏してぶーぶーと文句を言うアドットさん。
聖女様がやったら可愛いと思える動作もアドットさんがやると威圧感が勝る。
麻痺薬でも飲まされたのではと一瞬心配になる。
「まあそうは言ってもこの子のおかげで助かったわけだし。やっぱり感謝しないとね」
「助けたんわしやのに?」
「この子がカバンの中で暴れてなかったらあんた気付かなかったでしょ」
「ガハハハハ、なるほど。確かにな。じゃあこの猫に感謝やな!」
そう言ってアドットさんは適当な野菜をグズグズに煮込んでもらった即席キャットフードを猫の前へ。
猫は一瞬匂いをかぐような素振りを見せたものの、特に何の抵抗もなく皿へと口をつけた。
食べ方まで上品である。
「でもこの猫って飼い猫よね? こんなに綺麗な野良とかみたことないし」
「いや、多分野良だと思いますよ? 僕前にリスみたいな魔獣を朝早く追っかけてるの見ましたし」
「え? ほんとに? ……へぇ」
「――別に嘘ついてるわけじゃないですからね!?」
「わかってるわよそんなこと。ならなんでこんなに汚れとかがないんだろうなーって思っただけよ」
「あ、そういう」
この街で野良猫とか殆ど見ないからおそらく前見たやつと一緒だろう。
その時もじっくり見たわけではないが、大通りでリス型魔獣を追いかけてたこの猫は綺麗だった気がする。
でも、だからといって疑問はいっぱいだ。
「ならなんでこいつが兄ちゃんのカバンに入ってたんやろな?」
アドットさんが皿を片付けるのに忙しい猫の頭を撫でながら言う。
「連れてきたわけじゃないんですけど、なんか勝手に入ってたみたいで」
「でも昼飯の時とかはカバン開けてもおらんかったんやろ?」
「そうですね。ちょっと中身が減ってた気はしましたが、多分気のせいだろうって思って」
「絶対連れてきてるじゃない」
聖女様の鋭い指摘。
確かに言われてみればその通りだ。
「で、でも入った時がわからないんですよ。朝確認した時は紛れてませんでしたし、その後も――」
ふと、今朝の全裸系猫耳美少女が頭によぎる。
今思えば、帰り道で僕がカバンの中で見つけた生首は彼女のものだった気がする。
だがそれも一瞬。
アドットさんが確認すると入れ替わるように白猫が入っていた。
……もしかして、猫=猫耳美少女なのだろうか。
いやいやいや、それこそありえないだろう。
自分の姿を変える魔法なんて、どの属性を探してもないだろうし、スキルの一種だとしても――あ、それはありえるのか。
僕自身が一つたりともスキルを持っていないからスキルってイマイチピンと来ないんだよな。
「兄ちゃん?」
「え? あ、ごめんなさい聞いてませんでした」
「おいおい兄ちゃんしっかりしてや? アヴァみたいになってまうで?」
「どういう意味よ」
「さあ? どういう意味やろ」
アドットさん爆笑。僕と聖女様失笑。
アドットさんにしか理解できないセンスに敗走。
「まあ、それはええとして。これからこいつどーするよ。誰かさんの面倒くさい外面のせいで捨てるわけにもいかんらしいし」
「外面って言うな外面って。あと声がでかい」
「アヴァも面倒くさい奴やなー。別に今更対応かえたところで何にもならんて。第一もう化けの皮なんてボロボロやろーに」
「ぼ、ボロボロじゃないわよ! ていうか化けの皮でもないし!」
「? どういう意味ですか?」
僕だけが会話に乗り遅れたかのような疎外感。
思いついたことをそのまま質問すると、アドットさんはキョトンとした顔を浮かべて、やがて笑い出した。
「ハハハハハ! やっぱ兄ちゃんはそうでないとおもんないわな! 流石や!」
「っさい! だから声が大きいってば! 静かにしろ!」
聖女様が綺麗な声で叫ぶ。
周囲の冒険者たちは幸い気づいていないようだが、一瞬冷静になった聖女様は、怒った様子で今度はアドットさんの口元を強引に抑えに行った。
力技である。
そして、アドットさんはやがて息苦しくなったのか、聖女様の頭を叩く。
すると、聖女様の手から力が抜けた。
「わーたわーたって。ひどい女やで全く。で、こいつをどうするかって話やけど」
「……まあ、私が引き取るのが妥当よね」
「妥当っていうかそれ以外ないやろ。自業自得や」
「……はあ。まあ命を救ってもらったわけだし、しょうがないって割り切るしかないわね。宿の人に飼っていいか許可取らないと」
聖女様がそう言って渋い顔をする。
それを見たとき、僕の口は勝手に開いていた。
「あの、もしあれなんだったら僕が引き取りますよ!」
「へ?」「え?」
「いやいや兄ちゃん。余計なこと言わんでええて。こいつが勝手に言ってやっとるだけやから兄ちゃんが拘る必要ないて」
「い、いやそいうじゃなくてですね。猫も僕のカバンに入ってたんですしなんか僕に引き取られたいんじゃないのかなーって思ってですね。それに僕の泊まってる宿はペットオーケーですし……だから僕が引き取りますよ!」
もちろん真っ赤な嘘だが。
「や、ちゃうんやて兄ちゃん。そういうことじゃなくてやな……」
「大丈夫です! 絶対に大丈夫! 絶対に大丈夫ですから!」
そう言って僕は強引に会話を打ち切って、猫を抱いて店を出た。
会計は明日にでも返せばいいという考えが失礼だろうかと、そんなことを考えながら、夜の街を疾走する。
どうしてだろうか。
どうして猫を引き取るなんて言ったのだろうか。
理由は簡単。
聖女様が、困った顔をしたからだ。
ちょろい、あまりにも自分がちょろすぎると思う。
ただ、「いつも迷惑をかけてしまっている聖女様にわずかでも恩を返せる」と必死に自分をごまかしながら、服の中へと猫を突っ込んで夜の街を駆け抜ける。
この気持ちは、決して認めてはいけないものだ。
平民の出で、駆け出し冒険者もいいところの僕を一から育ててくれた聖女様。
感謝はいくらでも浮かんでくるが、これを認めた瞬間に、僕の中での聖女様が揺らいでしまう。
ダメだ、ダメだ、ダメだ――……。
必死に頭を振りながら、ベッドの中へと直行した。
* *
「兄ちゃん行ってもーたやんけ」
「私のせい?」
会計をアドットに済ませて追いかけようとしたが、途中で財布を持ってないと呼び止められて、追跡を断念。
いい加減アドットが鬱陶しい。
レイバーが泊まっている宿なんて知らない以上、完全に見失ってしまった。
夜の街を二人で歩くのみである。
「お前が引き取るのを嫌そうにしたからやろ。知らんけど」
「そんなの……してないことはないか。確かに……」
「あーあ、聖女様ってばわるーい」
「ぐ……」
「……なあ、アヴァ?」
「なによ」
「別に兄ちゃんに言っても変わらんやろ」
「……なにが?」
「確かに、昔はお前がそうしなあかんかったのは知っとる。けど、もう今は関係ないやんけ」
アドットはあえてぼかしたような言い方をしてくる。
「だから、なにがよ」
「意地を張るのは勝手にすりゃええけど。迷惑かけるのは違うで?」
「だから……なにがよ」
「さあ? 何の話やろな」
「……」
「てか、兄ちゃんの話聞く限りさ。あの猫って……」
「まあ、おそらくそういうことでしょうね」
「やっぱり、兄ちゃんはおもろいな。ハハハハ! ――ってことでアヴァ?」
「それは無理だって言ってるでしょ?」
「ぬぇー。アヴァかて今楽しいくせに」
「な――ちがっ!」
「あ、わしこっちやわ!」
そう言って強引にアドットが逃げる。
残されたのは私一人だけだ。
「……ばかばかしい」
呟きながら、トボトボと歩き始めた。
**
本日、もう一話更新します。
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