第7話 仲間探し失敗(後編)
翌日。
聖女様によると、今日は仲間募集の張り紙に応募してきた人の面接をするという。
そもそも僕は、駆け出し冒険者の僕の仲間になりたい人なんているのだろうかと疑問に思っていたのだが、聖女様には考え方が甘いと怒られた。
理由を聞くと一言。
「私と仲いいって思われてるんでしょ?」
なるほど、納得した。
一人目。
「レイバーさん……ですね? 僕はD級冒険者のラスカルといいます。なんでもお仲間を募集しているとか。もしよろしければ僕なんかどうでしょう?」
そう言って金髪碧眼高身長イケメンがギルド併設食堂で待つ僕たちのもとへと現れる。
整備の行き届いた鎧を見るに貴族のお坊ちゃんみたいな感じだろうか。
でもD級冒険者なら、僕なんかよりずっと戦闘経験豊富な、敬うべき人なんだろう。
僕はなるべく笑顔を心がけて、座るように促した。
ちらりと聖女様を見ると、優しい笑みで、どこか退屈そうに口元を押さえていた。
「えーっと、じゃあ面接を始めますね……」
二人目。
「C級冒険者のボルだ。よろしく」
「どうも」
「ええ。よろしくお願いします」
今度は見るからに冒険者っぽい装いの開いた胸元から胸筋とともに胸毛も溢れるダンディ系のおっさんだった。
所々にある傷跡に思わずたじろいでしまう。
「じゃあ、おかけになってください」
五人目、六人目。
「E級冒険者のサッチって言いまーす」
「同じくルイです。よろしく」
そう言って現れたのは手入れされた長い髪を自慢げに見せびらかしてくる貴族感満載のイケメンと、白髪の少年。
見る感じルイさんはサッチっていう人の付き人というポジションなのだろうか。
だが、E級冒険者というのはいいことかもしれない。
戦闘能力に差があると気を使ってしまう部分も多いかも知れないし……。
「それじゃあ――」
十二、十五、二十……。
全ての面接を終える頃には夜になっていた。
もう数えるのも途中からおざなりになっていて、会話に至っては聖女様に任せっきりになってしまった場面もあった。
自分のこれからの仲間を決める大事な面接だというのになんたる不覚。
でも聖女様に叱ってもらえるというのは一種のご褒美の気もしなくはないのでこれはありなのでは……?
いや、いやいやいやそういうところだぞ僕!
そういうことを考えてしまうから、いつまでたっても成長できないヘタレになんだ!
内心忙しい僕と、顔に疲れの色を浮かべる聖女様の二人でいつもの酒屋へと並んで歩く。
夜風が体を通り過ぎると、体温が下がるような感じがして心地よかった。
「どう? これっていう人はいた?」
「いえ……圧倒されてしまってて」
「何に? 私の人気?」
「……」
「ツッコみなさいよ。恥ずかしいじゃない」
「え? ああ、ごめんなさい。でも、本当に聖女様は聖女様なんだなーって再確認させられました」
今もなお、大通りの脇へと視線をスライドさせると、道行く男性冒険者たちがこちらの様子を伺うように密談しているのが見える。
聖女様は気づいてなのか、気づかないフリをしているのかは不明だが、腰のコリをとるように背中を伸ばしていた。
サービスということなのだろうか。
そう思って聖女様を横目で見ると、睨み返された。
すいません調子に乗りました。
「まーね。だって私って聖女だし。男からしてみれば聖女を口説き落としたってなれば株急上昇ってやつなんでしょ?」
「ど、どうでしょうね……あはは」
乾いた笑いしか生まれない。
中にはそういう外交的な理由で聖女様とお近づきになりたいって人がいるのかもしれないが、聖女様は自分という一人の女性としての価値を分かっていない気がする。
絶対聖女様は、聖女様じゃなくても言い寄ってくる男はたくさんいると思う。
恥ずかしいのでそんなこと口が裂けても言えないが。
ゆったりと、時には途切れながら、だが確実に進んでいく会話は、この街の夜には静かすぎるほどのものだったが、とても楽しいものだった。
聖女様は鋭い言葉や皮肉を言っていたが、そのすべてが僕に向いていると思うと、それだけで胸が熱くなるのを感じた。
僕は変態なのかもしれない。
だが、楽しい時間もやがて終わり、いつもの酒屋へと到着した。
冒険者食堂よりは静かだが、それでも活気がある店のドアを開けると、アドットさんがいた。
笑いかけてくれたので、軽く会釈を返してから二人でアドットさんのテーブルにつく。
「兄ちゃん張り紙見たで? どやった?」
「ちょ、重たいです。でも本当にたくさんの方が応募してくれました」
もたれかかってくるアドットさんを押し返そうとする。
しかし、百キロ以上ある体重だけに苦戦してしまう。
すると、そんな僕を見て、アドットさんはまた豪快に笑う。
「まあそやろなー。兄ちゃん人気者やしな!」
「聖女様の人気のせい? おかげ? ですよ……」
「せいって酷い言われようね。私があの場にいなかったら一人も集まらなかったでしょ?」
「それはまあそうなんですけど」
たしかにあの場で募集を僕一人でかけたところで集まる人なんてゼロに決まっている。
そう考えると聖女様が手伝ってくれたおかげであれだけの人が集まってくれたとも言えるのか……ん?
それってよく考えなくても僕とパーティー組みたいってわけじゃないってこと?
ってことは結局集まったのはゼロなのでは?
一人でうんうん唸っていると、酒が入った小樽をアドットさんが勢いよく叩きつけた。
「で? アヴァからみて兄ちゃんと仲良く出来そうな娘はおったか?」
「なんで男はダメみたいな言い方なのよ……」
「そりゃあ兄ちゃんかて仲間は可愛い子のほうがいいもんな?」
「……え? あ、はい。そうですね――って違いますよ⁉」
否定はしたもののアドットさんは爆笑して、聖女様は冷たい目でこちらを睨んでくる。
え。僕否定したよね?
「まあまあ、男は誰かて女好きなもんやからな、わかるわかる」
「だから違うって言いましたよね?」
「まあそれはそうとして、どうせ男やったらアヴァ目当てのやつしかおらんかったやろって思っただけや」
「ああ、なるほど。確かに」
思ったよりちゃんとした理由があったせいで反応に困る。
「んで? どやった?」
「それは……ゼロよね」
「かー! やっぱそうかぁ」
残念なことに三○人近く訪ねてきた冒険者のうちすべてが男性。
いくら冒険者は男性が多いとは言っても三○分の○ともなるとやはり僕の仲間というよりは聖女様目当てというのが大きいのだろう。
アドットさんは額に手をやって大仰に悲しんで見せた。
なんというか僕のために悲しんでくれてるってだけで目の奥が熱くなるのは僕が人間関係に慣れていないせいなのだろうか。
すると、アドットさんが急に居心地悪そうに辺りをキョロキョロと見回して、聖女様の方へと口元を近づけた。
「――な、なぁ。アヴァ?」
「却下」
「えー、ケチ……」
「何のためにやってると思ってるのよ」
「? どうしたんですか?」
二人が僕には全くわからない会話を始めたので、思わず止めてしまった。
だが、聖女様は僕の方を見ると、ふんと小さく鼻を鳴らす。
なにそれかわいい。
「どーせこいつを私たちでもうちょっと面倒見よとかそんなこと言うんでしょ? わかってるわよそんなこと」
「えー……兄ちゃんかて一緒に冒険したいわな?」
「い、いやーどうでしょう……あはは」
勿論したい。
何の知識も技術もない僕みたいな新米冒険者相手にこれほどまで面倒を見てくれる人たちはそうそういないし、二人といることにも慣れてきたのでできれば今後とも仲良くしたい。
それにこういっちゃあれだけど稼ぎも……。
でもだからダメだ。
これ以上二人に迷惑をかけるわけにはいかない。
アドットさんの好意に甘え続けてはいられないのだ。
だがそれはそれとして、アドットさんのお誘いを断るということは、アドットさんと一緒にいたくないという意味にも受け取られてしまう可能性がある。
いろいろな考えが脳内を回った結果、最終的にはなんとも微妙な苦笑しか浮かんでこなかった。
「アドットも気づきなさいよ。こいつが私たちと一緒に冒険するっていうのはかなり気を遣うことなのよ?」
「へ? なんでや?」
「いやまあその……稼ぎのこととか……」
「んなこときにせんでええ! わしら友達やんけ、なあ!」
「なんでそこで私に話を振るのよ」
アドットさんから投げかけられた熱い言葉に、思わず涙腺が熱くなる。
しかし、そんな僕の横で、聖女様は何とも言えない微妙な顔をしている。
温度差がすごい。
「でもいつまでも私たちがつきっきりってわけにもいかないでしょ?」
「えー」
なおも食い下がってくれるアドットさん。
今まで人に必要とされる機会が殆どなかった僕にとってこうまで言ってもらえるのはもう何というかお腹いっぱいだった。
頬を雫が伝っていくのも多分気のせいじゃない。
「い、いや。本当に大丈夫ですから。聖女様に今仲間募集を手伝ってもらってること自体僕にとっては信じられないほどありがたいことですし!」
「なに? 泣いてるの?」
「……泣いてません」
袖でよくわからん雫を拭き取りつつ答える。
「……でも兄ちゃんはもうちょっと強欲になってもええ思うけどなー。一緒に冒険したときかていっつも依頼料受け取るの渋るやん」
「そりゃそうですよ。連れて行ってもらってる身ですし、それにそもそも僕何もしてませんから」
「そんなことないやろ? なあ?」
「ないとは言い切れないけどあるとも言い切れないぐらいかしらね」
「ハッ、照れ隠しか?」
「っさい黙れ。あんたも追い出すわよ?」
アドットさんの軽口に聖女様が鋭く反応。
途端にあたりの気温は絶対零度へ。
だがアドットさんの口は凍った空気の中でも軽々と動き始める。
「でも兄ちゃんと冒険するようになってからアヴァもなんか楽しそうやん」
「え?」
アドットさんは口元を歪めて聖女様を見る。
しかし、聖女様は「何言ってんたこいつ」と言いたげな表情を浮かべていた。
ですよねー、知ってました。
僕といるとき聖女様いっつも怒ってるもん。
だが、何かおかしいのかここでもアドットさんは唾を盛大に飛ばしながら豪笑する。
「あれを見て楽しそうって思えるならあんたは病気。一回死んだほうがいい」
「……」
僕といても楽しくないという事実をきつく突きつけられた。
僕の心に七十のダメージ。ちなみに元の体力は五十。
「わーたわーた。まあでも仲間探すんやったらわしも手伝うくらいはええやろ?」
「え? アドットさんも協力してくれるんですか?」
「おう、任せとけ。アヴァに擦り寄ってくるやつは大体わしみたら逃げてくからな。そういやなんでなんやろ? もしかしてわしら恋人に見えるとかかな?」
「ぶッ!」
「あんたの顔がいかついからに決まってるでしょ……」
聖女様がやれやれといった様子で肩をすくめる。
だが、アドットさんに言われて聖女様とアドットさんが恋人という光景を想像してしまう。
休日二人で仲良く買い物とかして、軽口を叩き合いながら大通りを二人で……あ、これはないな。大丈夫だ。
アドットさんナンパとかしそうだし。
でもアドットさんが聖女様の男よけとして機能していたのか。
ひとつ謎が解けてスッキリした気分だ。
聖女様という女性の価値を考えると、強引にでも手に入れたいと考える男がいてもおかしくないと思っていたが、アドットさんを見ると諦めるってことか。
なるほど、確かにアドットさん顔怖いからね。
あーでも聖女様ならそんなやつが現れてもボコボコにしてそうで怖い。
普段の僕への扱いと戦闘能力を考えるとそれくらいしてそうだ。
おお、急に聖女様が怖く見える。
「まあじゃあそれはそれとして。でも碌なやつおらんかったんやろ? なら兄ちゃんこれからどうすんの?」
「え? あーそうですね……取り敢えず依頼の張り紙に反応があるまで暫くは難易度の低そうな依頼をこなしつつ、スライムと戦いつつーみたいな感じでしょうか」
僕がそう言うとアドットさんは露骨に顔を歪めてみせた。
「んなことしてても兄ちゃん戦闘経験なんて積めんで? 最低でもゴブリンくらい相手にせな。だいたい、今スライムて一匹いくらや?」
「二○レルくらいですね」
スライムは、討伐達成の証拠としても使われる、弱点の核石が、半透明の粘液状の体にわかりやすく浮いているので、武器さえ持っていれば全く戦ったことのない子供でも倒せる相手だ。
一応体に触れることは害とされているが、大人しい魔獣なので、子供のお小遣い稼ぎにうってつけのモンスターでもある。
「兄ちゃん。そんなんしとったらいつまでたってもD級なれんで? 兄ちゃんには特別な力もあるんやからもっと上までいけるって」
あえて魔法をぼかして言ってくれる辺りにアドットさんの優しさを感じた。
別に魔法が使えると言ってもいいのだが、それはそれでリスクを伴う。
使える人が限られているということは見せ物にはうってつけだし、冒険者たちからは少なからずやっかみを受けるかも知れない。
だから信頼する人にだけ教えるものだとアドットさんから教えてもらった。
なのでもちろん仲間募集のところに魔法が使えるとは書いていない。
ただのE級冒険者が作るパーティーに入りませんか? というもの。
まあでもそれを言ってしまえば四属性使えると誰もが知ってる聖女様はどうなんだという事になるが、聖女様は特別らしい。
まあそうだよね。
四属性使える人を襲うような阿呆はそうそういないよね。
「でもだからってソロでやってくってなるとそれはそれで……」
「冒険者生活始まってすぐに黒星狼に追われるほどやし兄ちゃん運もなさそうやしな!」
「悲しいこと言わないでくださいよ……」
「うーん……じゃあどうするのが正解なんやろな?」
「そうね……」
二人が真剣に頭をひねりだしたあたりで、僕の口は勝手に動いていた。
「お二人の気持ちはありがたいですが、やっぱりこれは僕の問題ですし……。地道に一歩ずつ進みながらゆっくりと仲間も集めていきますよ」
そう言って今日何度目かもわからない苦笑を浮かべると、アドットさんが椅子を鳴らして立ち上がった。
そしてつかつかと僕の方へと近づいて、肩を掴む。
「だから兄ちゃん。そんなに悲しいこと言うなて。わしら友達やゆーたとこやろ? 一緒に考えたるゆーてるやん。な?」
「は、はい……ありがとうございます」
今までと違いあまりに真剣なトーンに気づけばそう答えていた。
だが、次の瞬間にはすぐに何事もなかったかのようないつものアドっとさんへと戻っており、また笑みを浮かべる。
「まあ、そうはゆーても結局なんも思いつかんけどな。なあアヴァ、どーしてもあかん?」
「話を戻すな」
「えー」
その後も議論は続いたが、結局なんのアイデアもないままにアドットさんが酔いつぶれてしまい話し合いは終了となった。
アドットさんが泊まっているという宿に運び込んだら、聖女様とは別れて自分も宿へと戻った。
当たり前だ。
こんな幸せがいつまでも続くとは思っていなかった。
僕が経験も戦闘能力も文字通り桁違いの二人と一緒に冒険できていたのが異常。
だが、口では濁しても、聖女様に嫌われていると知っていても、それでももう少し一緒に冒険したかった……。
声にすら出せない願いは僕の体を内側から侵食していくようだった。
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