第6話 仲間探し失敗(前編)



「どうしてこうなった……」


 僕は隣にいる聖女様と、やたらと真っ白な毛並みの猫を撫で回すのに夢中なアドットさんに聞こえないように声を漏らす。


「ちょっと。聞いてる?」


 隣から僕の顔を覗き込んでくる聖女様を見て、顔が上気する。

 自分でもちょろいとは思いながらも仕方ないのだ。

 聖女様が上目遣いで僕を覗き込んでくるなんて状況に慣れろという方が難しい。


「だーかーら。聞いてるのかっていってるでしょ? いい加減しつこい」

「ご、ごめんなさい……えっと、それで……」

「はぁ。聞いてなかったのね……ったく」


 聖女様は面倒そうに溜息を吐く。

 僕はそんな彼女を横目に、最近の出来事を振り返るように思い出し始めた。



 アドットさんに初めて冒険に連れて行ってもらった日から、ひと月あまりが経過した。

 田舎から勢いで飛び出して始めた冒険者生活も、完全とは言わないまでも徐々に慣れ始めてくる頃。

 そして、同時に始まった別の生活にも慣れ始めて来る頃だった。

 そう、アドットさんと聖女様のパーティーメンバーという生活だ。


 いや、わかっている。

 これは本来考えることすらおこがましいというのはわかってはいる。

 ただ、なんというか……周囲にはそう見られつつあるという自体に発展しているのだ。


 事の発端はアドットさんに誘われるがまま、黒星狼討伐依頼を受けた日。

 依頼自体は達成したものの、僕自身は何もできずに不甲斐なさを痛感するだけで終わったあの旅。

 ギルドに報告をしてから、ご飯を食べて、さあ帰ろうかという時。

 アドットさんは僕に、「また一緒に冒険しよな」と言って別れた。

 ……まあ、ここだけ切り取ったならなんの違和感もない社交辞令に聞こえる。


 しかし翌日。

 冒険者ギルドに依頼を探しに行くと、なんとそこにはアドットさんがいたのだ。

 昨日はお金を恵んでもらったようなものなので、挨拶とお礼くらい言っておこうと思って話しかけると、アドットさんはにやりと口元を歪めてこう言ったのだ。


「兄ちゃん。折角やし今日も一緒にどうや?」


 ──と。

 当然僕も昨日の今日でそんな迷惑をかけられるわけがないし、そもそもギルドのルールに違反していることもはっきりと理解している。


 それに聖女様も、僕がいると不機嫌そうだし……。


 誘ってもらって悪いが、誘いを断ろうと思って口を開こうとした。

 しかし、それよりも先にアドットさんは僕の口を塞いでこういった。


「こういうのは乗っとくんが礼儀っちゅーもんや」


 間近に迫る大きく突き出た口元から除く鋭い牙への恐怖と、乗るのが礼儀という免罪符を与えられた僕は、考えるよりも先に首を縦に振っていた。


 それからは似たような日々が続いた。

 なぜだか朝僕が冒険者ギルドに行くと待っていたかのように現れるアドットさん。

 そして決まってパーティーに勧誘しては旅を共にする。

 相変わらず僕は二人の依頼に合わせて行動はするものの、たまにアドットさんが弱らせた獲物と勝負をするくらいで、ほとんど付き添いオンリーの仕事が続く。

 

 それが三日続いて、五日続いて、一月が過ぎたころ、変化が訪れた。



 朝。

 朝日と共に、情けない声を上げながらベッドから体を起こして窓の外を見る。

 害のない小型のリス型魔獣がちょろちょろと道の端を通っているかと思いきや、それを真っ白な猫が追い、さらにそれを朝から元気なおばさんが追う。

 朝早い時間からどこに行くのか、組合員らしき人も幾人か通りを歩いている。


 いつも通りの平和な朝だった。

 猫を追い回すのはやめてあげて欲しいけど。

 洗って窓際にかけておいた服に着替えて、朝の身支度を簡単に済ませて一階へ。

 そこには女将さんとフィリアさんがいた。


「あ、おはようございます。レイバーさん」

「おはよう冒険者さん。今日も適当に作っといたけど食べるかい?」

「おはようございます。いただきます」


 そう言って三○○レルを女将さんに渡して、いつも通り宿屋のちょっとしたカウンターの右から三番目の椅子に座る。

 ひと月も同じ宿に泊まっていれば自然と自分のポジションも決まってきた。

 フィリアさんという看板娘的な少女と、恰幅のいい女将さんとは、ほとんど緊張せずに話せるようにもなったことは成長と言える。


 すぐにフィリアさんがトトッと床を鳴らして僕の前に料理をおいてくれた。

 スクランブルエッグと干し肉のスライスを香ばしく焼いたもの、それにパン。

 これで三○○レルというのだから格安もいいところだ。

 スクランブルエッグひとつとっても、作りなれているのがわかる絶妙な塩加減だった。


「うん、今日もおいしいです」

「ふふっ。ありがとうございます」

「え? これってもしかして……」

「はい、今日は珍しく私が作りました」


 そう言ってお盆で顔を半分隠しながらフィリアさんは嬉しそうに笑った。

 挙動ひとつとってもフィリアさんは町娘というよりも貴族街とかで暮らしてそうな上品さが漂ってくる。異常だ。

 何が異常かというとそんな彼女をひと月も見ているのに、まだ僕は顔を赤くしてしまう。


「レイバーさん?」

「え? あ、いや。おいしいです……ありがとうございます」

「うちの朝ごはんと一緒に作ってるだけですから。全然大丈夫ですよ」


 熱くなった顔を見られるのを避けようと女将さんに視線をやると、驚く程冷静さを取り戻せた。

 女将さんはやはり偉大。


「そういえば、レイバーさんって魔法を使えるんでしたっけ?」

「え? ああ、まあ。土魔法をちょっとだけですけど」

「なら後でうちの裏の道路ちょっと舗装しといてくれないかい? 前の雨でだいぶぬかるんでて買い物とか行くのに大変ったら大変で。お礼と言っちゃなんだけど明日の朝食の料金はタダにしとくからさ」

「それくらいなら大丈夫ですけど」

「けど?」

「大丈夫です」


 緊張とは関係なくけどとかが語尾に出ちゃうのは早く治さないといけないな……


 そんなことを考えつつ、出された朝食を平らげて、いつもとは違って店の裏口へと出る。

 なるほど、そこには確かに大きなぬかるみができていた。

 仮に馬でも通ろうものなら足を取られる様子が安易に想像できる。


 まあ、こうやって仕事をしていると、いつもと冒険者ギルドに顔を出す時間が変わるからアドットさんとも会わないだろう。

 流石にいつまでもおんぶに抱っこってわけにもいかないからちょうどいい。


 そう思って地面にしゃがみこむ。

 そして、土魔法でぬかるみを飲み込むように土を動かし、覆い被せた。

 暫くすると店の裏口からフィリアさんが出てきた。


「どうにかなりそうですか?」

「これくらいならすぐ終わりそうです」


 僕がそう答えると、フィリアさんは僕の隣にやってきて、しゃがみ込む。


「ごめんなさい。こんな雑用みたいなこと……」

「あははは、別に大丈夫ですよ。お二人にはいつもお世話になってますし。朝食サービスしてもらえるっていうくらいですから得してる気分ですよ」

「だとしても、お客さんに……」

「フィリアさんは気にしすぎですって。こんなことぐらいならいつでも大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

「う、うん」


 それから何も会話のない、だけど居心地のいい時間が幾ばくか流れた。

 そして、ぬかるみが完全に処理できるかという頃。

 フィリアさんがすっと立ち上がった。


「明日も、私が作りますから。楽しみにしていてくださいね」

「はい、楽しみにしてます」


 そう言って僕も立ち上がると、フィリアさんが脇に置いてあったダガーを差し出して言ってくれた。


「じゃあ、行ってらっしゃい」

「はい!」


 それを受け取り、フィリアさんの穢れをしらない純粋な笑顔を見て、確信する。 

 今日もいい一日になりそうだ。


 ギルドまでの道は簡単。

 大通りにそって歩いて行き、大きめの交差点を右に折れた突き当たり。

 何事もなければ十分でつく道のりだ。


 いつもよりフィリアさんと話せて気分が高揚していた僕は、胸で風を切りながら歩いていた。

 だが、そんな時。

 交差点に差し掛かろうかという場所で、脇道から小銭が転がってくるのが見えた。

 無意識的にそれを拾って転がってきた方へと足を向ける。


「あの、これ落とし――」


 その時、事件は唐突に起こった。

 手に持った小銭に目をやっていた僕からは完全に死角からの攻撃が襲いかかる。

 危機感を感じることすらなく、気づいたときには胸元を誰かの手が締め上げていた。

 そしてそのまま声を発する暇もなく路地裏へと引き込まれて、勢いよく壁に押し当てられる。


「──カはッ」


 胸が詰まって体内の空気が抜ける。

 だが、苦しさや痛さよりも、パニックが脳内を支配していた。


「な――」

「静かにして」


 咄嗟に声を出そうとした僕の口を、暴漢の手が塞ぐ。

 そこでようやく自分が誰かの手によって路地裏へと引き込まれたことを理解。

 そして同時に目の前にいる暴漢の姿を目で捉える。

 彼女は、少女と呼ぶには大人びた──だが若々しい女性。

 聖女様だった。


 名前を呼ぼうとして、自分の口がふさがっていることを思い出す。

 いや、いまそんなことはどうでもいい。


 とりあえず敵意はないことを証明しないと!


「ふがはふ」

「ちょっと静かにしてってば」


 そう言って聖女様は先ほど僕が通っていた大通りを覗き込む。

 その表情はいつもどおりの凛々しくて美しいものだ。

 だがその裏で僕の心臓ははち切れんばかりの勢いで脈打っていた。


 若干冷静になったがゆえに、雑念が思考に混ざり始めていたのだ。

 聖女様によってここに引き込まれたということを理解したはいい。

 だが、聖女様にこんなに自分が急接近しているという事実と、どこからともなく漂う甘い香りが急速に思考を乱す。



「ふーふーはは!」

「ちょ! 暴れないでってば! 今暴れると気づかれるでしょ!?」

「ふーふー!」

「わかったわよ!頼むから静かにしてよ?」


 そう言って聖女様は僕の口元と襟首から手を離した。呼吸がすっと楽になると同時に訪れる寂寥感。

 なぜ僕は残念に思っとるんだ。


「せ、聖女様!?」

「うるさいってば! また絞めるわよ?」

「ご、ごめんなさい。それで、えーっと……」

「静かにしてろって言ってるでしょ」

「あ、はい」


 聖女様が何やら非常に怒っているようなので黙って指示に従っておく。

 うん、これは僕が悪いとかじゃなくて聖女様に言われただけだから特に問題はないはずだ。

 ふと、聖女様が今もなお大通りに目をやっているのに気づく。


 そういえば、先程も気づかれるとか何とか言って大通りに視線をやっていたな……


 いつまでも見ていられそうな聖女様の横顔から視線を外して、聖女様の上から顔をのぞかせる。

 そこには、退屈そうに大剣をぶんぶん振り回して歩くアドットさんの姿があった。

 というか危ない。

 聖女様の視線もそちらへと向いている。


 気づかれたくない相手とはアドットさんのことなのか?


 その後も聖女様に言われたとおりに静かにしていること数十秒、アドットさんが交差点を直進したのを見届けると、聖女様は大きく息を吐いた。


「あの……喧嘩でもしたんですか?」

「はあ? なんで?」

「いや、普段仲良しのおふたりを考えると聖女様が隠れる意味がイマイチわからなかったんで……違いました?」


 僕がそう言うと、聖女様がぐいとこちらに顔を近づける。

 またしても胸ぐらを掴まれるんだろうか、でもあれはあれで……。

 なんてしょうもないことを考える僕に聖女様が一言。


「バカ?」

「は? あ、いえ。すみません……」


 思わずこぼれた言葉を咄嗟にフォローする。

 敬う気持ちを忘れるなかれ。


「……はあ。まあいいわ。小心者のあなたのことだから絶対わかると思ってたんだけど……期待はずれね」

「すみません……」


 何かよくわからないが取り敢えず怒られているようなので謝罪の言葉を口にする。

 すると聖女様は指を先ほどアドットさんが歩いて行った方へと向けた。


「あれ。何してたかわかる?」

「え? アドットさんですか? アドットさんは……散歩ですか? 今日お二人ともオフですか?」

「違う。あなたを待ってたのよ」

「へ?」

「普通に考えておかしいと思わなかったの? 一月以上毎日ギルドで偶々出会うなんて」

「ああ……たしかに。え、ってことはアドットさんは僕のことを今日も一緒に──」

「ま、そういうことよね。よっぽどあなたのことを気に入ったんでしょうね。前よりも一時間以上早く起きては、ああやってあなたがギルドに入るタイミングを見計らっていたの。私が代わりに依頼を選んでくるって言っても聞かないし……」


 何のために……という言葉は出てこなかった。

 たしかにアドットさんは僕と話しているときいつも以上によく笑っている気がする。

 おもちゃにしか思われていない気がするが。

 でもそう考えると、アドットさんと毎朝出くわす異常性にも納得がいった。


「なら、どうして聖女様は今ここに?」

「はあ? 言わないとわからないわけ? あのバカとあなたを会わせたらまた一緒に依頼受けようぜ! って流れになるでしょ?」

「ああ……そういう」


 つまり僕は聖女様に嫌われたままということですね。


 せっかく最近軽い雑談程度ならできるくらいには打ち解けてきたと思っていたのに……非常に残念。

 あれ? 視界がぼやけるぞ?


「え。でも僕今日いつもよりも一時間くらい遅かったですよね? アドットさんもそうですけど……聖女様ももしかしてここでずっと待って……」

「そーよ。なんで今日に限って遅いのよ、ったく」


 聖女様の恨み言を聞きつつ、再び聖女様へと目を向ける。


「でも、良かったんですか? 聖女様、今日依頼とかって……」


 朝は臨時のものを除く昨日出た依頼が一斉に掲示板へと張り出される。

 だから割のいいものはすぐに冒険者たちに取られてしまうのだ。

 残っているのは面倒なものか、討伐系ばかりというのがいつものパターン。

 だが、僕の言葉に再び聖女様が顔をしかめる。


「何言ってるのよ。あなたも今日は依頼なんて受けさせないから」

「へ? じゃあ今日はオフってことですか?」

「なんでそうなるのよ……いい? わかってる? あなたは別に私たちのパーティーメンバーじゃないのよ?」

「それは勿論わかってますよ?」


 だから聖女様が依頼を受けないことを僕に一々報告してくる理由がわからないのだ。

 筋を通してくれているというのならありがたいが、だからといって僕も依頼を受けてはいけないというのがよくわからない。

 僕も、この一ヶ月で少しは貯金できたが、とても余裕のある暮らしができるようなレベルではない。

 なのでスライムの討伐にでも出かけようかと思っているのだが。


「はぁ……あなた、それでいいの?」

「い、いい……とは?」

「私たちがいなかったらスライムを狩り続けるだけの日々になるのよ? それでもいいの?」

「そりゃあ自分の身の丈にあってない依頼ばかり腰巾着で受け続ける今の状況が異常なだけですし。徐々に戦い方とかを覚えながら最終的にゴブリンといい勝負をしたいですね」

「目標低すぎでしょ。というかそういうことじゃなくて……あーもーなんで私がこんなに頭をひねらなきゃいけないのよ!」


 そう言って頭を抱えて悶える聖女様。

 なんだか新鮮で可愛い。

 口に出したら絶対零度の目で見られそうなので言わないが。


「つまりあれよ! あなたも冒険者仲間とパーティーを組みなさい!」

「へ?」



 冒険者ギルド内には、あまり美味しくないが一応食堂もある。

 質より量! という概念のもと作られた食堂なので、ドワーフなどには人気らしいが、あまり繁盛しているとは言いがたい。

 だがその一角で、これまたやたらでかい羊? 肉とサラダを昼食に食べながら密談する僕らの姿は、その場に居合わせた冒険者たちの目をよく引いた。


「おい、聖女様だぜ?」

「なんで昼間っから」

「てか隣にいるの誰だ?」

「ばっかお前あれは最近聖女様にひっつきまわってるなんかあれだよ。あれ」


 わからんのかい。

 まあでも僕の名前なんて知る機会ないからしょうがないよね。

 そもそも知名度稼げるような事してないもん。

 聖女様はあなたって呼ぶし、アドットさんは兄ちゃん呼びだし。

 なんか僕も冒険者っぽく格好いい二つ名とか付かないものかしら。


「で、仲間を募集するわけだけど、あなたにとって外せない条件とかってある?」

 

 聖女様がサラダを咀嚼してから言う。小動物みたいで可愛い。


「条件なんてないですよ。そもそも僕がお願いする立場なわけですし」

「そう? ならまあいいけど」

 

 そう言って聖女様がサラサラと何か紙に書く。


「あ!」

「ちょっとなによ。大きい声急に出さないでよ」

「いえ……できれば、怖くない人が嬉しいかなーなんて……」


 聖女様は盛大に息を吐いた。



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